7-6.それは反撃の始まりでした。

 突然、目の前が真っ白になった。

 炎に包まれているせいか電気が消えていても十分明るかったが、それを優に超える光量が、俺を包み込んだ。

 いや、「飲み込まれた」という方が正しいのか。なぜならそれは、「包まれる」ような優しい光ではなかったから。


「んぐっ!?」

「きゃあっ!?」


 壁の後ろでじっとしていた俺とスウは、その光に飲み込まれた直後、大きな爆発音を伴って三階の高さまで吹き飛ばされた。

 天井まで全て火が燃え移っているため、ただ飛ばされるだけでは済まない。俺たちは炎の中をくぐって上まで飛ばされる。

 細長い放物線を描いて三階まで飛ばされるが、ミィが人の姿で俺たちを支えてくれたおかげで、床に叩きつけられることは免れた。


「大丈夫か、スウ」

「はい……、何とか。ありがとう、ミィ」


 お互い全身を黒く焦がしてボロボロの状態だ。

 それは下で火炎放射を耐えるリンさんも同じこと。助けに行くために、手すりから身を乗り出した。

 しかしミィに遮られる。


「ミィ……!?」


 ミィが指さすその先、一階で炎を放ち続ける謎の人影は、何かに身体を飛ばされ横の壁に激突し、そして崩れた。

 攻撃の手が止み、二つの人影が見えてくる。土壁を砂にしてついでに消火するリンさんと、彼女の隣に現れたのはベルさんだ。


「ベル姉さま!」


 ベルさんの姿を見て嬉しさが溢れたスウは、ミィに抱きかかえられながら一階の床へと飛び降りていった。

 三階の高さなら、飛び降りれば軽く骨折はするだろう。リンさんを助ける一心で飛び降りようとしたのは、冷静になって考えてみると自分にびっくりだ。


 そんなことを考えていると、ふと、横から名前を呼ぶ声がした。


「ユキナガ」

「おう、グレシル」


 名前を呼び返すと彼女は、ふふっ、と小さく笑い、


「ユキナガ、真っ黒。燃えすぎ」

「うるせ」


 にやけながら、頭をつつく。

 いまだに炎の勢いは止まらないが、合流してひとまず安心はできた。


 が、火災現場でその安心が続くはずもなく、一階から再び爆発音が響き建物がミシミシと軋む。

 何事かと下をのぞくと、さっきの人影が下にいる三人に接近していた。

 それを目にしたグレシルは俺の腰に手を回し、とん、と軽く床を蹴ると、身体は宙を舞い華麗に一階へと着地した。


 この高さを、男一人を抱えながら怪我もなく降りるとは、さすが元軍人だ。

 しかし感心している暇もなく、前の三人はすでに戦闘態勢で人影の攻撃に備えている。


「そのまさかだったか……」


 急にベルさんが口を開いたかと思えば、そこから若干の弱音が流れ出てきた。


「天使がいる可能性とは言ったが、よりにもよって今出くわすとは、面倒だな……」


 そして舌打ちをしたあと、次いで脳内にベルさんの声が流れる。


『……総員、戦闘用意。刺激しないよう、こちらからは動くな』

『……了解』


 内心の悔しさがテレパシーにも乗ってしまったのか、全員が間をおいてからの返答だった。


 五行やら魔獣やら幻影やら、各々の武器を構えて態勢を低く構える。

 しかし数秒の沈黙が両者の間に流れたあと、人影は光と炎に身を包んで姿を消してしまった。


「撤退したようだな。私たちも撤退するぞ」


 その命令には、少し焦りと安堵が混じっていたような気もした。




 外にはすでに救急車や消防車が何十台と並び、駐車場の向こうでは黄色いバリケードテープの外にマスコミや一般人の姿があった。


 真っ黒になって炎の中から出てくる俺たちに当然カメラや視線が集中するわけだが、そこは森定さんの能力でどうにかなるだろう。

 とりあえずは人気のない安全な場所へと向かい、そこで渡さんと合流、ボロボロになりながら臨時拠点に戻った。


「おかえりなさい。お風呂が沸いてますので、みなさん先に入ってきてください」


 森定さんの厚意をありがたく受け入れ、ひとまずは風呂で煤を落とす。


「はあーーー……」

「ずいぶん長いため息だね」

「いや、まぁな。何気に今までで一番大変だったからな」


 銭湯くらいの広さの風呂で、明日太と二人今日のことについて話し合った。


「そっちはどうだったんだ? 生存者はいた?」

