第8章 決戦のときを迎えました。
8-1.開始早々厄介でした。
目が覚め時計を見ると、作戦決行まで三時間くらい。決行直前の集会の時間を多く見積もっても、時間に余裕があった。
隣からは、グレシルの小さな寝息がまだ聞こえる。
意識がはっきりしてくると、身体が汗でぐっしょりと濡れているのに気付いた。まったく思い出せないが、変な夢でも見てたのだろうか。
寝てるグレシルに書き置きを残し、嫌な汗を流しに風呂へと向かった。
途中、目を覚ましたグレシルが入ってきて色々と大変だったが、それは作戦が終わったあとに思い出話として楽しめばいいだろう。
風呂に浸かりすぎてのぼせた俺たちがベッドで横になっていると、ベルさんの声が部屋の外から響く。
我に返って時計を見ると、もう作戦決行の三十分前を切っていた。
「二人とも、もう行くぞ。早く準備をしろ」
「はいっ」
ふやけた手で急いで身支度を整え大広間へ向かうと、すでに他のメンバーが集まっていた。
俺とグレシルが大広間に入ったのを見て、ベルさんによる作戦直前の激励が始まる。
「よし、集まったな。ではこれより、ミカエル派の殲滅を最終目標とした大規模作戦の、第三段階へと移行する。今まで計画してきた作戦は、ウリエルとの接触によって前倒しになっている。その点はみんなには申し訳ないが、最後まで私に協力してくれると嬉しい」
それに対する返事はないが、空気も張り詰めているのを感じる。
「もう一度、念のため組み分けを確認しておく」
真ん中の大きな机に、サンダルフォンから預かった敵総本部の地図を広げ、指さしながら作戦の概要を再確認していく。
「リンと明日太は第一門。スウ、グレシル、ユキナガの三人は私と第二門から侵入する。また、これは向こうからの提案により変更になった話だが、メタトロンとラファエルとの合流はゲートの外になった。本隊はラファエル、別動隊はメタトロンとともに総本部の敷地内へと転移する」
ベルさんのひとさし指は敵総本部の最奥部、半円型の部屋を指す。
「最後にこの本部室へと向かいサンダルフォンと合流、その後ミカエルとの決戦を行う」
いよいよだ。
ついにミカエル派との決戦のときがやってきた。
果たして、俺は能力を手にすることができるのだろうか。
「よし。では出発だ」
臨時拠点の門に移動し、森定さんたち諜報部隊に見送られて街を出る。
街の外は中とは違い、常に真っ白の光に包まれている。悪魔がこの光を長時間浴び続けると、皮膚や脳に悪影響を及ぼす。
俺たちが来ている黒いマントは、防炎はもちろんこの光の影響も防ぐことができる優れもの。
ただ、ベルさんが言っていたように完全に防げるわけではないため、気分が悪くなるくらいは覚悟しておく必要がある。
「よう、久しぶりだな」
ゲートをくぐってすぐ、目の前にはメタトロンとラファエルが立っていた。
「二人とも、来ていただいて感謝する」
ベルさんは軽く会釈をし、早々と挨拶を終わらせる。
「別動隊は、聞いたところ囮だろ。派手にやってくれないと困るぜ」
「ああ、分かっている」
「僕も大丈夫」
転移の準備を終わらせた別動隊は、意思確認のような話を済ませると間もなく転移を開始、姿を消した。
「さて、私たちも行くわよ。こっちに来なさい」
ラファエルに促され四人は真ん中に固まると、光に包まれた直後、視界は総本部の入り口に変わった。
天界総本部第二門。俺たちが天使に捕らえられ、そして脱出するときに通った場所だ。
「二人にとっては少し辛いところよね。無理やり連れてこられた挙句色々とされたんだから」
懐かしいあの誘拐事件も、今思えばこの作戦を始めるきっかけになっている。そう考えると、俺たちがここに来たのも無駄ではなかったんだろう。
そろそろ作戦が始まる。別動隊の合図を受けてから一分後に俺たち本隊も突入する。
『こちら別動隊だ。行くぞ』
『ああ、始めてくれ』
リンさんとの通信のあと、遠くの方で轟音が聞こえ地響きが起きる。
「さて、私たちも行こうか」
「いよいよだよ、ユキナガ」
「ああ」
少し待ってから、ラファエルを先頭に俺たちは第二門の扉をくぐった。
誘拐事件のときは周りを見ている暇はなかったが、改めて見てみるとさすが天国、真っ白だ。
それは総本部の内装だけでなく、警備もだった。
