6-4.無事に脱出しました。
別の部屋へと連れてこられるなり、壁に身体を押さえつけられた。逃げようにも、こいつらの力は予想を遥かに凌駕していた。
「さて、お二人とも。天使の印を押させていただきます」
サンダルフォン、メタトロンと呼ばれたその二人はそれぞれの指を俺たちに向け、やがて手に近づくのを感じる。
「グレ、シル……」
「まだ、我慢……」
グレシルも同じ状況なようで、お互いに声を振り絞って意思の疎通を図る。
その二言の間、ほんのりと温かい熱気のような何かが俺の手を包み込んでいた。
そして、もう何回目か分からない暗闇からの解放と、眩しさへの順応。
開発室とか言っていた気がするが、その名通り、色々な実験器具のような機械が所狭しに並んでいた。見たことのないものばかりで、まさに違う文明の代物だ。
グレシルと俺は後ろに飛び退き、奴ら二人と距離を取りつつ手の刻印を見た。
「手錠が外されてる、なぜ」
それはグレシルも同じで、すでに二人の方を向いて問い始めている。
「その前に、ここからは静かにお願いします。見つかるといけないですから」
白マントのフードを払うと、艶やかな銀髪がさらけ出された。
その銀髪天使は、静かに、と人差し指を口に当て片目を閉じる。人間界であれば芸能人として即スカウトされる美青年だ。正直、森定さんよりも綺麗な顔立ちではないだろうか。
「サンダルフォン、そういう余計な仕草はいらないだろ。さっさと伝えること伝えるぞ」
「まったく、つれないですねメタトロンは」
メタトロンと呼ばれたもう片方は白マントで身を隠したままだが、マントと身体の隙間から覗く黒い髪と不愛想な不良っぽさは、サンダルフォンとは対照的だった。
「それで、伝えることって何」
奴らが何を企んでいるか分からない今、俺は黙ってグレシルに任せるしかなさそうだ。
彼女の問いにサンダルフォンが答える。
「結論から言いますと、私たちサンダルフォンとメタトロンは、ミカエルとは敵対しています」
「でも、さっきはそんな感じに見えなかった。どこまでが嘘でどこからが真実?」
「この部屋に入ったときからが真実です」
臨戦態勢だった俺たちに座るよう促し、サンダルフォンは言葉を続ける。
「天使が反撃の機会をうかがい続けてもう十年あまりが経ちます。その間、天使たちを率いてきたのはミカエルですが、正直なところ彼のやり方には賛同しかねるのです」
「彼のやり方って、どういうもの?」
サンダルフォンは眉を垂らし、悲しげにミカエルの独裁政治を語り始める。
「階級が下の天使たちは、上の階級の天使の指示で動きます。上司の命令は絶対、逆らうことは許されていないのです。生き残った天使のなかでも一番下の階級の者たちは、毎日奴隷のように働かされました」
それは、天使が地獄を支配していたときと丸っきり同じだ。天使が心優しいという概念はとうに消え失せている。
メタトロンが付け加えるように口を挟んだ。
「さっきお嬢ちゃんを蹴飛ばしたのだって、俺は見てられなかった。できるならあそこでお前たちに加勢してやりたかったさ」
「でも、ミカエルは私たちよりも格段に強い。悪魔への復讐心も相まって、この十年でかつての天使第一位はさらに力を付け、天界の絶対王者になっています」
すると二人は立ち上がり、俺たちにこう言った。
「あなたたちの脱出に協力します。必ず人間界や魔界に戻り、ミカエルと戦うに値する強さを手に入れて再びここに来てください」
「今度会うときは、俺たちは悪魔と人間の側につく。それまで俺らも力を付けておく。だからお前らも、ちゃんと準備してこい」
部屋の外に聞こえないように、しかし力強く、二人はそれぞれの意思を伝えた。
グレシルが疑いの目で俺を見る。俺はそれに正直に答える。
「俺は二人を信じる」
「ユキナガがそう言うなら、私も信じる」
グレシルは小さく頷く。
小さな開発室の四人は、ここに意思を一つにして打倒ミカエルを誓った。
「さて、ここから脱出するわけですが、脱出するにあたってあなたがたの力も貸していただきます。特にグレシルさん、あなたの未来予知の力が必要です」
「でも、天国へ来てからその力が使えない」
「その力を封印されてたからな。おまけにテレパシーも使えなかっただろ」
