第5章 実際の仕事は強烈でした。

5-1.言葉の力は強力でした。

 無事にUDの構成員となり念願の非日常を手にしたわけだが、日常がすぐには変わるはずがなく、加入前と同じ朝を迎えた。

 リンさんに起こしてもらったおかげで遅刻や朝食抜きになることは免れたが、時間の進みがこっちと逆の地獄から帰ってきて、睡眠時間はおそらく三、四時間程度。

 しかも、昨日の魔獣との鬼ごっこをしたせいで全身が筋肉痛、それが治らずいまだに身体中が悲鳴をあげている。

 それ以外は本当に変わらない朝だ。

 食堂で集まって全員で朝食を食べ、支度をして寮を出る。そして地下鉄に揺られること数分、何事もなく大学へと到着する。

 背中を叩かれたと思えば、自転車で通学している友人の新井英記。自転車を降りて俺のスピードに合わせてもらう。


「ベルさんの隣にいるあの子、いったい何者なんだろうな」


 俺たちの数メートル先を歩くベルさんは、相も変わらず学生の視線を集めながら進んでいく。

 英記の言う隣にいるあの子とは、当然スウのことだ。


「ああ、あの子飛び級の天才らしいぞ」

「は、マジかよ。飛び級を実際にお目にかかれるとは思わなかったわ」


 新聞委員会で日々色々な話題を耳にするだけあって、反応は意外とあっさりしていた。

 ただ、スウに関しては英記の目に留まらなかったらしく、話題をすぐに変えられた。


「ところでさ、ベルさんに彼氏ができたって噂、知ってるか?」

「あの人に彼氏?」


 逆に俺の方が驚かされたが、しかしその手の話を聞いたことがない。死と隣り合わせの活動をしていて、そのようなものに現を抜かしていいのだろうか。


「いや、聞いたことないな。そんな話は一回もしてないような……」

「お前、まるでベルさんと仲が良いみたいな言い方だな」


 後半は独り言だったのだが、こいつの耳は嫌なくらいに良かった。


「いや、別に仲良くはないぞ。まだ数回しか話してないし」

「数回話したのか? まさかお前が噂の彼氏じゃないだろうな」

「それはない! 断じてない!」


 英記の圧はどんどん増していく。これ以上はさらに墓穴を掘るだけだ。


「それより、彼氏がいるっていう証拠はあんのかよ」

「目撃情報が多数挙がっている。男性とデパートを歩くところ、喫茶店に入るところ、電車に乗っているところ……、俺も一回ショッピングモールで見たことあるぞ」


 英記が知っているだけでも、証拠は結構な数があるらしい。しかも英記も目撃者ときた。


「一緒にいた男がどんなやつだったか覚えてるか?」

「たしか……。あ、そうだ。髪は金髪で背は高かった気がするな。遠かったから顔までは見てないけど、ベルさんとも普通に話してた感じだったし。あの男誰なんだろうな」


 今ので何となく誰だか分かった。ただ、もう一つ確実な情報が欲しい。


「ベルさんとその男、周りを気にするような感じだったか」

「ああ、言われてみればそうだったかもな。デート、っていうには挙動不審すぎ?」


 ビンゴ。一緒にいたのは森定さんで、そして二人はおそらく何かの任務中だったのだろう。それにちょうど、最近この近辺で通り魔が現れ世間を騒がせていて、その犯人がまだ捕まっていないのも強力な後押しになる。

