第6章 覚悟を決めました。
6-1.彼女は真剣でした。
グレシルの正式な世話役兼パートナーとなってからそろそろ一週間が経とうとしていたころ、大学の授業では前期の中間テストがいくつか迫ってきている時期でもあるわけで、英記とグレシルと三人で大学のテラスに残ってテスト勉強をしていた。
任務のせいで受けられなかった授業の内容を英記から聞きつつ、俺がグレシルに付きっ切りで必要最低限の知識を叩きこませる。
帰るころにはいつの間にか空は暗くなっていた。
大学内のコンビニで軽い買い物をして小腹を満たし大学の出口まで向かうと、そこには渡さんの姿があった。
「天野くん、グレシル。ちょっといいかな」
英記には悪いが、この前と同じ理由をつけてその場で別れることになった。
「どうしました?」
「地獄へ招集がかかった。寮へと帰る時間ももったいない。至急だ」
「分かりました」
そう言うや否や転移の光が三人を包むと、場所は再びUD本部の委員会室へと移る。
そこにはすでに、聡明寮のメンバーはもちろん顔を合わせたことのない面々まで揃い、空気はピリピリと張り詰めていた。
「よし、幸長とグレシルも来たな。それでは始めるとしよう」
俺たちが最後だったらしく、全員が揃ったのを見回してからベルさんが開始の音頭をとる。
「急に呼び出してしまってすまない。早速本題だが、以前起こった喫茶店同時強襲事件と、先日の線路内突き飛ばしの事件についてだ」
レディーススーツを身にまとった眼鏡の女性に目配せをすると、その女性はプロジェクターに画像を映し出す。
そこには、ベルさんが言った二つの事件の名前とその犯人たちの顔写真が写っていた。
「この犯人たちだが、同じ組織で同じ目的のもとで犯行に及んでいることは、彼らの言葉や格好から推測できていた。そしてこの数週間、地獄の方ではその調査をしていたわけだが、彼らの後ろには予想以上に大きな何かがいるのではないか、という疑問が生まれてきた」
プロジェクターの画像は、箇条書きされた数行の文章に変わる。
「今後彼らのような人物に遭遇した場合には、彼らの言動に厳重な注意を払ってもらいたい。それとともに、犯人は殺さずに拘束という形を取ることにし、尋問を行っていく方針だ」
森定さんから全員に、警察が使う手錠のようなものが渡された。
「今渡したものは彼ら用の拘束具だ。かつての天使追放戦争のときに使われた天使用の拘束具を改良したものだ。背中に手を回して後ろで両手首を固定してくれ」
対天使用の拘束具。これで拘束できるのかは半信半疑だが、UDが黒いマントの悪魔であれば、犯人グループの白いマントは天使というわけか。
「それを常備してすぐに対処できるようにしておけ。今日はこれで以上だ。解散」
今回の忠告は、ここ最近の平和が嵐の前の静けさであり、その嵐はもしかしたらとても強大だということを示唆するものだった。
波乱の非日常を考えていると、一人の少年に声をかけられた。
「お兄さん、はじめましてだよね?」
「ああ、そうだね。はじめまして、ユキナガっていいます。よろしく」
「僕はアスタロト。人間名は明日太でやってるよ。よろしくね」
明日太と名乗った少年は、制服を着ているところを見ると中学生だろう。清潔なストレートの黒髪を頭に乗せた、天真爛漫な笑顔が印象的な美少年である。
「僕の能力も一応見せておこうかな」
直後、その明日太の声は二つ、三つと重なり、身体もそれに合わせて増え始めた。
「分身?」
「今は分身してるように見えるけど、正確にはユキナガさんに幻影を見せてるんだ。僕の能力は
その幻影は聡明寮のメンバーを次々に移し出し、最後に小さい双子を移し出した。
「これは何の幻影?」
「私たちは幻影じゃないの! ちゃんと実体なの!」
「なのー」
「え、あ、ごめん!」
とんだ勘違いをした。この子たちも初対面だが、こんな小さい子どもまでUDの構成員なのか。
「私がヴィアンで、こっちがオリヴァーっていうの!」
「いうのー」
幼稚園の水色スモックを来た金髪ロングの女の子は、手を上げて元気に自己紹介。一方で、同じくスモックを来た金髪ショートの男の子は、指をくわえてぼーっとしているマイペースな子だ。
