2-3.寮生は全員揃いました。

 数分後、俺たちも続いて委員会室を出て帰路についた。


「渡せてよかったな、お釣り」

「ありがとな、渡すの付き合ってくれて」


 一緒に探してくれたことには、素直に感謝だ。


「いいってことよ。それに、俺も大学のアイドルと話が出来たしな」


 この新井英記という男は、とても友だち思いで責任感の強いやつだ、そう思った。

 俺と英記は帰る方向が逆なため、駅で別れた。

 地下鉄を降りて寮までの道を歩いていると、見覚えのある服装が目に留まる。いきなり話かけるのは犯罪の臭いがしないでもないが、会ったことはあるし大丈夫だろう。


「久しぶり」


 考えが甘かったようだ。そいつの反応は不審者に対するそれだった。


「ひっ!」

「驚かせてごめん。俺のこと、覚えてる?」

「……ああ、ベル姉さまのお金の人ですか。通報しますね」

「え、待って、その流れおかしくない?」


 まだ会うのは二回目なのに、そんなコントみたいなやり取りをフード少女と交わす。相変わらず顔は見えず、黒猫も一緒だ。


「名前はスウちゃん、で合ってる?」

「『ちゃん』は付けないでください」

「じゃあスウ、俺は天野幸長」

「ユキナガで」

「いきなり呼び捨てか」


 とりあえず、お互いの自己紹介と呼び方の確認も軽く済んだところで、ずっと気になっていたことを訊いてみた。


「スウは何で大学にいたの?」


 スウはこちらを向いた。フードの端からかろうじて見えた口は、ポカンと開けたまま一瞬固まった。


「何で、って言われても、あの大学の学生だからに決まってるじゃないですか」

「すごい冗談だね」

「冗談でも嘘でもないです」


 話し方と、見えないがおそらく顔も、さっきのベルさんみたいな真剣さが滲み出ている。


「……本当なの?」

「さっきからそう言ってます」


 スウに対しての疑いが晴れないまま、寮までの緩やかな坂を上っていく。

 踏み込みすぎない程度に会話をし、しばらくして聡明寮の前で足を止める。別れを告げようと寮のドアを開けると、あろうことかスウが一緒に入ってくる。

 まさかとは思うが。


「スウって、この寮に住んでるの?」

「そうですが、リンさんから聞いてないんですか?」

「他の人はしばらく帰ってこない、としか聞いてないな」

「まったく、リン姉さまは……」


 スウは靴を下駄箱にしまいながら、ハァ……と大きいため息をつく。そのまま寮母室に向かうと、声色を変えずにリンさんを呼び出し始めた。扉が開き、スウに怯えるようにゆっくりと、リンさんが顔を出す。


「リン姉さま、ユキナガにスウたちのこと何も伝えてないんですね」

「いや、帰ってこないとは言ったけど…」


 リンさんの肩がビクッと跳ねる。スウが睨みつけでもしたのだろうか。傍から見れば立場が逆になった親子みたいだ。

 再びスウがため息をつくと、「そうですか……」とだけ言って自分の部屋に戻ってしまった。一方のリンさんは、それこそ母親に愛想を尽かされた子どものように、「スウ……」と崩れ落ちた。

 今の状況についていけない俺も、静かに部屋に戻った。


 ガイダンスとはいえ、必修の授業ではすでに事前課題が出されている。初回だからそれほど難しいわけではなく、高校の知識で解ける問題だ。

 それが終わればアルバイト探しだ。それでもいつものように、ネットで色々調べてみてもどこかで聞いたことのある内容ばかりで、あまり面白そうじゃない。

 目ぼしいものも見つからないまま夕食の時間になってしまった。

 食堂に行くと、そこにいたのはリンさんだけだった。


「寮生は俺とスウだけですか?」

「他にあと二人いるな」


 何を企んでいるかは知らないが、嫌にもったいぶった言い方をする。胸にムズッとした何かを感じていると、


「入口に立たれると邪魔です、どいてください」


 突然後ろから聞き慣れた声が、少し厳しい言い回しで飛んでくる。声の主はもちろんスウだ——が、そこに黒いフードはなく、艶のある黒い髪。

 なんだかんだで今まで見ることが出来ていなかったフードの下の顔は、紛れもない美少女だった。年相応の幼さを残しつつ、その表情は曲げられない意志を持ったように凛々しい。