 結論、ベルさんに彼氏はいない。別にいたからと言って、何かあるわけでもないが。


「え、何その一人で納得したみたいな表情。お前ベルさんとどういう関係だよ」

「いや、ただの先輩と後輩だよ」


 何もない、という演技。UDの構成員だということはもちろん、同じ寮で暮らしているというのも言わない方がいいだろう。


「さてと、一限の授業行くぞー」

「あ、待てユッキー。俺自転車置いてくるから」



 頭を少し働かせてから始まった一日だが、そのあとは特に何もなく結局四限の授業までしっかり受けた。英記は途中で何回か夢の中だったが。

 放課後、英記の「どこか寄っていかね」という軽い提案により、ベルさんが彼氏と入っていったと噂の喫茶店に立ち寄った。

 この喫茶店も、あの委員会室のようなアンティーク調の落ち着いた雰囲気で、あの二人が入り浸るのも頷ける。

 お互いに思い思いに注文し、届くや否や飲み食いしながら話し始める。


「今日のノートとプリント見せてくれ! ここ奢るから!」


 話す内容といっても、寝ていた授業で何をやったか教えてくれというもの。そんなのは英記の自業自得だろうが、奢ってもらえるのなら受けない他ない。

 カバンからノートとプリントを取り出し渡すと、英記は真面目に黙々とノートを写していく。

 時間にして十分程度、写し終えたのか両手を高く伸ばして唸る。サンキューな、とノートとプリントを返してもらい、その後は通り魔の話が始まった。


「あの通り魔だけどさ、何で捕まらないんかね」

「警察も結構捜査してるらしいけどな」

「被害は増えてるんだぜ。今まででもう三人がケガしてる」

「まぁ、怖いことには変わりないよな。警察は何してんだか」


 ただの通りまであれば俺たちの出る幕ではないが、何せこの街で起こっている事件だ。これを新聞委員会が逃すはずがない。

 だからといって直接調査に赴くわけにもいかず、実際は憶測や自分たちの考えを垂れ流しているに過ぎない。


「いきなりこの店に入ってきたりしてな」

「おい、あんまりそういうのはやめとけ。噂をすれば何とやら、ってのいうがあるだろ」


 言葉は力を持っている。その一言で相手を傷つけてしまうのはもちろん、言葉にすることで起きる現象なんかもあるのだ。例えば今の、噂をすれば、というやつ。


「そうだな。まだ死にたくないしな」


 フラグ、というやつだ。これもまた言葉の力なのだろう。俺だって死にたくないし、英記にだって死なれたくない。万が一でもそれがないように、心の中でそっと祈った。



 ——が、その祈りは不幸にも届かなかったようだ。

 喫茶店の扉を勢いよく入ってきた男はカウンターの方へまっすぐ進むと、ナイフを店員めがけて振りかざした。

 咄嗟に腕で守るが、所詮は人の腕、ジュッ、という肉が切れる音が聞こえる。


「きゃあああああああ!!!」

「黙りなさい!」


 客の悲鳴が上がるが、しかしそれは男の一声と一発の拳銃の音で静まり返る。幸いにも男から一番遠い席にいた俺たちは、まだ向こうからは気づかれていない。

 俺は同じような経験があるからそこまで取り乱したりしないが、英記が心配だ。ゆっくり英記の方を向くと、当の本人はパニックで顔は真っ青になり口を開いたまま固まっていた。まぁ、取り乱して騒がれるよりかはましか。

 俺は急いで森定さんに連絡を取る。


『森定さん、天野です。大学近くの喫茶店にナイフと銃を持った男が侵入、店員一人が腕を切られ負傷です。発砲もしています』

『分かりました。ちょうど近くにベルさんとスウさんがいたのですぐに向かわせます。警察も数分で到着すると思います』


 良かった、この緊迫した状況でも問題なくテレパシーが使えた。

 森定さんが付け加える。


『天野くんにとっては初めてのお仕事です。ベルさんとスウさんが男を叩くので、天野くんはそのサポートと、他の客の避難に徹してください』

『分かりました』


 森定さんは、それと、とさらにこう付け加えた。


『初めてなのに、報告は端的かつ的確でしたよ。八十点くらいです』

『あ、ありがとうございます』


 自分でも、さっきの報告は割とできた気がする。

 束の間の安堵を噛み締めつつ、ベルさんとスウが来るのをじっと待った。

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