3-2.アルバイトすることになりました。
「いつの間に!?」
本当にいつの間にか入ってきていた森定さん。昨日の夜の恐怖が蘇ってきて、本能的に距離を取ってしまう。
「そんなに怖がらないでください。昨晩は申し訳ないと思っています」
「森定、お前は天野に何をしたんだ」
「アプリをインストールしただけですよ? 他には何も」
微笑は崩さず、しかし楽しそうに笑う。一方でベルさんは、やれやれ……とこめかみを抑えて俯く。ベルさんもお困りらしい。
「とりあえず、説明してやれ」
「はい」
上司の命令は絶対と言わんばかりの従順さで、おもむろに携帯を取り出してカメラのレンズを壁の方に向ける。
映し出されたのは延々と続く真っ黒な大地と赤く燃え上がる炎。しかし、商店街や日本の国会議事堂のような建物が見えるあたり、火山などの自然な場所ではないのが分かる。街行く人々は皆、スウが来ているような黒いコートに身を包んでいる。
「これは?」
「これは『地獄』です」
「え、地獄って、罪人が死んだら行くっていう、あの地獄ですか? そんなの、あるかどうかも分からない都市伝説のようなものじゃ……」
「地獄はたしかにあります。ただ、人間の言う地獄とは実際は異なる点が多くあります」
次に映し出されたのは、さっき見えた国会議事堂のような建物の正面だ。しかし議事堂のように明るい色ではなく、この部屋と同じ暗い印象だ。
「これは僕たち『ユーディキウム・デイ』、通称『UD』の組織の本部です」
「『ユーディキウム・デイ』……? あっ……」
その名前はまだ記憶に新しい。昨日Twitterで見つけた広告主の名前だ。あの広告はベルさんたちのものだったのか。
「つまり、リンさんも含めたあの寮のみんなはユーディキウム・デイのメンバーで、俺がメンバーになるのはすでに決まっていた。そして森定さんは広告とアプリを作り、俺の組織への加入を促した、と」
「ご明察。話が早くて助かります」
これですべてが繋がった。今まで寮生全員が平凡な俺に関わってきたのも頷ける。
「そしてここからが重要です」
森定さんは俺の方に身体を向けると、初めて微笑を隠して真剣な顔になった。
「僕たちユーディキウム・デイは、地獄に本部を構える非営利組織です。主な活動としては、人間界を脅かす罪人のところへいち早く駆けつけ、適切な罰を与えることです」
それを聞いてここで一つ、すっかり頭から抜け落ちていた重大な問題が浮かび上がり、その答えもおおよそ推測できた。これは例の件の張本人に訊くべきだ。
「じゃああの日、天道大学の入試の日、テロの犯人を殺して、それに巻き込まれて死んだ俺を生き返らせたのは、もしかしてあなたですか」
動揺の色も見せずにベルさんが答える。
「半分正解だな。犯人を殺したのは間違いなくこの私、ベル——ベルゼブブだ」
犯人が血を流して倒れていたのは、あれはベルさんがやったのか。思い返してみると、「ではまた」と言っていた気がする。ベルさんはあのときからすべて知っていたのだ。
しかし、ベルさんは……ベルゼブブ? あの悪魔のベルゼブブか?