「ユキナガ、聞いてますか。邪魔です」


 思わず見惚れてしまった。学校のクラスにいたら、間違いなく男子に人気だ。


「ああ、ごめん」


 美しさのあまり言われるがままになり、慌てて道を開ける。


「あと二人か。遅いな」

「ユキナガは一応主役なんですから、そこに座っててください」


 いったいどんな人たちなのだろうか。期待と不安を抱きつつ、スウに促されて席に座る。テーブルの辺の短い方、いわゆる誕生日席だ。

 リンさんが料理を運んでくる。スウは箸やらコップやらの小さいものを運んで手伝う。

 大人数のパーティメニュー、とまではいかないが、普段リンさんと二人で食べるものよりも遥かに量が多く豪華だ。

 肉料理、魚料理、サラダに飲み物。どれもリンさんの手作りなのだから尊敬する。

 セッティングが終わるころ、ちょうど男性が食堂に入ってきた。


「すみません、お待たせしました」


 細長い体を軽く折り曲げると、亜麻色の髪がサラッと揺れる。初めて見る顔だ。いかにも美少年といった整ったその顔には微笑を浮かべている。この人にはどうも裏の顔がありそうで、正直、男女での人気の差が激しそうだ。


「すまない、後処理で遅くなった」


 遅れてやってきた女性は、否が応でも忘れないあの人物。


「ベルさん!?」


 ついさっきお釣り返したばかりの大学のアイドルが、実は同じ寮の住人だった、という衝撃の事実が発覚し、驚きのあまり立ち上がる。


「天野、お前は先に帰っていたのか」


 その反応は、ベルさんも俺が聡明寮の住人だと知っていたということになる。


「ユキナガはスウたちが同じ寮生だってことを知らなかったみたいですよ」


 ベルさんに答えるように言っているのだと思うが、その視線は空を切るようにリンさんの方へ向く。


「いやあ、だってサプライズの方がおもしろいじゃない?」


 笑って誤魔化すリンさんと、睨みつけるスウ。それを見かねて亜麻色髪の男性が開始を促す。


「さあ皆さん、天野くんの歓迎会を始めましょう」


 こうしてようやく、この聡明寮のメンバーが全員揃うことが出来た。

 左前に座っていたリンさんが立ち上がり、いよいよ会の始まりだ。


「では、これから聡明寮の新しいメンバーになった天野の歓迎会を行う。天野、自己紹介を頼む」


 そう言われ、リンさんが座るのと入れ替わりに腰を上げる。


「天道大学工学部情報メディア学科一年の、天野幸長です。入学式前にここに引っ越してきて、部屋は三〇三号室です。よろしくお願いします」


 当たり障りのない自己紹介を終えると、再びリンさんが腰を上げる。


「改めて、私はリン。この聡明寮の寮母をしている。よろしくな」


 リンさんの向かいで目を閉じて座るベルさんは、立つことなく続ける。


「ベルだ。天道大学の二年、経済学部の経営学科、部屋は二〇一号室だ。よろしく頼む」

「次は私」


 ベルさんの右隣りにちょこんと座るスウが、小さな手を挙げて主張する。


「理学部生物学科の二年。部屋は二〇二号室。ユキナガのとこにいるのは猫のミィ」

「うおっ!?」


 いつの間にか俺の太ももには、帰りに見た黒い猫が丸くなって寝ていた。あの昼飯のときに俺を止めたあの猫だ。可愛いのはたしかだが、気配がしないのは少々不気味だ。


「では、最後は僕ですね」


 遠慮しがちに手を上げる、スウの向かいの亜麻色男。立ち上がってゆっくり口を開く。


「森定、と言います。僕は天道大学の学生ではないですが、特別にこの寮の一〇一号室で生活させていただいています」


 微笑を一切崩すことなく、淡々と自己紹介をする森定……さん? 何歳なんだろう。


「天野くんよりは年上ですよ」

「あ、はい、すいません」


 声には出していないはずだが、疑問に思っていることをピンポイントで答えてくる。

 それに一人だけ古臭い名前だし、特別に生活している、というのがますます怪しい。最初の印象通り、裏の顔を持っているに違いない。


「全員終わったかな……。よしっ! 食べよう!」


 俺から時計回りにリンさん、森定さん、スウ、ベルさん、という順で料理を囲む。今か今かと待っていたリンさんの合図で、いよいよ夕飯がスタートした。

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