4-2.構成員になりました。
来た道を戻り地獄運営本部を出ると、先ほど休憩していたサラリーマンたちはすっかりいなくなっていて、どうやら仕事に戻ったらしい。大きな広場は賑やかさをなくし、街灯が寂しく光っているだけになった。
本部の隣に建つ、本部よりも大きな建物。そのUD本部へ、正式な構成員になる申請をしにサルバさんのあとを追って向かう。
UDの方が建物が大きい理由、UDの方が権力を持っている理由はなんとなく察しがついた。
「サルバさん。一つ訊いてもいいですか」
「どうぞ」
「UDが強いのって、運営のトップがUDだからですか?」
サルバさんは振り返ることなく、至極当然といった感じで応じた。
「おっしゃる通りです。地獄のトップはUDの構成員です。そのため現在は、純血の悪魔よりも半悪魔の方が権力を持っています」
「なるほど。つまり言ってしまえば、地獄はUDが支配しているってことですね」
「そう、なりますね」
俺は何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。サルバさんは少し顔を曇らせ、言葉を詰まらせながら肯定する。
その地獄のトップであるUDの本部は、改めて間近で見るとその建物も立派だった。
「ここがUD本部になります」
内装はもちろん、あの委員会室と同じアンティーク調の古風な作りだ。玄関の目の前には幅広の階段が来た客を迎え、踊り場の壁には誰だか分からない男性の肖像画が掛けられている。
「天野様、こちらです」
俺の身長ほどある大きな肖像画を見上げていると、すでに二階の廊下を歩くサルバさんに催促されてしまった。
UD本部は、簡単に言えば大きな洋館だ。長い廊下の両端には用途を持たない無駄な部屋がいくつもあり、全体的に薄暗く物音ひとつしない。
静かな洋館の中で、サルバさんと俺の足音だけがかすかに響く。
廊下の真ん中あたりには、ぽっかりと開いた穴のように螺旋階段が上へと伸びていた。
階段はしっかり照明器具がぶら下がっていて、躓いて転ぶようなことない。
サルバさんの背中を見ながら、ひたすら階段を上り続ける。三、四、五階と通り過ぎるが、やはりそのどれも人の気配が全くなく、静かだった。
六階でようやく階段は終わりを迎えた。ここも照明器具が多く、一番奥までしっかり見ることができた。
この最上階は廊下の中央に部屋がただ一つ、それだけだ。サルバさんが扉の前で足を止めて二回ほどノックをし、「サルバです」と名乗と、部屋の中のパタパタという小さな足音がこちらへ近づいてくる。その音が止むと、扉が部屋側に開かれ、
「こんにちは、サルバさん……とユキナガも一緒なんですね。どうぞ」
俺を見るなり顔をしかめるスウがそこにいた。俺がいると悪いですか。
「ご無沙汰しております、アスモデウス様。ベルゼブブ様はいらっしゃいますか」
「いますよ。ベル姉さまー、ベル姉さまにご用事みたいです」
サルバさんは幼女に対しても変わらずかしこまり、一方で幼女の方は無礼にも振り返ってベルさんを呼びつける。
「入ってきてくれ」
部屋の奥からベルさんの声がし、言われるがまま入室する。
その部屋は、昨日入ったばかりのあの委員会室と丸っきり同じ部屋だった。
ベルさんが奥の黒革の椅子に腰かけ、スウがサルバさんと俺の分の紅茶を用意する。その光景も、人は違えど昨日とほぼ同じだ。
ベルさんは、すでに口を付けていた紅茶をさらに一口飲み、
「さて、よく来た幸長。昨日は契約書の準備をしていなかったからな、正式なUD構成員として契約できていなくてな」
申し訳なさそうに紅茶のカップを机に置く。しかしそれは渡さんから聞いていたので、特別驚きもしない。
「渡さんから聞きました。口頭での仮契約だって」
「ならば話が早い。では、UDの正式な構成員の登録をする。スウ、これを」
「はい、ベル姉さま」
机の引き出しから一枚の紙と小さいナイフを取り出し、スウに俺のところへ持ってこさせる。
