5-2.初仕事は立てこもりでした。

 喫茶店を強襲した白いマントの男は、他の客たちを一カ所に集める。もちろん例外なく俺たちも集められ、全員が頭の後ろに手を回すように指示される。

 男はいまだにナイフと銃を構え、いつでもお前たちを殺せるぞ、とでも言わんばかりに敵意を向けてくる。

 耳にはどうやらインカムが入っているらしく、仲間と思われる相手とやり取りをしている。


「あなたの方は終わりましたか? 今終わった? 計画よりも遅れていますよ!」


 男も男で冷静ではなく、通信相手の不手際に怒鳴りたてる。

 ちょうど同じころ、俺の脳内にも通信が入っていた。


『天野くん、申し訳ありません。どうやら別の店でも同様のことが起こっているそうで……。そちらにはベルさんとスウさんは行けないとのことです』

『そんな、どうしたら』

『そちらは警察に任せましょう。天野くんは自分の身を守ることだけを考えてください』

『分かりました……』


 了承した振りはしたが、この状況を前にして逃げるのは、UDの活動を拒否するのと同義。二人が来ないなら、男の隙を見つけてどうにかしないといけない。

 隣の英記は息を殺して震えているだけで、そこまで心配しなくてもいいだろう。


 顔全体を覆う白いマスクを付けているせいで顔を見ることは出来ないが、男の方にも視界が狭まるというデメリットがある。その視界の外から飛び込むことで、ある程度は牽制できるはずだ。

 どうやれば上手く相手を倒せるか、どのタイミングが適切か、考える。

 しかし作戦を練るのに必死で、男の仲間が入ってくるのに気が付かなかった。


「遅いですよ。何をしていたんですか」

「いや何、全員調べたんだがいなくてな。片づけてきた」

「それはなんとも、厳しいことで」


 仲間は入ってくるなり、店の中の机やら椅子やらを全て入り口に寄せ、バリケードのようなものを築き上げた。

 新たに加わったその男も同じ白マントに白マスクだが、ところどころ赤くなっているのがここからでもはっきり見える。話の内容からすると、別の店の人たちを殺してきたのか。

 自分たちは正体を一切明かさないで、ただただ一方的で、人の命をまるでゴミみたいに扱って、簡単にその命を奪う。許せない。

 全身が急に熱くなり、それをエネルギーとするかのように、身体は男たちの方へと駆け出した。

 だけど、あのテロのときの無意識でワンテンポ遅れた理解ではなく、怒りやこの状況を打開したいという自分の奥底から来る意思が、動く前からはっきりと分かった。

 男たちは一瞬怯んだが、一人はナイフと銃、もう一人もマントの下から銃を取り出し、俺を殺さんとその牙を向けてくる。


 臨死体験再び。走馬灯として最初に浮かんできたのは、なぜかスウとミィ。その後ろには黒い渦が現れ、大きな龍へと姿を変える。

 その龍は一度雄叫びを上げると、長い身体を滑らせそのまま二人の男をすり抜ける。二人の男は動きを止め、その姿のまま意識を失った。


 それが走馬灯ではなく、今目の前で起こったことだと気づいたときには、呆然と立ち尽くす俺と、心配そうに顔を歪めるスウがいた。


「あの……ユキナガ……。生きてますか……?」

「あ、ああ、スウか。そうか、来てくれたのか。助かった」


 言葉を紡ぎながら意識を現実へと戻していく。森定さんの話では、ベルさんとスウは別の店の対応をしているはずだ。


「ベルさんは?」

「別の店の方を片付けています。一人でも大丈夫ということだったので、私だけこっちに来ました。話には聞いていましたけど、あなたは随分無茶をする人ですね。私が来なかったら死んでますよ」

「いや、面目ない」


 俺の意識も正常に戻りスウにもそれが伝わったのか、軽口を叩く余裕も出てきた。


「さてと、こいつらをどう——」


 事態は収束に向かい、強襲してきた男たちをどうしたものかと目をやると、銃口がスウを狙っているのが見えた。まだ意識があったのか。


「——スウ!」

「ふぇっ!?」


 咄嗟にスウを横へと突き飛ばす。直後、男は何の躊躇いもなく銃弾を放ち、それは俺の脇腹に激痛を走らせて熱を帯び始める。その衝撃に耐えきれずに床へと崩れ落ちた。


「ぐっ!」

「え? ユキナガ?」

「脇腹を撃たれた……。あいつ、まだ意識あるぞ……」


 死んだふりというやつだろう。最悪なことに二人揃って意識があり、俺らに対する怒りと殺せる快感が混じった顔だ。それも笑っているのだから気味が悪い。


「お行儀の悪い子はお仕置きが必要ですよね!」

「変な真似をしなければ助かったものを。悪いな」


 また銃口を向けてくる。しかも、よりにもよって二つとも俺狙いだ。

 揃いも揃って狂っている。殺すことに慣れ親しみ、それを生業としているのが素人目で見ても簡単に想像がつく。


「…………ろ……め……めろ……やめろ、やめろ、やめろ、やめろっ!!!」


 これで俺も死んだと思ったが、どこからか聞こえてきたその呟きは次第に大きくなり、それは瞬く間に喫茶店を震わせた。紛れもなくスウの声だ。

 同時に男たちを取り囲むように黒い渦が無数に現れ始め、ついには喫茶店の中を埋め尽くした。

 ナイフを振るっても手応えはなく、銃で撃てば弾は吸い込まれる。謎の黒い何かを目の前に、明らかに焦りの限度を超えていた。

 男たちが意味を成さないその行動を一心不乱に繰り返していくうちに、渦たちは見覚えのあるものへと姿を変えていく。


「みんな、やって」


 主人の命令が一つ。だが魔獣たちはその意図も気持ちも承知の上であり、彼らにとってはそれで十分だった。

 風の吹く音が短くゴォッ、と聞こえたと思えば喫茶店は明るさを取り戻し、一方で闇に包まれた二つの身体は、破片となってその場に散らばった。

 しんとした店内で、その隅からはえずく声が聞こえてきていた。



 事態は幕を閉じた。あとのことは警察などの公的機関に任せ、加えて森定さんが一般市民全員の記憶を、警察が対処したように改ざんしたらしい。

 撃たれた俺は、ベルさんが合流したのを見てから意識を失った。

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