第9章 本当の決戦のときを迎えました。
9-1.再び脅威が訪れました。
「創始者に誓って」
その言葉は「神に誓って」と同じ類のもので、反ミカエル派の天使たちの意思が固いことの表れだ。創始者は言わずもがな、かつての天使長ルシファー。
それをなぜ、敵対するミカエルが知っているのか?
「なんてことを考えている顔をしていますね。びっくりしたでしょう?」
俺たちの図星を突くことは容易かった。
「……なぜそれを知っている……」
悔しさで動き出しそうになるのをこらえ、ベルさんは渋々理由を問う。
その態度に優越感を感じたミカエルは、とても嬉々として両手を広げた。
「それを知ったところで私の計画は止めさせませんし、止めるつもりもありません。先ほどラファエルが言っていたように、事実は変わらないのです」
その通りだ。ミカエルがそれを知っている事実は決して揺らがない。
今から変えられることがあるとすれば、それは力ずくでもやつを止めることであり、ベルさんとサンダルフォンも同じ意見だった。
「総員戦闘態勢! ミカエルの計画を止めます!」
「各員能力解放! 攻撃開始!」
空気がざわつき、俺たちは武器や自身の能力を発現させていく。
「無駄だというのに、聞き分けのない人たちですね!」
三人のそれを合図に、全員が本部室全体に一斉に散開する。
「——っ!!」
散開の直後、ミカエルが消えたと思えば次の瞬間にはやつの足の甲が明日太の脇腹を捉えていた。
偽の明日太をもろともせず、一手のみで本物を当てる。
「明日太!」
「人の心配をしている場合ですか?」
こちらを向いたと気づけば、すでにやつは目の前にいる。目で捉えられて小型のナイフを構えていても、身体は追い付かない。
腹が熱くなる。一瞬意識が飛び、かろうじて開けていた目に入ったのはミカエルの白い羽と腹を抉る握りこぶし。
「遅いです」
視界から羽が消え、腹を抱えて床に崩れる。
誘拐のときのあの速さは健在か。来たということは分かるが、それに身体が反応できない。
依然他のメンバーを手あたり次第に攻撃していく。
「天使でも手加減はしませんよ」
「んぐあっ……!」
メタトロンの顔面を掴み、そのまま後頭部を床に叩きつける。
ひびが入り割れ、頭の半分ほどをめり込ませた。もはや床の状態もお構いなしだ。
「女性でももちろん、手加減なしです」
部屋の反対側に飛んだミカエルは身体を回転させ、右足で空を切る。
足は宙で鈍い音を立て、直後、ベルさんが壁背中を打ち付けてむせ返った。
明日太のみならず、エルさんの能力すら歯牙にもかけていないミカエルは、残りも叩かんと身体を揺らしながら接近する。
しかし一方的にやられているわけにはいかず、リンさんが五行を操りながら前に出た。
リンさんの周りで鉄は鎧へと形を変えて彼女の身体を覆い、隙間をさらに錬成して埋めていく。
さらに彼女の背後には、角ばった岩がいくつも浮き、その尖った先をミカエルの方へと向けていた。
「行くぞっ——」
一言そうつぶやくと、激しい地響きとともに足元から巨大な樹木が飛び出し、リンさんを上へと運んでいく。
そうして部屋の真ん中にそびえ立った大樹は、自分の根を部屋全体に触手のように張り巡らせ、一瞬にしてリンさんのフィールドと化した。
他のメンバーもまたその巨大な根によって一か所に集められ、根と大きな土の塊でできた防壁で守られた。これもリンさんの計らいだろう。
一方のミカエルは根に包まれて繭にされ、その姿は完全に見えなくなっていた。
ミカエルの繭は木のてっぺんにいるリンさんのもとへと持ち上げられ、細く鋭く作られた岩の剣が、切っ先を繭に向け周りを囲うように浮く。
広げた両腕を合掌するように閉じると、岩の剣たちが一斉にミカエルの入った繭を突き刺す。
その様子はマジックショーでよくあるあれだ。だが今は種も仕掛けもないどころか、中の人を刺さんと、さらに剣を奥へと埋め込んでいく。
おそらく繭の中に、剣を避けられる隙間はない。少なくとも無傷ではないだろう。
それでも念のためか、リンさんは右手から炎を吐き出すと根の繭に放火し、さらに岩の剣を増やして突き刺していった。
燃え盛る根と岩の塊は、やがて火の勢いを失って完全に灰となって消えた。
「終わった、のか?」
これで終わり? いや、そんなはずはない。
