2-2.アイドルはやっと見つかりました。

 翌日の昼。英記は、今日は用事がなく大学で昼食を取るらしい。

 今日は財布を忘れていない。しかし、定食の値段をギリギリ下回る所持金で、仕方なく一番安いものを買うことにした。

 アルバイトをしていない俺にとってはこのお釣りは魅力的で、ついつい使ってしまいそうになるが、俺の中では「ベル姉さま」への申し訳なさの方がどうやら強かった。

 もちろんそれに英記が気付かないはずがない。


「ユッキー、昨日定食食ったとか言ってなかった?」

「昨日は金があったからな。今日で底をついた」

「いや、アルバイトしろよ」


 英記はケラケラと笑いながら言うが、俺にとっては大真面目、由々しき事態である。

 それに加えてお釣りの件もあり、つくづくお金に関しては問題が尽きない。

 せっかく新聞委員会に入ったのだ、情報収集の一つや二つならバチは当たらないだろう。


「ヒデはこの大学のアイドル知ってるか?」

「アイドル?」


 食べる手を止めてこちらを見る英記の目は記者のそれだ。


「『ベル』って名前の人なんだけど」

「ああ、ベルさんか! たしかにキレイでスタイルも良い人だな」


 当たりだ。昨日の今日ですでに知っている英記の収集力にも驚きだが、やはりベルという人は、この大学では有名らしい。


「なんだユッキー、ベルさんのこと好きになったのか? 無理だ無理だ、やめとけ」

「いやいや、別にそんなんじゃねえよ」


 断じて違う。初顔合わせであんなことをされても、もはや気味が悪い。

 謂れのない噂はすぐに取り消してほしいが、それよりも今はベルさんの情報が欲しかった。


「昨日の昼そのベルって人に金借りたんだけど——」

「おいお前それマジかよ!」


 俺の話を遮って英記が身を乗り出してくる。周り五つくらいのグループにも英記のその声が聞こえたらしく、視線が俺たちに集まる。昨日の「ベル姉さま」まではいかないが。


「このあと何もないよな。急いで食ってベルさんに会いに行くぞ」


 俺だけに聞こえる小声で言うと、残りのご飯を口に流し込む。慌てて俺も残りを片付ける。


 しばらくキャンパス内を聞き込みして回ったが、あまり良い収穫とは言えなかった。

 分かったのは、経済学部の経営学科ということ、学年は一つ上の二年生ということだけ。今どこにいるかなんてことは誰も知らなかった。


「諦めて帰るか……」


 そうぼやいてみると、英記がまたしてもキラキラと輝く。


「それでも新聞委員か? 今日何としてもベルさんに会うんだ! それで早くそのお釣りを返すんだ!」


 俺はお前に入会させられたんですけどね。

 そんなのはお構いなしに、目の前の新聞記者は聞き込みを再開しだす。

 しかし英記の言う通り、財布の中で居心地悪そうにしているお釣りたちを、早く返してやりたいのは確かだ。

 再び英記に連れられ、キャンパス内を練り歩いた。


 初めの一週間で行われていた授業ガイダンスも、つい先ほど終わりを迎えた。

 来週からはいよいよ本格的な授業がスタートするわけだが、そうなると今までのように聞き込みをする時間もない。なんとしても今日で捕まえなくてはならない。

 そう決心し昼食を食べ終えると、ちょうど英記がまさかの大物を持って食堂へやってきた。


「ユッキー、ベルさんに会えるぞ」

「どういうこと?」


 英記は一呼吸置いて俺の耳へと口を近づける。


「新聞委員の二年の先輩が、授業でベルさんと同じ班になったらしい。俺たちが会いたいっていうことを知ってた先輩が、ベルさんを委員会室に呼んでくれるそうだ」

「先輩やるなぁ」


 最後のチャンスに思いがけない奇跡を見た気がした。情報をくれた英記と、ベルさんを呼んでくれた先輩に感謝だ。


 夕日で赤く染まり始めた委員会室で、俺と英記はベルさんを待っていた。

 先輩は用事があるとかで、俺たちを置いて帰って行ってしまった。

 遅いな、と二人で話をしていた矢先、コンコンというノックとともに、礼儀正しくも聞き覚えのある声が聞こえた。


「私に会いたいという方がいると伺って参りました」

「どうぞ」


 委員会室の扉を開けて入ってきたのは、今まで探していたベルさんその人だった。


「もしかして私に会いたいというのは君たちか?」

「そうです。俺、新井英記と言います。お会いできて光栄です。友人がお釣りを返したいらしくて、ずっとあなたを探していました」


 先に英記が頭を下げて挨拶をする。つられて俺も頭を下げる。


「ああ、あのときのか。よく使わずに残っていたな」

「天野幸長です。先日はありがとうございました。助かりました」


 財布からお釣りを取り出して渡し、もう一度深々と頭を下げる。


「当たり前のことをしただけだ。困っている人を助け、罪深き者には罰を与える。それが私のすべきことだ」


 何やら壮大なことを言い出したが、そう言うベルさんの顔と目は真剣そのものだった。詮索はあまりしない方がいいのだろう。


「もう要件がなければ私は行くが?」

「あ、はい、ありがとうございました」


 ベルさんは浅くうなずき身を翻す。ドアを開け、「失礼した」と一言だけ告げると、委員会室をあとにした。

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