4-3.かつては壮絶でした。
「さて、正式にUDの構成員になったお前には、ひとつ知っておいてもらわねばならないことがある。地獄の歴史についてだ」
「地獄の歴史、ですか」
ベルさんはすでに椅子に座り、優雅に紅茶を飲み始めている。スウはというと、呼び寄せた魔獣たちはミィ以外を全員帰らせ、ネコの姿に戻ったミィを膝の上に寝かせて紅茶を飲んでいた。
「歴史については、この身で体験してきた私がお話いたします」
サルバさんは俺をソファへと促し、一人立ち続ける。そして、何かを懐かしむように遠くを見つめてゆっくりと話し始めた。
―—現在の地獄はUDがその実権を握っているが、その昔UDが設立される前は純血の悪魔が地獄を治めていた。悪魔が治めるその地獄はとても平和で、地獄の民は幸せに暮らしていた。
しかしある日、地獄に侵入し襲撃してくる者が現れる。
それは天使。天使たちは地獄を壊滅状態に陥れ、ついにはその実権をも握っていった。
天使たちの統治は、それは過酷なものだった。
一般市民から、私やソネイロン様を含めた当時の官僚まで、悪魔全員を奴隷のように扱い、四六時中働くよう強いられた。荒れ地となった地獄で奴隷同然の悪魔が住めるのは寝るので精一杯の簡素な家であり、当然食料も最低限のものしか与えられない。
一方で、支配していた天使たちはとても裕福な暮らしをしていた。毎晩のように宴を開いては、悪魔たちを使って卑劣な遊びをしていた―—。
サルバさんは途中、自分の身体を抱きかかえ悶えかけたり、肩を震わせ拳を強く握って怒りを露にしたりと、普段の様子からは想像できないほどに気持ちが前に出ていた。
途切れ途切れに話すサルバさんの目には、今にも零れ落ちそうなほどに涙が溜まっていた。そんなサルバさんを見続けるのは、こちらも胸が痛くなるし苦痛でしかない。俺も知らないうちに涙目になっていた。
「もうそれ以上言わなくていいです、サルバさん。話していただいて、ありがとうございます」
「っ……!」
耐え切れずに泣き崩れるサルバさんを抱きしめる。彼女は一瞬ビクッと震えたが、すぐに俺の方に身体を預けてきた。大人びていても、誰かに心の内をさらけ出したいことはあるのだ。
サルバさんはそのまま、俺の胸で静かに泣き続けた。
時間にしてほんの数分だっただろうか。サルバさんは落ち着きを取り戻し、元の勤勉な秘書に戻る。
「見苦しいところをお見せしました。しかし天野様は、ベルゼブブ様が直々に連れてこられた方です。地獄の歴史はお教えしておくべきだと思い、お時間をいただきました」
「そんな、わざわざありがとうございます」
「では、ここからは私が話そう」
サルバさんには少々苦しい頼みだと感じたのか、今度はベルさんが両肘をついて顔の前で手を組み、続きを語り始める。
―—極悪非道の侵略者・支配者としてこの地獄では語り継がれてきた天使たちだが、中にはそのやり方に反対の、いわば反政府的な立場の天使もいた。その者たちは密かに地獄各地に赴き、必死に誤解を解いて回った。
最初は悪魔たちから怯えられ怖がられ、精神が病んでしまった天使も出てきたらしいが、次第に声が届き、悪魔からの支持を集めるようになった。
そうして水面下で徐々に勢力を強めていった天使と悪魔たちは、反政府組織UDを設立し、独裁政権との全面対決を行う。
その当時のUD創設者が、元天使長のルシファーである。
反政府地獄軍は悪魔と昔から友好関係にあった人間を仲間に引き入れ、さらに勢力を拡大させる。
その後地獄では「天使追放戦争」、天国では「悪魔撲滅戦争」と呼ばれるようになり、数百年にもわたって天使と反天使の戦争は続いた。
両軍ともお互いに消耗は激しく、戦えてもあと数年という頃。
地獄軍を率いてきたルシファーが、天使側に隙をつかれ捕らえられその後行方不明となった。
指揮を失った地獄軍の敗北は時間の問題と思われた。しかしその状況を打破したのが、強大な能力を授かって生まれた人間たちであり、それは全天使を追放するには十分なものであった。
こうして無事に独裁政治に終止符を打ち、感謝の意を込めて人間に地獄を統治してもらうことになった。
追放された天使たちは行為を恥じ、罪を悔い改め、ついには自ら天国をも開け渡した。そして今後は一切の干渉を行わないことを地獄軍とUDに対して誓い、その身を隠した。
そして現在、開け渡された天国とその名誉から統治を任された地獄と、その両方に分かれUDは、全ての世界の秩序を守るために活動を続けている。
薄れゆく序列の制度の中には、第一位の座を開けておくことでかつての主導者を待つようにそのあるべき居場所が残されている―—。
「まぁ、こんなところか」
ベルさんは紅茶を一口飲み、ふぅ、と小さくため息をつく。
地獄の歴史を聞くと、目から鱗の連続だった。
人間の考える天使と悪魔、実際はそれとは完全に真逆の存在。意外、というより、ただ茫然とした。今までの常識が崩されたのだ。
「さて、そろそろ寮へ帰るとするか。サルバ、すまなかったな。もう戻っていいぞ」
「私の意思でしたことですので、問題ありません。では、私はこれで」
サルバさんは静かにお辞儀をして退室していく。一方のベルさんは、全員分の空になったカップを片付け、帰る支度を始めていた。そして俺に一つの頼み事をする。
「幸長、スウをおぶってやってくれないか」
「おんぶ、ですか」
話を聞いていて眠くなってしまったのか、スウはすでにソファに寝転がり寝息を立てていた。黙っていれば普通の十代の、なんとも微笑ましい光景だ。
「分かりました」
ベルさんの手を借りつつ、背中にスウを乗せて立ち上がる。実際に触れてみると、華奢でありながら柔らかく、こちらも年相応だった。重さも全然苦にならない。
「帰るか」
「はい」
長く壮大な昔話をお互いに話して聞いてだったため、二人の顔にも疲れが見える気がした。
正式な構成員となった俺は、寮と地獄はもう行き来し放題。扉を開ければそこはもうスウの部屋だ。スウをベッドに寝かせてからそれぞれの部屋に散っていき、この日は何かをすることもなく夢の中へと入っていった。
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