7-5.そこにいたのは謎の人影でした。
反ミカエル派の天使との接触を静かに待つ俺たち。そこに突然やってきたのは、サンダルフォンの悲痛な声だった。
『ユキナガさん、今すぐその場から離れてください。少々厄介なことになりました』
「え、どういうことですか」
『詳しくはあとでお話しします。今は全員その場から離れて拠点へ戻ってください』
突然の避難命令を訳も分からず受け止め、テレパシーで待機するメンバーへと伝える。
その早さもあってか、特に何も起こらずに俺たちは臨時拠点へと戻ってくる。
変わったところといえば、拠点にはすでにサンダルフォンがいたということ。
「なぜサンダルフォンが? 私たちを呼び戻して何が起こった?」
何の説明もなしに戻されては、ベルさんもさすがに戸惑いを隠せないでいる。
一方のサンダルフォンは落ち着きながら、
「これを見ていただいた方が早いかと」
と、大広間のテレビをつけた。
それを見た全員が、目を見開いて唖然とする。
映っていたのは、人間界のニュース番組だ。
画面の右上には、赤色で「速報」の文字。ヘリコプターで上空から建物を撮っており、それに合わせてリポーターが現状を報告している。
『大きなショッピングモールです。周辺には住宅街も見えます。黒い煙がかなり高い高さまで立ち昇っています。出火場所や出火原因はまだ分かりませんが、広い範囲に渡って燃えているのが、上空からでも見て取れます』
「どういうことだ……」
「このショッピングモール……、さっきまで俺たちがいたところだ……」
リポーターが言う通り、ショッピングモールを覆うように火が燃え移り、すでに建物は真っ赤に染まっているようだ。
それをさらに覆い隠す黒い煙は、ヘリコプターに迫る勢いで空へと昇っている。
一瞬で全てに火が回っているため、自然発火の可能性は考えにくい。となれば、何者かが広範囲に火を放ったということになる。
これは事故じゃない、事件だ。
それに、大きなショッピングモールを焼く火なら、犯人が天使の可能性もなくはない。これこそ、他の天使と接触するまたとないチャンスだろう。
俺はベルさんに、火災現場へと向かうよう要請する。
「ベルさん、行きましょう」
「何!? あそこにか!?」
しかしベルさんを含め、要請を聞いた周りの反応は驚きの一言。
やっぱりだ。打倒ミカエルを意識しすぎて、みんな初心を忘れている。
「UD地獄課は悪を断つのが元々の目的のはずです。これは間違いなく人災。俺たちが行くべきです」
そしてグレシルが、俺の考えに賛同してくれる。
「行くべき。天使の可能性もある」
訪れた一瞬の静寂。フッ、とベルさんが小さく笑う。
「たしかに、私たちは初心を忘れていたようだ。ありがとう、幸長」
ベルさんは閉じていた目を開き、大広間に声を響かせる。
「これより、ショッピングモール火災現場へ向かい、生存者の救出および犯人の捜索を行う! 執行部隊は出る準備、諜報部隊はここでサポートを頼む! 行くぞ!」
「了解っ!」
威勢のいい命令と返事のあと、拠点の中は一斉に慌ただしくなった。もちろん、活気づいた良い意味で、だ。
黒いマントを着用するよう指示があり、ここで初めて俺は黒いマントを手に入れることができた。内心「今更」とも思ったが、ベルさんに問い詰めるだけ時間の無駄だろう。
俺とグレシルは部屋に戻り、UDの黒いマントに身を包む。
加えて俺には、拳銃と小型のナイフ、それらを携帯するためのベルトが部屋に用意されていた。能力のない俺にとっては、唯一の攻撃手段だ。
その支度中、グレシルが俺に投げかけた。
「また天使に誘拐されたら、ユキナガはどうする?」
きっと彼女に他意はない。純粋な疑問と俺への確認だけだ。
「大丈夫だよ。今回は向こうが来るって分かってるんだし、ベルさんたちもいるから」
「そう。ユキナガがそう言うなら、たぶん大丈夫」
グレシルだって、いまだ成人していない一人の女の子。誰かに話したい不安だってあるはずだ。
俺はそう捉えて、グレシルの手を握った。
執行部隊の六人とそれを見送る諜報部隊が拠点の玄関に揃うと、改めてベルさんの出発の声で拠点をあとにした。
もう何回目かも分からない転移を終え、ショッピングモールから少し離れたところに場所を変える。
目の前の光景はニュースで見たものと同じ、建物が全焼する大惨事になっていた。
