6-5.覚悟を決めました。

 気が付けばそこは聡明寮の俺の部屋で、カーテンの閉められていない窓からは外の夜景の光だけが淡く入ってくるだけの、薄暗い部屋に立っていた。


「大丈夫か、グレシル」

「問題ない」


 とりあえずお互いに無事を確認し、一呼吸置いてから床に座り込む。


「それで、これから俺たちはどうすればいいんだ」

「まずは寮のみんなに本当のことを伝えなきゃならない。話はそれから。ベルゼブブにも考えはあるだろうし」

「そうだな。心配もかけたしな」


 今回の件は俺たちだけの問題ではない。悪魔はもちろん、天使追放戦争の終結をもたらした人間にも関係のあることだ。

 疲れはもちろん溜まっていて一休みはしたかったが、善は急げだ。

 食堂に向かうために腰を上げる。


「ユキナガ、これ」


 呼ばれて振り返ると、グレシルの手には雑貨屋の袋が握られていた。

 そういえば、買ってからずっとポケットに入れたままだった。立ち上がったときにポケットから落ちたのか。


「あー、それはな、お前にあげる予定だったんだ。天国に連れていかれたせいで渡せてなかったけどさ」

「開けてもいい?」

「ああ」


 目をキラキラ輝かせながらキレイにテープをはがし、中身を取り出す。


「これ、あのとき私が見てたやつ……」

「欲しそうにしてたからな」


 星の付いた髪留めをじっと見つめ、グレシルの顔が徐々に緩んでいくのが分かった。

 その髪留めで、右目の上あたりの髪をまとめてとめる。


「……どう……?」


 少し顔を赤らめながら、無意識だろうが上目遣いで訊いてくる姿は、隠れ気味だった右目が露になったのも相まって、俺を熱くさせるには十分だった。


「うん、似合ってる」


 そして彼女の顔は、今までで最高の笑顔を作り出す。


「じゃあ、行こうか」

「うん」


 手を繋ぐまではいかなくともまた小さな繋がりが生まれたのを感じ、俺たちは寮のみんなを呼び出して食堂に集まってもらった。



「とりあえず二人が無事だったことは嬉しい。何せ、テレパシーでも話すことができなかったのだからな」

「グレシル姉さまがいたから生きていたものの、ユキナガ一人だったらどうなってたか」

「いや、今回は私でも歯が立たなかった」


 ひとまず、俺たちがこの寮に帰ってこれたことを全員で喜ぶ。

 夕食の時間はとっくに過ぎてるが、食堂のテーブルにはまだ料理が手付かずのまま置かれており、ラップがかけられていた。


「さて、二人が戻ってきたことだし、遅くなったが夜ご飯にしよう。話はそれからだ」


 今までの日常通り、リンさんの合図で各々が料理を口に運ぶ。

 その最中に、俺とグレシルは話を切り出した。


「食べながらでいいので聞いてください。だからと言って、決して軽い話ではありません。今から話すのは、俺たちが何を経験し何を聞いてきたのかです」


 打ち合わせなどはまったくしていないが、俺とグレシルは交代で事の始終を語る。


「私はショッピングモールで何者かに口と目、腕を抑えられて気を失った。次に目が覚めたのは暗い施設のような場所の中。私を誘拐したのは白いマントの男だった。やつが言うには、俺たちに協力してほしい、と」

