6-2.束の間の休息でした。
たかが半月、されど半月。
恋をしたことがない俺にとってこの気持ちがそう呼べるのかなんて知る由もないが、グレシルの世話役兼パートナーとして一緒にいることで、無意識のうちに彼女を近くにいたいと思うようになっていた。
そこにあんな言葉をかけられては、覚悟を決める以外の選択肢など一瞬で消え失せてしまう。
——でも、私は、ユキナガがパートナーでいてほしい。
俯いたままだったせいで、言ったときにどんな表情をしていたかまでは分からない。それに、グレシルにそこまで思ってもらえるようなことは、俺はしていない。
それでも、目の前の彼女に求められていると知った俺は、その場で、二つ返事でパートナー継続を約束した。
出会ってから一か月も経っていない二人はその日、一夜を共にした。
眩しい光が瞼を通り越して目に入ってくる。
時計を見ると、ちょうど二限の授業が始まったころだった。隣で目を閉じているグレシルは、まだ夢の中だ。
携帯が震え、英記からのLINE通知が表示された。
『お前ら今日は来ないのかよ。グループワークだって。つらいんだが』
『グレシルが熱出してそれの看病。大丈夫、ヒデなら何とかなる』
英記の嘆きを適当な嘘で受け流し、グレシルが寝ている間にシャワーを浴びる。
さて、二限をさぼったことで今日はもう行く気が失せたな。テストが近いし、今日は自宅学習の日にするか。
頭を洗いながらそんなことを考えさっぱりして風呂から出ると、何やらいい香りがキッチンから漂ってきた。
「おはよ、ユキナガ」
「おう、おはよう。お前、料理出来たんだな」
「別に、焼いただけ」
目玉焼き二つとソーセージ一袋、バターの塗られたパンが二枚。本当に焼いただけの簡単な朝食だが、朝が苦手なグレシルが作ってくれたことが嬉しかった。
リビングで向かい合って、お互いにいただきます、と静かに呟く。
「今日は何するの。大学行くの?」
「お前、未来予知で何するか分かるだろ」
「いつも未来が見えるわけじゃない。見たいと思わないと無理」
「そっか。まぁ、今から大学行くのは面倒くさいだろ。午前中はテスト勉強やって、午後はどこか出かけるか」
「ん」
再び訪れる静寂の中で料理を口に運んでいく。今はこの静けさが心地いい。
宣言よりは少し長くなったが、とにかく昼すぎまではテスト勉強をみっちりやった。もともと早熟らしく、マンツーマンで集中して教えれば理解は早かった。
「中間テストだし、だいたいこのくらい解けるなら大丈夫だろう」
「疲れた。オムライス食べたい」
グレシルはオムライスが好き。これも世話役をしていて気づいたことだ。
彼女のご要望とあれば、ライスにケチャップや朝の残りのソーセージを混ぜて炒め、卵を溶かしてフライパンに流し込む。ライスの上に卵を被せたら出来上がりだ。
「ほれ」
「いただきます。……。おいしい」
「そりゃよかった」
少し遅い昼食も別段話すこともなく、片づけをして出かける支度をする。グレシルは自分の部屋に支度をしに戻った。
向かったのはショッピングモール。昼食を食べてすぐだが、俺たちは三階のフードコートの、あの柱の前の席に座っていた。
「これをやったのはお前なんだよなぁ。すごかったよ、あのときのお前」
「ん」
人も疎らになったフードコートの真ん中にある一本の柱。その根元の部分は新しく塗装されており、その部分が壊された名残があった。
そのあとは目的もなくただブラブラと順に店を見ていく。
途中の雑貨屋でグレシルは足を止め、一人中へと入っていった。後を追ってみると、グレシルは青い星が付いた髪留めを、物欲しそうにじっと見ていた。
「それ、欲しいのか?」
「見てただけ」
そう言ってその店を離れるも、それを名残惜しそうに見つめていた。
それを見かねた俺は、トイレに行ってくると言ってさっきの店へ行き、グレシルが見ていた星の髪留めを買ってグレシルのもとへ戻る。
彼女の、変わらずとも喜んでいると分かる顔を想像しながら。
しかし、待ち合わせの場所にその顔も、姿もなかった。
「あいつ、どこ行った……」
嫌な汗が身体中から吹き上がる。
この短時間じゃそこまで遠くに行っていないはずだ。とにかく、グレシルを探してショッピングモール内を走る。店員にも訊いて回り、さっきの雑貨屋にもう一回行ったが、彼女はどこにもいなかった。
電話。いや、番号を交換してない。そもそもあいつは携帯を持っていない。
そうだ、テレパシーを使えば。
『聞こえるかグレシル。今どこだ』
だが、それに返ってくるものはなく、俺の声だけが響いて消えた。
色んな可能性を考えた。
何だかんだ可愛いし小さいから、誘拐? でも誘拐されるほど弱いやつじゃない。
別の店? ただ入れ違いで会わなかっただけ? もしくはオムライス屋? いや、オムライスの店はこのショッピングモールにはなかったはずだ。
迷子? でもアナウンスは今のところないし、あったらあったで十九歳の女の子が、なんてことは恥ずかしい。
手がかりもなく行き詰まった。他の誰かに頼むのも何か大げさな感じがする。俺は頭を抱えてベンチに座り込む。
どこへ行ったんだ、グレシル……。
「ユキナガさん、ですか?」
頭上から突然声がした。顔を上げると、そこにはごく普通の男性が一人立っていた。
「はい、そうですが、あなたは」
「私のことはお気になさらず。それよりも、グレシルさんがお待ちですよ」
「グレシルが!?」
男は、グレシルの知り合いなんだろうか。それを確かめることは当然できないが、グレシルの場所が分かるならそれでいい。
男に案内されてついていった場所は、ショッピングモールの地下にある駐車場だった。軽く千台は止められる広大な駐車場だ。
そこを抜け、さらに奥まで進んでいく。
すでにまともな照明はなく、いくつもの蛍光灯の光が消えてついてを繰り返している。壁もコンクリートから鉄骨が剥き出しになり、無数のパイプが天井を走る。
ホラーかアクションかの映画のワンシーンを切り取ったような細く薄暗い地下通路は、殺風景な鉄のドアで終わりを迎えた。男の開ける様子からも、そのドアが重く頑丈であることが見て取れる。
その先には大きな空間がぽっかりと、その情調を保ったまま広がっていた。
そしてその開けた場所の一番奥には別の男と、床に倒れているグレシルの姿があった。
「グレシル! っ……!」
グレシルのところへ駆けだした直後、きつい香水の臭いが鼻を突き意識が飛びかける。耐え切れず体勢を崩し男にもたれかかると、防毒マスクが一瞬視界に入った。
「勝手に動かないでもらえますか。動くと余計に吸い込んじゃいますよ。これからちゃんとお話ししますから」
意識が消えかかる中、男に抱えられグレシルの横に寝かせられる。手を伸ばしてその白い手を握ろうにも、全身が言うことを聞かない。耳には男が何か説明する声だけが聞こえてくる。
「あなたたちには、私たちの協力をしてほしいのです。そのために、まずは一緒に天国に来てもらいます」
協力? 天国……? まさか、天使……?
俺の目は最後に白いマントを捉え、そこで意識は途切れた。
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