「別動隊がうまく誘い出したみたいね」
常駐の警備係の天使がいないことは、ラファエルも認めるほど明らか。おそらくミカエルの命によって、全員第一門に向かったようだ。
「このまま奥まで突き進むぞ。念のため周囲を警戒。スウは魔獣を展開しろ」
「了解」
走る俺たちの周りに黒い渦が現れ、それは次々と魔獣に姿を変えていく。この光景も見慣れたものだ。
第一門から本部室まではほぼ直線だが、裏口の第二門は少々厄介だ。
誘拐事件脱出時のような開発室を通るルートならまだ楽ではあるが、それだと別動隊のルートとぶつかってしまうため、囮の意味がなくなってしまう。
囮の機能を損なわずに無理なく本部室を目指すのであれば、一度地下を通って再び上の階まで上がる必要があった。
一階で別動隊が敵を引き寄せている間に、本隊はゴールまでの道を進んでいく。
地下には地上の光が届いていなかった。
柱が等間隔に何本も並べられ、その柱に火が灯っているだけの薄暗い部屋だ。しかもその広さは、部屋の端がかろうじて見えるか見えないかくらい。
「天国にこんな場所があるなんて……。まるで」
そうぼやいてしまったのが運の尽き。未来予知で何かを見たグレシルが叫ぶ。
「九時方向より敵襲っ!」
「総員、戦闘態勢!」
俺の言葉を待っていたかのように、近く柱の火が勢いを増して迫ってきた。
「……?」
魔獣たちが盾となりその後ろで俺たちは構えたが、しかし火は降りかかることなく手前で消滅した。
その不可解な火を見て、ラファエルが声を荒げる。
「今のは私たちを舐めすぎじゃない? 自分が勝てる確証でもあるの?」
彼女がここまで怒りを露にするのは初めてだ。言った言葉から考えると、プライドを踏みにじられたんだろう。
一方のベルさんは、ショッピングモール火災のときのように苦しい顔をしていた。
それもそのはず。
この地下で俺たちを待ち構えていたのは、光と炎の使い手、天界序列第三位のあいつだ。
「ウリエル……」
こちらの声が聞こえているはずなのに、相変わらず無言の青年だ。
「相手も馬鹿ではないということだろう」
「じゃあ、私たちがここを通るのを予想していたってことですか!?」
「そういうことになるな。さすがに、そう簡単に行かせてはくれないか」
昨日はすでに互角か、もしかしたらそれ以下の戦いを強いられた。第三位は伊達ではない。
ウリエル以外にミカエル派がいないか辺りを見渡すが、この薄暗さではよく分からない。
「光と影は正反対。周りが暗ければ光もより強調される。加えてこの部屋にはいくつも火が灯っている。つまりやつにとってこの部屋は、絶好の闘技場ってことね」
ラファエルの解説はごもっともだが、それに納得したところで、この場所がウリエルのホームであることは揺るがない事実だ。
さて、開始早々強敵と当たってしまったが、どうしたものか。
「あとから追いかけます。みなさんは先に行ってください」
そう言って前に出たのは、スウだった。
「スウ一人では危険だ。私も——」
「一人じゃないですよ、ベル姉さま。それこそ、私たちを舐めてもらっては困ります」
ベルさんを遮って笑顔で振り返るスウの周りには、ずっと一緒に戦ってきた魔獣たちが、全力でご主人様をお守りする、そんな威圧を放つ。
「それに、ミカエルはとっても強いんでしょう? ベル姉さまはそっちに行ってください」
「しかし……」
「ユキナガを、お願いしますね」
俺たちに何かを言う暇さえ与えず、スウはそれだけ言い残して魔獣とともにウリエルのいる方へと駆けていってしまった。
間髪入れず、部屋の奥でいくつもの爆発が起こる。
「スウっ!」
『何してるんですかっ! 早く行かないと、この人がそっちに行っちゃいますよっ!』
ベルさんが名前を叫ぶと、脳内に彼女の怒号が響く。
「くっ……。スウ、生きて戻れ……」
両手の拳を、手の甲まで指が貫通しそうなほど強く握りしめる。
スウといつも一緒にいたベルさんにとって、スウを置いていくのは苦渋の決断だ。その悔しさを次の戦いへと向けた。
「スウの勇気を無駄にはしない。気を引き締めるぞ」
「了解」
唇を噛んで戻りたい気持ちを抑えているのを感じ取りながら、俺たちは先を急いだ。
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