6-3.捕らえられました。
目を開けると、失明しそうなほどの眩しい光が辺り一面に広がっていた。腕は背中に回され、手錠のようなもので縛られていた。
光に目を慣らして改めて周りを見ると、横にはグレシルが同じく手錠をされて倒れていた。
「この手錠、UDでもらったやつじゃねぇか。あいつら使えんのかよ」
独り言で起きてくれるかと思ったが、そう簡単ではなかった。
「さすがに起きないか。おい、グレシル。起きろ。おい」
「ユキナガ……?」
むくりと身体を起こし、無表情だが分かりやすいその顔をこちらへ向ける。顔色も悪くない。
「無事だったか。はああああ……」
安堵のため息が溢れ出し、とりあえずはよかったと気が抜ける。
「しかし、ここはどこだ? グレシルは知ってる?」
「おそらく、天国の牢屋。やつらに連れてこられて、捕まっている状態。それに、私たちが気絶したのは催眠ガスのせい。あの部屋は催眠ガスでいっぱいだった」
グレシルが説明してくれた状況を、一つずつ飲み込んでいく。
四方の光の先にはうっすらと格子が見え、ここが牢屋だということはすぐに分かった。加えて俺たちの腕が手錠にかけられているのを見ても、あの男たちに拘束されていることは明らかだ。
グレシルの意識がすでになく、俺もあの部屋に入ってすぐに意識を失ったことから、言う通り催眠ガスか何かが充満していたのは間違いない。
次に考えるべきことは、やつらが一体誰で、何の目的で俺たちを連れてきたのかだ。
「そういえばあいつら、俺たちに協力してほしいって言ってたな。それに、意識を失う直前に白いマントが見えた」
「それに、自分たちだけで天国に来れるとすれば、やつらは天使」
「やっぱりか」
天国と天使という、今までは昔話の域を出なかったものがこうも簡単に目の前に現れる。
「あれ? 天国って悪魔に明け渡されたんじゃ」
サルバさんとベルさんが話してくれた昔話のその結末は、たしか悪魔側の勝利だったはずだ。
「おそらくここは天国のはずれ。UDの天国課が管理しているのは主要都市とその近辺だけ。元天使は、悪魔の管轄外で反撃の機会をずっと待っていた。そしてここ最近の事件が、反撃」
「UDのトップであるベルさんから殺してしまえば、あとはそのまま総崩れ。それでベルさんに会えて嬉しいみたいなことを言ってたのか」
喫茶店を襲撃した男たちも、誰かを探しているような言動だった。
「でもベルゼブブを狙っても上手くいかなかったから、手ごろな私たちを仲間に引き入れて内側から攻めるつもりなんだと思う」
持ちうる知識を出し合ってたどり着いたのは、思いのほか単純な計画だった。
だが、単純な計画ゆえに一度波に乗られてしまえば恐ろしい。そのためにも、ここは耐えて出来るだけ多くの情報をUDまで持ち帰る必要がある。
これからの作戦を考えようとしたそのとき——。
「そこまで分かってるんなら話は早い。むしろ知りすぎてて怖いくらいです」
「っ……!」
外から中性的な透き通った声がした。牢屋の鍵が開けられ、何人もの白マントが俺たちの周りを囲む。
「あまり動かないで。隙をうかがって逃げる」
囲まれる直前に聞こえたグレシルの指示に、目でギリギリ返事をする。
「さてお二人さん。お仕事の時間ですよ。どうぞ出てきてください」
目隠しをされ白マントの男たちに腕を掴まれ、強引に牢屋の外へと連れ出された。
何も見えない中で扉を開ける音だけがひたすら耳に入ってくる。最後の扉が閉まるのと同時に目隠しを外され、目をくらませる。
「ようこそ、我ら天使の総本部へ。私は天使の指揮を執っております、ミカエルと申します」
声の主を光の中に探し出す。光に目が慣れて初めに見えたのは、作り物にしては肌触りが良さそうな白い羽。大きさはだいたい奴の身長と同じくらいだ。
その奴、ミカエルと名乗ったエメラルドグリーンの髪に、あの白いマントで身を隠した青年は、敵であるはずの俺たちに丁寧にお辞儀をする。
ついに天使のお出ましか。裏に大きな何かがいるというベルさんの予想は正しかったようだ。
「元天使、でしょ。このクズが」
「言葉を慎んでください、グレシルさん。あなたは、我々が現在計画している作戦の鍵を握っておられるのですから、しっかりしていただかないと」
あくまで協力はしないという態度でグレシルが言葉を紡ぐ。対してミカエルは、さすが天使の長というべきか、放つ言葉は育ちの良さを醸し出していた。
「さてさて、あなた方にはこれから我々天使のスパイとして働いていただくために、天使の印を押していただきます」
「誰がお前らなんかの仲間に……っ!」
反抗した次の瞬間、グレシルは後ろの壁まで吹き飛ばされ、部屋中に鈍い音が響く。背中を強く叩きつけられたグレシルは、思わず「かはっ」と咳き込みそのまま床にうずくまる。
「グレシルっ! おい、グレシルに何をした!」
「いや何、ちょっと足で突いただけですよ」
ミカエルの動きが全く見えなかった。攻撃を受けたということは、グレシルの未来予知でも見ることができなかったということか。
柔らかな物腰が奴の外側を覆っているが、俺は今の言葉の裏にどす黒い何かを感じ、恐ろしさのあまり身体が硬直した。
笑顔だが目は笑っていない。
いや、もしくは相手を痛めつけることを楽しんでいるのかもしれない。
こいつは、悪魔よりも冷酷で非道だ。今までの常識での天使とはわけが違う。
俺たちは、こんな規格外の組織と戦わなければならないのか。そう考えると、俺の身体はますますいうことを聞かなくなる。
「そろそろ天使の印を押しましょうか。サンダルフォン、メタトロン、そいつらを開発室に連れて行きなさい」
「承知しました」
俺たちは再び目隠しをされ、名前を呼ばれた白マントの二人に抱えられて総本部をあとにした。
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