俺にだって中学二年生だったときがあった。天使や悪魔を調べてはどうにかして召喚できないかと、考えたことがないとは言えない。
しかしそれは昔の話であり、今は完全に完治している。今となっては死にたくなるほど恥ずかしい黒歴史だ。
ところがベルさんを含め組織の人たちの表情は、恥ずかしがるどころか誇りを持って堂々としているかにも思えた。
「ちなみに僕は森定ではなく、バルベリトという名前で活動しています」
「私はアスモデウス」
「私はリンじゃなくてリヴァイアサンね」
間髪を入れず次々と自己紹介がされていき、リンさんがこの部屋にいたことにも今気付いた。
今度はリンさん——いや、リヴァイアサンがソファのひじ掛けに座って説明を続ける。
「人間界にいるときは人間名、地獄にいるときは悪魔名で生活している。私で言えば人間名がリンってことだ。普段は人間名で読んでもらって構わない」
安直なネーミングセンスはこの際どうでもいいが、問題なのは寮のみんなが実は悪魔でした、ということだ。油断していればいつ死ぬか分からない。
「勘違いしてるかもしれないが、私たちは悪魔を名乗ってはいるが実際の悪魔ではない」
奥の書斎机に座っていたベルさんは、警戒心剥き出しの俺を諭すように近づいてくる。
「ここにいる者を含め、UDのメンバーは普通の人間と大差ない。違うとすれば、能力が授けられたことくらいか」
そういうや否や、目の前にいたベルさんが姿を消す。もはや存在感もなくなり、声だけが聞こえる。
「私の能力は
紅い髪をふわりと揺らしながら、再び存在を現すベルさん。その姿に思わず見惚れてしまう。
何やら視線を感じてそちらを向くと、スウが頬を膨らませていた。
「え、何」
「いえ、別に何も」
スウが何を言いたいのか分からなかったが、その横で次々と能力の披露が行われていく。
「私の能力は
説明しながらも、その順番通りに手から出して見せてくれた。
「……次は僕でいいですか」
メンバー間でも順番があるらしく、ベルさん、リンさんの次はスウらしいが、当の本人は俺を睨んで頬を膨らせたままだ。仕方がないと、急遽森定さんの番になった。
「残念ながらお見せすることはできませんので紹介だけ。私の能力は
「じゃあ、あのテロの日も活動を?」
「そうですね。もちろん非道なことはせず、あくまで仕事の範疇でしか使用はしません」
なるほど、だから事実と報道や他の情報に矛盾があったのか。森定さんが他の人たちに嘘の記憶を植えつけた、ということだ。
結局スウだけは能力を見せてくれず後日に持ち越しとなったが、その後もUDの説明が続いた。ここ数週間で身体が不思議に慣れていた俺は、純粋に楽しみながらそれに耳を傾けた。
―—UDは世界の秩序を守る非営利組織。地獄課は悪人に罰を、天国課は善人に幸福を、それぞれ適切な形で与えることを目的とする。
かつては一つの大きな組織として活動していたが、とある事情で組織の長であるルシファーが行方不明。
現在は天使が名を連ねる天国課と、悪魔が名を連ねる地獄課、天と地で二つに分かれて活動している。
彼らは普通の人間と変わりなく、選ばれた者が能力を授かり生涯をかけて任務の遂行にあたる。
能力により任務中に命を落とす可能性はゼロに近いほど稀だが、それでもリスクがあることに変わりはないため、私生活にはかなりの待遇がある。寮の完全負担はその一部である。
組織のメンバーだということは一般の人間には公表してはならず、メンバー間の遠隔での情報伝達はテレパシーのようなもので行う。
地獄課は地獄第一区に本部をおき、人間界での本部は聡明寮。双方および他の支部との間は、組織のメンバーであれば自由に行き来が可能――。
「……まぁ、こんなところだ。何か質問はあるか、天野」
「えっと、俺の能力は何なんでしょうか」
「すまない、実は私も組織もお前の能力が分からないのだ。いずれ分かるとは思うんだが」
申し訳なさそうにベルさんは顔を歪ませた。不思議慣れした俺にとっては、逆に能力のない俺が不思議に感じたのだ。しかし、とベルさんは続ける。
「さっきお前が言っていたように、お前がUDのメンバーになることは決定事項だ。能力が分からない分出来る任務も少なくなるが、お前は私たちの仲間であることに変わりはない。他に何かあればその都度メンバーに訊いてくれ。今後ともよろしく頼むぞ、幸長」
ベルさんに苗字ではなく名前で呼ばれ、改めて仲間として集団に入れてくれたことを実感できた。
いまだに怒りを見せるスウを除いた他のメンバーと握手をし、俺たち全員は委員会室をあとにした。
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