「これは……酷いな……」
鼻が曲がりそうなほどの焦げ臭さと視界を覆う黒煙が、俺たちを襲う。
「グレシル、未来予知は使えるか」
その問いにグレシルは、頭を横に振って付け加えた。
「ここら辺に散らばってるやつに邪魔された」
散らばってるやつとは、煙だったり炎だったり、そういう類のものだろう。それが邪魔をして、この場所の未来が見えなくなっている。
それを聞いたベルさんは少し考えこみ、仕方ない、と呟いて顔を上げた。
「部隊をさらに分けて建物内を捜索する。このマントには防炎の機能があるが、全てを完全に遮断できるというわけではない。天使がいる可能性も含め、警戒を怠るな」
五行支配のリンさん、俺とスウの三人は生存者の救出に、ベルさんとグレシル、明日太の三人は犯人捜索に向けて、それぞれ燃え盛る建物内に入っていく。
外側の全焼に比べ、意外にも中はまだ燃え切ってはいなかった。
生存者がいると信じてしばらく進んでみたが、それらしき物影はまだ見つかっていない。すでに亡くなっている人ばかりが床に転がり、俺たちは掌を合わせつつ先を急いだ。
そこからショッピングモール一階を進むこと十分。飛び交う炎と煙の中から、突然人影が姿を現した。
「大丈夫ですかー?」
リンさんが火と水を駆使し、叫びながら人影に近づいていく。俺たちもそれに続いた。
だが、立ち尽くす影からの返事はない。
不可解な影に警戒し、リンさんの手が俺とスウの前に出る。
「聞こえますか」
リンさんがもう一度声をかけると、その影は顔らしき部分をゆっくりこちらに向け、またゆっくりと俺たちの方へと向かってきた。
「下がれ、二人とも」
小声でリンさんに促され、臨戦態勢で腰を低くしながら後退。それを追うように影は増々近づいてくる。
「止まれっ!」
リンさんの指示を無視し、初めは数十メートルあった距離も半分以上縮まっていた。
さすがに危険を感じたのか、リンさんは俺たちに向かって叫んだ。
「ユキナガは連絡っ! スウは召喚っ!」
「了解っ!」
後方に走りながら、その命令に従って俺はテレパシーで他のメンバーに連絡を取り、スウは自分の魔獣を数匹召喚していく。
『建物一階にて謎の人影と接触! 謎の人影、なおも接近中! 至急応援を要請!』
『了解した。今すぐそちらへ向かう』
すぐにベルさんの応答があり、ひとまず今は謎の人影から逃げることに専念する。
と同時に、グレシルから個別で連絡が入った。
『ユキナガ、今から行くから、頑張って耐えて』
『ああ、待ってる』
グレシルからの励ましにも応えるために、俺とリンさん、スウとその魔獣たちは、走りながらいつでも攻撃できるよう態勢を整えた。
「スウは退路を確保しろっ!」
「シロ、ドラ、アカネ、お願い!」
白虎のシロ、青龍のドラ、朱雀のアカネは分隊前方に陣取り、降りかかる炎や床に転がる障害物を次々に排除していく。
分隊後方を走るリンさんは、身体の周りから大量の水を放出させて消火していき、傍らでは火を消火しやすいように操っていく。
巨大なショッピングモールでも、走ればものの数分で端まで到達してしまう。障害物があったとしてもそこまで変わりはない。
追い詰められて足を止めると、影も合わせてその行動を止めた。
それを不思議に思い何事かと考えるも、しかし止まった行動は違うパターンですぐに再開した。
「ふっ!」
咄嗟にリンさんが両腕を振り上げ、土で壁を作り出す。
「こいつが犯人か……!」
そうぼやくのも当然。リンさんが防いだのは炎だ。それも今この建物を燃やしている炎ではなく、明らかに攻撃としての炎。
そしてその攻撃は、間違いなく謎の人影が放ったものだ。
「タケ、壁を支えて! シロとドラは敵の攻撃を止めて!」
ご主人様スウの命令のもと、玄武のタケがリンさんの隣に姿を現し、土壁を支え始める。
シロとドラは壁の向こう側へと回り込み、謎の人影目がけて突っ込んでいく。
「シロ、ドラ!」
しかし回り込んだ直後、スウが叫ぶのと同時に二匹の気配が消えてしまった。
あの二匹がやられた? そんな馬鹿な……。
驚きを隠せない間も、依然として轟音を轟かせながら火炎放射は続いていた。
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