第38話 ……幸運だったって事か
例によっての如く、ステラとミレナの二人を両腕に侍らせて伯爵の屋敷へと向かう。あの無駄に豪奢な屋敷にな。
今にも帰りたいんだが、侍らせる=捕まっていると同じ事なので逃げられない。まぁ、それが原因じゃなくて別の問題がある。……その件も兼ねて伯爵家にお邪魔するのだ。絶対嫌な予感しかする気配がない。少なくとも真面な事は起きない。
それで屋敷に着く……前から門兵の人達は門を開けており、敬礼までしていた。リュートさん達ではなく、俺に。この時点で誰でも察しはつく。既に連絡も行ってるだろうから完全にスタンバイ、なんだろう。……行きたくねぇ。
庭を通り屋敷に入ると使用人がやって来て、伯爵がいるであろう部屋へと案内してくれる。その視線は、やはり俺。屋敷全体に何か一体感があった。他の使用人とすれ違う度にもちょっとだけ向けられるのだが、それ自体は温かみがあって嫌いじゃない。嫌いじゃないんだが……お節介感が出てきてしまっている為、何とも安心できない。
皆に提案したらここから逃げられるだろうか。……駄目だ。どう考えた所で逃げられない。ステラ達を味方に出来てもリュートさんが追って来たら即エンド。ちょっと詰みだなぁ……。
着いた場所は前回と違う場所だった。何かね、違う。前回は確か……会談室だったはず。あんな公的な感じじゃなくて、プライベートな感じ。
って事は……予想が当たって欲しくないけど、ミレナを除いた家族が全員いそうだ。外れてる事を祈ろう。まあ無駄だろうけど。何故かって? ミレナが凄く懐かしそうな表情で部屋の中を見てるんだよ。多分、分かってるんだろうなぁ。
で、入るとやっぱり伯爵家一同がいた。その中には知らない女性が二人。多分、伯爵の奥さんなんだと思う。ミレナがその内に一人に懐かしさというか、安堵した感じで「母」として見ていた事からもほぼ確実だろう。
「さて、いらっしゃい。ユートくん、ステラちゃん、クロロリーフェ様。おかえりミレナ」
「じゃ、俺たちはこれでお暇するよ。あとは頼んだ」
「あぁ、任せておけ」
リュートさんと伯爵が軽く言葉を交わすとリュートさん達は帰っていった……っておい。この無法地帯を誰が抑えてくれるんだよ? せめてもの抑制剤としていてもらうだけでも良かったのに。まぁ……ミアさんの機嫌が良かったので今後の展開は予想できる。
てっきりこのカオス、どう対処するべきか考えていると奥さんの片方が伯爵に小声で何かを言うとさっきまでの顔とは打って変わり、伯爵はゆっくりと立ち上がり「……私はこれから仕事なので失礼する」と言い残して部屋を出て行った。
……さぁ~て、何か奥さん……じゃないや。奥様二人からの圧が凄い。ここに来てそんなものを貰うとは全く考えて無いんだけど。この三年間、かなりの頻度でバルガーと模擬戦をしたお陰で怯む事は無い。不幸中の幸いか。
ちなみに模擬戦の結果は全敗だ。ステラたちは最後の方では何回か勝利していた。相変わらず三人が強すぎる。どうしよう。
「まずは初めましてね。私はカンナ・アルトネア。……それとごめんなさい。少し体が弱くて。このままでも勘弁してちょうだいな」
「私はエリーゼ・アルトネアよ。……あぁ、ミレナを産んだのは私。よろしくね」
カンナさんはあまり体が強くないらしい。今もエリーゼさんに支えられている。カンナさんは儚げな印象があり、エリーゼさんは活発な感じが強い。反対の性質を持ってそうだが、仲は良いようだ。
両人の口調や雰囲気も気さくな感じで話しやすそうなんだが……最初の時と言い、今と言い何か品定めされてるみたいな感じがする。
ミレナもそれに気付いたらしく、俺の手を握ってふっと微笑んだ。俺もそれに微笑み返す。で、その時にあの二人の表情が少しだけ和らいだのは見逃さなかった。一瞬だったけど。ミアさんよりも反応が短いとか……俺の周りにいる人って高スペックな人が多くない?