そこへ、先に帰っていたと思っていた森定さんが話に加わった。
「この子たちには、事件の場所と内容を教えてもらっています。任務のときは、それをみなさんに伝えているというわけです」
「それならこの二人が直接伝えれば」
微笑を歪ませながら、森定さんは二人の頭を撫でる。
「この子たちはまだテレパシーが使えないんですよ。何せ、まだ幼稚園の年長さんですからね。だから残酷な事件を毎回のように見て伝えなくてはならない。それは幼稚園生にとっても残酷で苦痛なことは間違いないでしょう」
ですが、と言葉を続け、いつもに増して喜々とした微笑へと表情を変えた。
「未来予知の能力を持つグレシルさんが帰ってきた。これはこの子たちにとって救いです。もちろん、グレシルさんが苦痛を感じないというわけではありませんが、彼女は最前線で、しかも自らの手で人を殺めてきた方です。この子たちよりは断然適任かとは思います」
それは一理ある。それどころか正論だ。ド正論だ。
この前だって、とても楽しそうに犯人の男と戦っていた。
任務のときでも、彼女は自分の欲望に素直なのだ。
「ユキナガ、バルベリトが言っている仕事は、もともとは私の仕事。私が海外に行っていた間の代役でオリヴァーとヴィアンがやってただけ。バルベリトは話を誇張しすぎ」
「え?」
バルベリト、もとい森定さんを見ると肩をすくめて、まいったという感じで両手をひらひらさせている。
森定さんの貴重な冗談も見れたところで、渡さんと目が合った。
「第六位に会えたみたいだな」
「第六位?」
渡さんが顎で指す方にいたのは、頭上に「?」を浮かべるグレシルだ。
「こいつが渡さんより上なんですか」
「見たんだろ。グレシルの戦闘」
戦闘、という言葉で、すんなりと納得してしまった。たしかに、あの未来予知を使った戦い方なら、正直UDの中では一番強いのではとも思ってしまう。
渡さんはそれだけを伝えて、そそくさとどこかへ転移していった。
そこから何もすることがなかった俺とグレシルは、委員会室の扉を開けて寮のそれぞれの部屋へと帰った。
が、グレシルが同じ空間にいた。
「おい、グレシル。何で俺の部屋にいる」
「ユキナガに相談、というか確認」
普段と変わらない、ジト目で笑顔の欠片もない顔だ。
だが半月とちょっとの間、短い間だが毎日グレシルと行動をともにしてきたことで、今のグレシルの表情が真剣なものだということだけは何となく分かった。
「どうした」
部屋の電気も付けていない真っ暗な部屋で、一つのソファに隣り合って座る。
「さっき言った、私の仕事の話。日本に帰ってきたってことは、これからは私がその仕事をするってこと」
オリヴァーとヴィアンのしている、事件の場所と内容を伝える仕事だ。もともとはグレシルの仕事だと、彼女本人が言っていた。
「だから、事件のたびに必ず任務に参加する必要がある。それは、パートナーであるユキナガも同じこと。それに、今後の任務は犯人組織の真に迫るような、もっと激しいものになる」
グレシルは俺の手を握りしめ、申し訳なさそうに眉を垂らしながら俺を見る。
「ユキナガには、私についてこれる自信はある?」
ギャップによる説得力だ。日常生活では覇気がなくのほほんと生きているグレシルが、見せたことのない顔で言うということは、それだけで十分に力を持った言葉だった。
俺の中にもう答えはある。
だがそれが本当に正しいのか、他に正解があるんじゃないかという不安と、たとえ俺の答えが正しいとしても、その道を進むのは俺でいいのかという疑念が、幾度となく頭をよぎる。
「自信がないなら、私とペアを組むのは危険。これからの任務は、中途半端な気持ちで臨むと、下手すれば命を落とす。能力のないあなたなら、なおさら」
手を握ったまま、顔を見せないように俯く。
テレパシーを使わずとも、俺の心情はグレシルに伝わってしまう。俺はまだ、完全に覚悟を決めきれてはいないのだ。
しかし次のグレシルの言葉で意外にも、すんなりと覚悟を決めてしまった。
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