「先ほど渡と地獄の民の申請をしてきたそうだな。UDもやり方は一緒だ」
一度経験しているから勝手は分かっている。指先で刃先をそっと滑らせ、出てきた血で紙にサインをする——。
しかしその直前、何者かに紙をひったくられる。
犯人はおそらく、スウの横で紙を咥えているネコのミィだ。
「どうした。早くサインをしろ」
ベルさんは俺に記名を急かす。
「いや、でも、紙を取られたんですけど……」
「ならば取り返せばいい。それともなんだ、お前はネコの一匹も捕まえられないのか」
なるほど、これはUDへ入るための試練というわけか。命の危険が伴う活動ならば試練があって当然だ。
あからさまな挑発だが、どちらにせよ紙がなければ契約できない。能力も分からないのに、そんな俺を招き入れてくれたことだけでもありがたい。ここで終わるわけにはいかないのだ。
ナイフをサルバさんに預け、ミィと契約書を捕まえるべく部屋の中を走る。
しかしあと数センチで手が届くと思えば、ソファに阻まれたりテーブルの下に入られたりと、体の小さいミィが完全有利、俺は完全不利となる。書斎机にソファが二つと、その間の背の低いテーブルしかないが、俺の障害物としては十分だ。
数分の死闘の後、ついにソファの上でミィの尻尾を捕まえたが、
「ぐっ……!」
突然背中に受けた衝撃で思わず掴んだ手が緩み、そのままソファに倒れこむ。
今のはミィじゃない。じゃあ誰が?
起き上がって後ろを見ると、そこにはミィのように全身が黒い、しかしネコではなく鳥が羽を羽ばたかせ、紅い目でこちらをじっと見つめていた。
「ユキナガ、仕切り直し」
スウのその言葉を合図に、契約書を賭けた鬼ごっこが再スタートした。
「まぁ、いいだろう。あれだけやられれば普通は途中で気絶するが、どうやら普通の人間よりは耐久力はあるようだ」
ベルさんの一声でようやく鬼ごっこは終わりを迎えた。体力がほぼゼロに等しい俺は、肩で呼吸しながらその場に崩れていく。
再スタートからは記憶が曖昧だ。身体中に何回も頭突きやらつつきやらをされた気がするが、数えることすらできない。
残念ながら俺の両手には、契約書どころか毛や羽のひとつも付いてはいないが、幸い及第点には達したらしい。
「おいで、ミィ、アカネ」
呼ばれたミィと鳥は、主人であるスウの足元と頭上へと戻っていく。そういうことか。つまりこれが——。
「私の能力、
すると、スウの背後に黒い渦がいくつも現れ、それは次第にそれぞれ形を変えていく。
「順番にキマイラのキラ、ユニコーンのユーコ、白虎のシロ、青龍のドラ、玄武のタケ。それとここにいる朱雀のアカネと、化け猫のミィ」
サイズはみんなスウと同じくらいだが、ここまでくるとサイズなど自由自在なのだろう。
それに言われてみれば、アカネと呼ばれた鳥はただの鳥以上に煌びやかな雰囲気があるし、ミィはもはやネコではなく若い男性に姿を変えて執事のような格好をしていた。
その魔獣たちをスウは呪文を唱えるでもなく、ましてや魔法陣を作るでもなく、いとも簡単に呼び寄せてみせたのだ。
この魔獣たち全員が相手だったら、間違いなく俺は何回か死んでいた。
静まり返った部屋でベルさんの手がパン、と鳴り響く。
「さてと。スウの能力の紹介も終えた。これでお前は正式にUDのメンバーだ。ついては悪魔名、と言いたいところなのだが、お前にはまだもらえないらしくてな。当分は仮の悪魔名を名乗ってもらう」
「分かりました。悪魔名は……」
しかし、体力をかなり削がれている状態でいきなり悪魔名と言われても、すぐには思いつかない。今はスウの呼び方をそのまま借りることにした。
「悪魔名はとりあえずユキナガで大丈夫です」
「了解した。ではユキナガ、改めてよろしく頼むぞ」
「お願いします」
笑う膝で何とか立ち上がり、深々と頭を下げる。これで俺は後には引けない、正真正銘のUD構成員となった。
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