「全く。みんな焼かれて亡くなってた。ユキナガさんたちの方は?」

「同じだ。人という人が全員ダメだった」


 状況はどこも一緒。おそらくあのショッピングモールにいた客は一人残らず、あの謎の人影の炎で焼かれて命を奪われている。

 俺たちは誰一人として救うことができず、犯人すら捕まえることができなかった。



 風呂を出て大広間に向かう。拠点内の構成員は、もう全員集まっていた。


「よし、揃ったな。さっそくだがサンダルフォン、あの火災の犯人は天使だろう?」

「そうです。間違いなく天使の仕業です」


 そういえば、さっきもベルさんは天使という言葉を独り言のようにつぶやいていた。それに、ベルさんはあいつを知っているような感じだった。


 ベルさんは俺たちを見回し、言葉を続ける。


「私たちが交戦した人影だが、やつは天使ウリエル」


 その後も彼女の口から、次々と真実が溢れてくる。

 そのウリエルという男はミカエルの右腕と言われているらしく、天界序列第三位の強者。ウリエルの能力は「神の光、神の炎」と呼ばれ恐れられていて、光と炎を操る無言の狂人だそうだ。

 ウリエルは天使追放戦争で、ミカエルとともに多大な戦果をあげたとも言われている。


 ここで話し手はサンダルフォンへと移る。


「私はミカエルを欺きつつ反ミカエル派の天使に情報を流しました。ですがミカエルがそれ聞いてしまったようで、ショッピングモールにミカエル派の部下を送り込む指令を出しました。そして送り込まれたのが、ベルゼブブさんのおっしゃった、ウリエルです」


 ではなぜ、序列第三位の天使が送り込まれ、建物を全焼したのか。


「指令が出されたとき、ちょうど私も招集をかけられて同席していました。指令によると、今回の目的はユキナガさんとグレシルさんの確保、そして連行。ウリエルはお二人を探したものの見つからず、結局あのショッピングモールに火を放ったのだと思います」


 複雑な気分だ。

 捕まらなくて良かったと思う一方で、捕まっていたら他の犠牲が出ることはなかった。ただ、どっちが正解なんて、今の俺には判断できない。


 サンダルフォンは言葉を続ける。


「天界第三位を送り込んだとなれば、それはいよいよ強硬手段に打って出たということです」


 それを聞き、ベルさんは何かに感づいた。


「ミカエル派の反撃、か……」

「そういうことになります」

「となれば、もう悠長に作戦を展開している暇はないな。前倒しで進めるか」


 ベルさんは腕を組み、難しい顔で話を進めていく。


 話し合いの結果、作戦は今日の夜には結構することになった。

 もっとも、光に包まれた天国に夜という概念はない。しかし、この街が夜として設定している時間の悪魔たちの活動は、昼の時間と比べれば少ない。

 向こうも同じように考えているはずという可能性にかけて、その裏をかく。


「第三段階、天使族総本部への潜入は〇時に決行する。それまでは休息を取りつつ待機だ」

「了解っ!」


 今夜で全てが終わる。

 非道な支配をしてきた天使を潰し、再び平和な世界がやってくる。

 それに、俺の能力やUDに誘われた意味も、もしかしたらこの作戦で見つけることができるかもしれない。


 俺とグレシルは部屋に戻り、することもなくベッドで横になっていた。

 このベッドはツインだが、グレシルは俺のすぐ隣で寝ていた。

 彼女の方に寝返りをうち白い髪と肌をそっと撫でると、んっ、と息を漏らして目を開けた。


「すまん、起こしちゃったか」

「んん。どうしたの?」


 相手に訊くまでもなく、お互いに手を握る。


「いや、別に何も。ちょっと考え事をしてただけ」

「……不安?」


 グレシルは目眉を垂らし、心配そうに俺を見る。

 そんな顔をされると、なんだか罪悪感が湧いてきて目を逸らしたくなる。堪らなくなって、俺は仰向けで天井を見つめ、胸の内を明かした。


「いや、俺の能力とか他にも色々と、この作戦で全部分かるのかなって思って」

「大丈夫。きっと分かる」

「そうだな」


 そしてまた、言葉にすることもなく手を強く握った。

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