たしかに、テレパシーでUDの誰かに助けを求めようとしてもできなかったし、さっきの戦闘でも、グレシルは未来予知を使えていなかった。
「さっきの刻印のときに封印も一緒に解いた。もう未来予知ができるはずだぜ」
「……見えた。この部屋にミカエルが来る。刻印の確認をしに来る。あと数分」
「では、早くこの部屋を出ましょう。出口まで案内します」
開発室から出て、相も変わらず眩しい廊下を駆ける。途中で見張りの天使に止められそうになるが、サンダルフォンとメタトロンが前に立って無理やり突破していった。
迷路というほど入り組んでいるわけではなく、数回の小さい戦闘と、未来予知によるミカエルからの回避を経て、予想よりも簡単に出口に到着した。
扉を開けると、そこは今まで想像していた天国と同じ風景だった。
辺り一面を眩い光が覆いつくしているのはもちろん、足元は柔らかい雲のよう。そして総本部の広い敷地の外まで伸びる赤い回廊が、白の景色の中で映えていた。
「私たちが一緒に行けるのはここまでです。あとはあなたたちだけでお願いします」
「こっちにも後処理ってのがあるからな。気を付けて帰れよ」
「ありがとう」
総本部の建物の出口で、二人の天使に別れを告げる。
人間界への帰路へ一歩を踏み出した。そこへ一つ、女性の声が聞こえてきた。
「あなたたち、どこに行くつもり?」
「ラファエル!?」
他の天使同様その身は白マントに隠されているが、長く艶やかな黒髪が印象的で長身の、いかにもな感じの美人天使は、出口の脇の柱にもたれ掛かり腕を組んでこちらを見ていた。
「少しばかり厄介だぜ、こいつは」
俺たちの前に手をかざしながら、メタトロンは渋い顔をして言った。
「どういうこと?」
「ラファエルは攻撃を受けたその瞬間に傷を治す能力の持ち主だ。その治癒力は、並大抵の攻撃じゃダメージが通らないのと変わらない。致命傷でも時間をかければ完治できる」
ラファエルを睨みながら、メタトロンは続ける。
「あの『悪魔撲滅戦争』、お前らの方じゃ『天使追放戦争』って名前だったか。あれで戦っていた中で唯一無傷だったのが、このラファエルだ」
それが本当ならば、言ってしまえばチートというやつだ。攻撃が通らないなら倒しようがない。そんな天使が目の前に現れ、俺たちの邪魔をしようとしている。
ここまで来て脱出は失敗かと思われたが、しかし無傷の彼女は、嬉しい誤算を口にした。
「そんなカリカリしないでちょうだい。私はあなたたちの味方よ」
「え?」
その言葉に、脱出を試みた四人は同時に口をあんぐりと開く。
「では、ラファエルも彼らの脱出に力を貸してくれるということですか?」
「そういうこと。あの男のやり方にはついていけないわよ」
「信じていいんだろうな?」
メタトロンは疑いの目を向ける。正直俺も、そんな簡単に信じていいものかと思う。
「もちろん。創始者に誓ってあなたたちの仲間だと宣言するわ」
グレシルに耳打ちで訊いたところ、創始者とはUDを創設したルシファーのことで、反ミカエル派の天使にとっては崇められる存在らしい。
それに誓ったということはつまり形勢逆転、絶対治癒の能力者が仲間に加わった。
「あなたたちは戻って後処理をしてちょうだい。この子たちは私が引き継ぐわ」
「分かりました、彼らをお願いします」
奇しくも心強い助っ人の協力を得て、俺たちは回廊を歩き続ける。
無傷のラファエルとして名を馳せているだけあって、回廊に常駐する見張りは顔パスで素通りすることができた。おかげで無駄な戦闘もなく、無事回廊の出口に到着する。
別れ際にラファエルは、思い出したように俺たちに告げた。
「あ、そうそう。あなたたちの手にある刻印ね。それ、天使の刻印だけど物騒なものじゃないから安心して。何かあったらそこに話しかけなさい。私たち三人と話せるようになってるから」
俺たちは悪魔ながらに、天使との関係を持つことになった。
「色々とありがとうございました」
「助かった」
「はい、気を付けてね」
別れの挨拶のあと、俺たちの身体と視界は渡さんの転移のように光に包まれる。
こうして俺たちは、敵だったはずの天使の協力で天国から人間界へと帰ることに成功した。
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