第7章 作戦は順調でした。
7-1.街は予想を遥かに超えました。
天国に常駐する天国課の悪魔と連絡を取ると、交渉する間もなく話がついた。
事情が事情なだけに向こうも警戒はしていたようで、すでに設置場所も確保してあり今からでも移動可能だそうだ。
「明日の明け方、執行部隊と諜報部隊は天国に移動して拠点を設置する。支援部隊も含め、各位今夜はしっかり休息をとっておけ。六時に委員会室集合だ」
「了解」
UD構成員は各々自宅や自室に帰っていき、始まる作戦のために疲れを残すまいと目を閉じる。
部屋に戻る直前、ベルさんに呼び止められて向かうと、
俺とグレシルは手をつなぎ、同じベッドで作戦前夜を過ごした。
翌朝、いつもより二時間ほど早い朝食を聡明寮生全員で済ませ、余韻に浸る間もなく委員会室に移動した。
「全員集まっているな。さて、いよいよ第一段階決行だが、準備はいいか」
「はいっ」
書斎机の前で指揮を執るベルさんと、それに鼓舞された構成員たちの返事は、統率された理想のチームを体現していた。俺の身体もその雰囲気にほだされ、知らずに熱がこもる。
「では、これから天国第一区へと向かう。ヴェリーヌ」
「了解です」
渡さんの転移はいつ振りだろうか。ここ最近は部屋から部屋だったり、他の誰かに転移されたりすることが多かった。
渡さんが杖で床を一回、コン、と叩くと、全員が収まるほどの大きさの魔法陣が足元に広がり、続けて光が委員会室を埋め尽くした。
まだ記憶に新しい感触を足の裏でとらえた。目を開けて確認すると、下にあるのは紛れもなく天国の雲のように柔らかい地面だ。
「これが天国課の街か。昔とは大違いだな」
ベルさんの視線を追って、全員がその方向を見る。
天国の中枢ともいえるその街は、大きな白いドームで覆われていて外からは中が見えないようになっていた。
しかも、周囲数か所に設けられたうちの、どこかのゲートで入場手続きを行わないと入れないらしく、地獄と比べるとずいぶんと近未来的だった。
ベルさんの話では、悪魔は天国中に降り注ぐ光を長時間浴び続けると皮膚に炎症が起きたり脳に悪影響が出たりするため、それを防ぐためにドーム状の防壁を建設したらしい。
「地獄課の方々ですね。お話はうかがっています。どうぞ」
「話が早くて助かる。ありがとう」
守衛の許可をもらい、自動で開く鉄製の扉をくぐる。
そこはドームの中とは思えないほどの、ビル群が視界を奪う大都会だった。タイムスリップでもしたかのような感覚に近いかもしれない。
どのビルも日本にはないデザインで、それこそ漫画の中の未来の建物のように全面ガラス張り、ビルとビルが高層階の連絡通路でつながり、屋上では青々とした緑たちが顔を覗かせていた。
「すごいな……」
思わず驚嘆の声を漏らす。その独り言に反応して、ベルさんの雑学が披露される。
「地獄と天国でのこの差は、そもそもの技術力の違いによるものだ。昔から天使の文明は他の種族から頭一つ抜き出ていたからな。その技術を悪魔たちが上手く取り込んだ結果が、この要塞都市というわけだ」
思い返してみれば、天使総本部の開発室がまさにそれにあたる。あの部屋にあった実験器具たちは、他の種族ではつくることのできない代物だったのだ。
一行は入り口から延びる道を直進し、街の中央にあるひと際高いビルを目指す。
通り過ぎていく悪魔たちは好奇の目で俺たちを見ているが、遠くの方で歓声や拍手が聞こえ、どことなく英雄の凱旋のような雰囲気があった。
「そういえば、どうして直接じゃなくて街の外に転移したんですか?」
転移してからずっと気になっていた。どこにでも転移できるなら、直接本部のところへ行けば早いのに、どうしてわざわざ外に転移したのか。凱旋のようなことをするためにそうしたわけでもないだろう。
以外にも、回答をくれたのはグレシルだった。
「この街のドームは外からの光を遮るだけじゃなくて、能力が使えない結界みたいになってる。私の未来予知も使えない。だから、この街にも、街の中でも転移ができないんだと思う」
「そうなのか。結界ね……」
引っかかるところはさらに増えた気もするが、聞き返すだけ埒が明かない。
一時間弱は歩いただろうか。
街の入り口からでも見えたそのビルは、目の前にすると大きさが余計に感じられる。見上げても首が痛くなるだけで、一番上を見ることはできなかった。
「でかいな……」
「この建物は、街の象徴だからね」
二度目の驚嘆をしていると、ビルの中から眼鏡をかけた男性がそう言いながら姿を現した。
