第3章 アルバイトすることになりました。

3-1.スクープは予想以上でした。

 俺と友人の英記が所属している新聞委員会は、休みの日も働かせるブラックな委員会らしい。


 他の寮生がどこかへ出かけ、寮の中には俺だけとなった土曜の昼。相変わらず普通のアルバイトばかりを表示する俺の携帯が、英記からの電話を受信した。


「ユッキー、新聞委員の仕事だ。今すぐ大学来いよ」

「今日は休みだぞ」

「ばか、お前、最初の説明聞いてなかったのか? 土日も仕事があるかもって言ってただろ」


 あー……、そんなこと言ってたかもな。そもそもお前に無理やり入れられたと何度も。まあ、良さそうなアルバイトも見つからないし、いいか。

 文句を垂れ流しながら、重い腰を持ち上げて大学へと向かった。


 電車の中、LINEで英記とたわいない世間話をしていると、事態は急変した。


『ユッキー急げ! 走ってこい!』

『どうした?』


 何事かと訊いてみるが既読が付く様子はなく、これはいよいよ問題になってきた。運動もせずに鈍ってしまった体に鞭を入れ、駅を出てキャンパスへと走る。

 ときどき携帯の画面を見てみるが英記の反応はなく、どこにいるかも分からない状態。今日は委員会の仕事という名目で来ているため、とりあえず委員会室へ向かう。


 英記から再び反応があったのは、新聞委員会室の目の前まで来たときだ。

 英記が言うにはこの三号館の一番上、三階の端の委員会室で、そこに入っていったベルさんとフードの少女を見たという。フードの少女はおそらくスウだろう。

 近くの階段を駆け上がると、三階に上がる手前で隠れて覗く英記がいた。見ているのは端の委員会室で間違いない。

 静かに近づき、同じく静かに話しかける。


「どうなった」

「おう、来たかユッキー。あそこの部屋だ。ベルさんとフード被った女の子が入っていった。これは大スクープだぞ」


 小声でも英記が興奮しているのが分かる。俗に言うスキャンダルというやつは、どうも記者の血を騒がせるらしい。いや、俺はあの二人を知っているから特別騒ぐとかはないんだが。

 どちらにせよ、このまま二人が出てくるまで待つわけにもいかないので、この後の指揮を英記に委ねる。


「どうするんだよ、ヒデ」

「乗り込む」

「マジか」

「マジだ」


 至って端的なやり取り。英記の身体は、おしゃべりはいいから早く行くぞ、そんな風にソワソワしている。

 英記が身を乗り出し、いざ突撃――しようとした瞬間、英記の携帯が震え出した。英記の顔が画面を見るうちに曇っていく。


「家族の方で急用だって……。すまん、あとは任せた」

「ああ、分かった」


 またしても急展開。家族の事情であれば仕方がない。

 しかし、俺一人になった今、少なくとも面識のあるベルさんとスウに突撃したところで、何かのイベントが発生するわけでもない。

 任された手前申し訳ないが、英記にはそれとなく伝えておこう。立ち上がって帰ろうとすると、いつかの昼の黒猫が足元に姿を現す。


「……ミィか」

「ミャーウ」


 こいつがいるということはつまり、スウも続いて現れるということ。その予想はあっけなく的中する。

 ミィの後ろにはフードを被ったスウと、その隣にはベルさんの姿もあった。もはや言い逃れも出来まい。素直に言うしかない。


「いや、ごめんなさい、別につけてきたわけじゃなくて……」

「ユキナガが何をしてたのかはどうでもいいです。それに関係なく、ユキナガは絶対ここに来なくちゃいけないことになってるんです」

「へ?」


 俺の必死の弁解はへし折られるどころか、華麗に躱されてどこかへと飛んで行った。


「天野、よく来た。我々の『委員会室』へ案内しよう」


 そしてそのままに勢いで、例の委員会室へと連れていかれる。その部屋の扉には委員会の名前が書かれてはいるが、文字がかすれていて読めなくなっていた。


「二人は何委員会なんですか?」


 ベルさんは俺の質問に答えるようにニヤリと口角を上げ、ゆっくり扉を開いた。

 中には、会議用の長机が二つとパイプ椅子が四つ、その奥には書斎机。両脇の壁には本で詰まった本棚と、ごく普通の委員会室だ。おかしなところは何もない。


 しかし瞬きをした一瞬のあと、普通の長机とパイプ椅子は消え、英国を思わせるような茶褐色のアンティーク家具と、社長室にありそうな黒い革のソファに変わっていた。

 寝ぼけてるのか? 目を両手でこすり、もう一度目を開ける。アンティーク風に変わりはない。

 改めて見てみると、家具だけでなく床や壁など、部屋全体も同じように変化していてまるでワープしたような感覚だ。

 奥にあった書斎机は高級感溢れるおしゃれなものに変わり、一緒にあった革の椅子に、ベルさんが当たり前のよう腰を下ろす。

 そこへスウがコーヒーカップを持って寄ってくる。


「ベル姉さま、紅茶でいいですか?」

「ああ、ありがとう」

「一応ユキナガも、どうぞ」


 毎日の日課のように手際よくカップを置いていき、手前のソファで自分の分の紅茶を飲み始める。ベルさんも、何の躊躇いもなくカップを手に取る。口の中を濡らす程度に軽く飲むと、


「さて天野。いきなりだが本題だ」


 両肘をついて手を顔の前で組み、言う。重々しい空気の中、俺は入り口の目の前で次の言葉に耳を傾けた。


「どうやらアルバイトが見つからないそうだな。お前は今日から私たちの組織の一員となり、私たちと一緒に働いてもらう」


 そう、俺はいまだにアルバイトを見つけていない。だからベルさんの提案は美味しい話だしありがたい。しかし何をするかも分からない謎の組織だ。

 スウの反対側に腰を下ろしながら、ベルさんに疑問を投げかける。


「えーと……、どんなことするかだけ教えてもらってもいいですか?」

「それについては彼から話してもらおう」


 そう言うベルさんの視線の先、この部屋の扉の前には、微笑の青年森定さんの姿があった。

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