こんなにも簡単に倒せるなら、それはミカエルの部下より弱いことになるし、もっと言えば、あの天使と悪魔の戦争は長引いたりしなかったはずだ。
「まだです。ミカエルはそう簡単に死ぬ奴ではありません」
サンダルフォンたち三天使は、なおも警戒を続ける。
一瞬、空気がビリっと痺れた感じがした。
「今のは、何だ」
ベルさんもそれに気づいたようだ。
「リヴァイアサン、こっちへっ!」
「なっ……!?」
何が起こったのか、未来予知で見たグレシルが叫んだ。リンさんはその指示のまま、慌てて木から飛び降りて俺たちの方に飛んでくる。
その直後、ジュッ、という音とともに視界が真っ白になり、全員が咄嗟に目を閉じる。
「っ!?」
光が収まり目を開けると、直前までとは全く違う光景が広がっていた。
「何だ、これ……」
リンさんが錬成した大樹は根元の部分から上が丸ごと消えていた。というよりは、断面が赤く光っているあたり、溶かされてしまったようだ。
さらに周りを見れば、本部室の壁にも同じ現象が起きていて、左右の壁が赤く光る縁だけを残してぽっかりと穴を開けていた。
その穴から風が部屋へと流れ込んでくるが少し暖かく、気分の晴れるようなものではなかった。
その風と一直線につながった傷跡から、外からの熱系統の攻撃がこの部屋を貫いた、と考えていいだろう。
「この熱と光、まさかウリエルじゃないでしょうね」
「ウリエルはスウが倒したはずだ。その可能性はないだろう」
ラファエルがぼやき、ベルさんが否定する。
俺たちの焦りを聞きつけたのか、大きく溶け落ちた部屋の穴から、したり顔のミカエルがその姿を現す。
「やはり生きてるか」
ベルさんは舌打ちを小さく鳴らす。
簡単には死なないと分かっていても、能力が効かないとなると怒りと不安でやりきれない気分になる。それはリンさんも身をもって感じているはずだ。
「いやいや、先ほどの木は驚きましたね。部屋の中に緑が増えるとは」
「どうしてだ。私はたしかにお前を刺したはずだ」
リンさんのやりきれない思いは、当然口から出てくる。ミカエルは全く動じず、頭上から鼻を鳴らして俺たちを嘲笑う。
「私の動きが早すぎて見えませんでしたか。これは失礼」
はらわたが煮えくり返りそうになるのを必死でこらえる。これで行動を起こしてしまえば、やつの思うつぼだ。
ミカエルは腕を腹に回して深々と頭を下げた。
「お詫びに、素晴らしいものをお見せしましょう」
身体を戻し、パチンと指を鳴らす。
そうして呼び出されたのは、今の惨状を生み出した張本人、スウが相手をして倒れたはずのウリエルだった。
ミカエルと同じ純白の羽を生やしているが、ボサボサの黒髪と無口は相変わらず、ただ命令のまま動くだけ。だがその強さはここにいる誰もが知っている。
「スウさんが倒したはずだ。なぜ生きている」
サンダルフォンは根の防壁から外へ飛び出し、二人を見上げて叫ぶ。
「あの魔獣使いの少女によって、ウリエルはたしかに命を落とした。普通であればウリエルがここにいるはずがない。しかし私たち天使には、他の種族にはない技術力と力がある」
頭から血を流して倒れていたメタトロンは、まさかと焦る気持ちを漏らして起き上がる。
「お前、ウリエルを実験台にしているのか……?」
「そうです、まさに実験台。蘇生するだけなら今の技術力でもなんとかなります。でもただ生き返らせたのでは意味がない。再び戦うのなら、次は敵に打ち勝つ力を手に入れなければならないのです。そのためには研究が必要不可欠。私たち天使は、研究をすることで力をつけてきた種族なのです」
胸を張り、腕を広げ、誇らしげに、自分の愛するモルモットを見せびらかす。
その歓喜の表情は、いつかの言霊使いを彷彿させる。
「さて、再び闘う機会を与えたのです。存分に楽しんでください!」
「神の光、神の炎」と恐れられた実験台が、全身に炎をまといながら急降下する。
それはさながら、歴史で習った特攻隊だ。
「ここでウリエルにやられていては、スウに合わせる顔がない。みんな、耐えろ」
静かに、それでいて思いが強く乗ったベルさんの言葉を聞き、俺たちは再び降りかかる脅威に意識を向けた。
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