「委員長自らお出迎えとは、昔を思い出すな」
「やめてくれ。今は天国課の課長だよ」
ベルさんとその黒マントの男性は、冗談を交えて笑みを浮かべる。天国課と地獄課のトップ同士であれば交流はあるだろうが、二人の関係は予想外の繋がりを持っていた。
「私と彼はいわゆる同級生だ。中学生のころか、彼が学級委員長だったのだ」
「彼女は不登校でね。僕が何回か、家まで呼びに行ったこともあったよ」
感動、とまではいかないものの、久しぶりの再会で積もる話はあるはずだ。だが、今はそれどころではないのは、当然二人も分かっている。
「さて、このビルを案内したいところだが、そうも言っていられないね。さっそく拠点の場所まで案内するよ」
男は俺たちに背を向けるが、すぐに思い出したように振り返りフードを取る。
「名前を言ってなかったね。僕はミカエル」
俺たちの標的の名を口にする男。グレシルと同じくすんだ白髪を、照れくさそうに掻く。
「と言っても天使名だ。地獄課の悪魔名みたいなものさ。それに本物が復活したとなれば、この名前はいよいよ意味を成さなくなるね。ミカ、とでも呼んでくれ」
天国課には天国課なりの苦労があるということか。再び身を反転させたミカさんを追って、俺たちは臨時拠点を置く場所へと向かった。
ミカさんが足を止め、目の前の鉄製の柵でできた門を指さす。
「ここが、君たちの臨時拠点の場所だよ。この敷地を自由に使ってもらって構わない。足りないものがあったら言ってくれ。僕たちは後方支援しかできないからね」
用意されていたのは、汚れが目立ちそうな白い壁に海を連想させる青い屋根、黒く縁どられた窓の、横に長い洋館。
そしてその前に広がるのは、木々や花々が鮮やかに生い茂り咲き並ぶ庭。中央には噴水とベンチが設けられ、職人が手掛けているレベルの美しさだった。
未来的な中心部とは真逆な造りは、その壮観さをより際立たせている。
さすがのベルさんもここまで求めた覚えはなく、口を手で押さえるも指の隙間から声が漏れ出る。
「これは、すごいな……。臨時どころか、今からでも住めるくらいだ……」
「一応一通り家具家電は揃えさせておいたよ。長期戦になっても大丈夫なようにね。それに、ここは街の北端。つまり、街の中では天使の総本部に一番近い場所だ」
たしかに、入り口からはドームの内壁がくっきりと見えていた。前の道の先には、ゲートのようなものも確認することができ、すぐに出発できるようにという何とも粋な計らいだ。
「それとこの敷地内だけ、能力が使えない結界を相殺する結界を張っておいた。戦闘訓練なんかも存分にしてくれ」
やはり街全体には結界が張ってあったらしい。それを相殺する結界を、わざわざこの場所に張ってくれたのだ。
「感謝する。ありがたく使わせてもらうぞ」
内装も引けを取らず豪華なお屋敷だ。構造自体はUD本部と似ているが、白を基調としているせいか、より優雅な印象を受ける。
家具家電ももちろん最新モデルのもの。ベルさんの言う通り、今からここで暮らしていけるほど設備が完備されていた。
しかしその雰囲気にゆっくり浸っていられないのが現状だ。ベルさんが手をたたいて構成員たちを取りまとめる。
「時間は限られている。大広間を本部として、各自拠点設置の準備だ」
「了解」
部屋は一人一部屋貰っても余るほどある。各々散らばって手早く作業を進めていく。
途中で天国課の人たちも協力しに駆けつけてくれ、作業効率は一気に増していった。
大広間にはいくつもの椅子や机、機材を置き、森定さん率いる諜報部隊の活動拠点および執行部隊の待機場所としての機能を持たせる。
また、食堂の冷蔵庫には食材を持ってきて保管し、時間があるときにリンさんが軽食を作ってくれる。他にも風呂場やトイレなどにも消耗品を置いていく。
そして、寮やUD本部と臨時拠点を往復し、手や身体を動かすこと五時間。無事臨時拠点の設置が完了した。
「これではまるで引っ越しですね」
「なんだ、スウ。嬉しそうだな」
「いえ、別に。嬉しいだなんて思ってません」
久々にスウと冗談を交わしつつ、拠点設置完了を祝う小さい会食を開く。ミカさんを含め天国課の人たちも招き、まずは第一段階終了を喜び合った。
次に始まる第二段階のため、心身ともに休息と改めて覚悟を決める時間が、今は大切だった。
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