「俺もグレシルとショッピングモールにいました——」


 その後も俺の経験してきたこと、聞いたことを事細かに説明していく。


「——。最後は俺の部屋に戻ることができました。以上が俺たちの経験です」


 途中で全員の食べる手が止まることもあったが、最後まで静かに聞いていた。

 すでに茶碗を空にして俯いて耳を傾けていたベルさんは、


「なるほど」


 と一つ頷き、顔を上げた。


「二人がなぜ授業の時間にショッピングモールにいたのかは、今は置いておくことにする。それに協力を仰いできた三天使だが、話の通じる者たちではあるだろう」


 立ち上がり言葉を続ける。


「問題は、天使の長であるミカエルが、ついに反撃の狼煙を上げたということ。つまり先日の臨時招集で話をしたことが悪い方向に進み、いよいよ現実になるということだ」


 そこでベルさんは森定さんに目配せをする。それが何かを察した森定さんは間髪入れず、テレパシーでUD全員に告げる。


『非常呼集、非常呼集。全構成員はただちに、UD本部へ集まってください』


 そして当然聡明寮のメンバーも、ベルさんの指示で委員会室に移動する準備を始める。


「リンは夕飯の片づけをしたあとに来い。それ以外は臨時集会の準備だ」

「了解」


 一瞬のずれもなく揃ったその返事で空気は張り詰め、自然と身体も引き締まった。



 場所は再び委員会室。

 ベルさんを中心に、森定さんと俺とグレシルが書斎机の前に並び、聡明寮メンバーから順に集合した構成員たちを見回す。

 渡さんと前回の臨時招集で会った明日太や双子のオリヴァーとヴィアンに加え、地獄運営本部局長の生田さんと秘書のサルバさんでもが一堂に会した。さらにはレディーススーツと黒ぶち眼鏡の、カーリーと名乗るUDの事務員も参加していた。

 計十三人。おそらくはこれがUDの全構成員だ。


「はじめに報告だが、見ての通り二人は無事、聡明寮に帰還した。分かっているとは思うが、我々の捜索では二人を見つけ出せず為す術がなかった。それを頭に入れて今後は尽力してほしい」


 UD全員が俺たちを探してくれていた、それだけで感謝と自責をせざるを得ない。

 ベルさんのその声は臨時集会の開会宣言となり、話は本題へと移る。


「二人の身に何が起きたのか、まずはそこから話していこうと思う。幸長」

「はい。俺たちは——」


 ベルさんからバトンを受け、グレシルの話も考慮しながら誘拐から天使との提携、帰還までの経験を語っていく。


「——以上です」

「ありがとう、幸長」


 話を終え、バトンは再びベルさんへと戻る。


「詳細は聞いての通りだ。天使の長ミカエルに仇なすラファエル、サンダルフォン、メタトロンの三天使は、かの『天使追放戦争』の生き残りだ。地獄支配当時の体制も知っているなら、一度交渉の場を設けてみようと思う」

 ベルさんは俺とグレシルの方を掴む。


「今後この二人は我々UDの重要人物、および護衛対象とする。天使に連れ去られるような事態は二度と起こすな」

「了解」


 俺たちは成り行き上この組織のキーマンとなったわけだが、みんなに護衛されているだけではそれこそ自責の念にかられる。


「お前たちも自分の身を守れるようにしておけ」

「はい」


 自分の身は自分で守る。戦闘に身を投じるなら当然すべきことだ。

 グレシルはそれが身体に染みついているし、長年戦いを続けてきたUD構成員もそれは重々理解している。素人同然の俺でさえ少し考えれば分かる。

 それでもベルさんが念を押してくるということは、言わずもがな、これから先は茨の道なのだ。

 その後聡明寮メンバーを中心に作戦会議が行われ、構成員それぞれに指示が出された。



 第一段階、拠点の確立。早ければ明日にでも、天国に本部を置いているUDの天国課とコンタクトを取り、作戦の拠点を天国に移していく。

 第二段階、天使との交渉。完全に移動が完了してから、さらに反ミカエル派の三天使ともコンタクトを取り、交渉の場を設ける。

 第三段階、敵陣潜入。交渉が成立した場合、三天使と連携して敵の本拠地へと攻め入る。その際、俺とグレシルをあえて囮とすることで、ミカエル派の天使との接触も試みる。

 この三段階のあと、ミカエル派への総攻撃を行う。


 また、戦闘慣れしているベルさん、リンさん、スウ、明日太に俺とグレシルを加えた六人を執行部隊とし、森定さんと渡さん、カーリーさんの諜報部隊は、臨時拠点で執行部隊のサポートを行う。

 それ以外の生田さん、サルバさん、双子のオリヴァーとヴィアンは、UD本部で支援部隊として待機する。


 以上が作戦の部隊構成であり、場合によっては作戦と部隊構成を臨機応変に変更していくことになる。



「ユキナガ、怖い?」


 会議中に俺の手を握り、顔を覗き込んでくる。無意識のうちに身体が震えていたことに、言われて気づいた。


「少しね。でも、大丈夫。能力のない俺でも少しは役に立てるんだから」


 俺にはまだ能力は現れていない。そんな俺でもUDの力になれるのなら、俺のできることをするまでだ。

 グレシルの小さな手を握り返し、俺は覚悟を決めた。

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