「どうやら家に帰って来たこと以外にもありそうね」
「はいお母さま。私はこちらのユート君と正式に婚約者となった事を報告させて頂きます」
「そう…………ユートくん、で良いかしら?」
「はい」
エリーゼさんはミレナの話を聞くと自分たちの子供をそれぞれに部屋に戻した。てっきり同席させるものだと思ってたんだが……ちょっと驚いた。だが、ルーカスの悔しそうな顔を見れただけで満足だ。ミレナの報告の時の表情と言ったら……俺は全力で逃げる覚悟を決めた。
まぁそこら辺と置いといて……一番緊張してるのは今、この状況だ。どう見ても今まさに相手の親に結婚の挨拶をしてる様なものである。地球の時は経験なんてする年でもないし、勿論経験した事なんて無かったからよく分からなかったが……これは凄い。
言葉で説明しろ、と言われるとかない難しいんだが、これは中々精神的に来る。辛いとかのモノじゃなくて試されているみたいな……試練と言うべきだろうか。世の男性は特に、人生最大の試練だ、なんて言われる事もあるだろうが、まさにそんな感じだ。良く出来ると思う。実際にしている身としては。
この世界は封建社会。俺が住む国はそこまで強い訳じゃないが存在してる。他の国じゃあもっと強いだろうが。そんな中逆らえば……国がという訳じゃなくてもこの伯爵家からは追われる可能性が高い。
……………………良い事も悪い事も結構浮かんだが、気にしてもしょうがない。なった時はなった時だ。それくらいの覚悟はあった方が良い。第一に俺がミレナを手放す気が無いみたいだし。
「……覚悟は決まった、という事で良かった?」
「……はい。出来てます」
「じゃあ、ユートくんに聞くわ。……ミレナを幸せに出来るって確約できる?」
「……はい。私もミレナも互いの事をとても大切に思ってますから。不幸にさせるなんてありえません」
ここまで心臓の音が大きく聞こえるなんて……。リュートさん達の時は長年一緒にいたというアドバンテージが大きかったんだろうし、二人が(特にミアさんが)最初から乗り気だったのが幸いだったんだよな。
だが、今回はエリーゼさんから許可が必要だ。自分の娘を他人に将来的に預けられるのか、それだけの信頼を得る事が出来るのか。現段階で信頼なんて論外だ。初対面の人にどうやって信頼しろと? それもいきなり婚約者です、なんて。多少伯爵から話は通ってるんだろうけど。
俺が答えてからエリーゼさんは黙ったままだ。カンナさんも同じ様に黙ってはいるが、口を出す気はないらしい。
そのまま緊迫状態が十分、くらいだろうか。それ程経った時にエリーゼさんの口が開かれる。
「……分かった。その覚悟は本気の様ね。良いわ。許可しましょう」
「そう、ですか」
「えぇ。……まぁディルキスからミレナの将来についての話があるだろうって聞いてたから冷静に見る事は出来たわね。じゃなかったら即座に拒否してたかもしれないしね」
……ラッキーって事なのだろうか。まぁそう取る事にしておこう。危ない橋は渡り終えたと言えるだろうしな。
エリーゼさんの雰囲気が明確に和らいだことで俺も肩の力を抜く事が出来た。思った以上に力が入っていたらしい。ちょっと疲労感がある。
ミレナはさっきまで手を繋いでいただけなのだが、今は俺の腕を抱いて全身を密着させている。いつもの見せる、と言う感じじゃなく、単に甘えてる様な感じだ。それを見たエリーゼさんは頬が緩んでいる。
「そもそも私は元々、ユートくんと同じ平民だからね。最初から否定する気はあまりなかったわ。それに……ミレナがそこまでの態度を取る男性なんてユートくんが初めてよ。これだけでも十分な証拠になるわね」
「何故……ですか?」
「ふふ。その前に一つ言っておくわね。十五歳が成人って事になるけど、ユートくんの年でそこまで強い人っていないのよ? あのリュートやミアですら二十歳前だからね」
まぁそうだよな。十五歳なんてこの世界じゃどうか知らないけど地球ならまだまだ精神的に未熟だ。こんな大きな事、本当に十五歳なら俺だって出来ない。精神的に三十くらいだから出来る芸当だ。そう考えるとリュートさん達って結構凄いよな。あくまで俺の個人的な考えだけど。
……にしてもその前って、一体なんでそんな前置きをしたんだ? それに何でミレナが抱き着いている、という状態だけでそこまで信頼されるのか具体的に説明して貰ってない。
「貴方は……『よつがやゆうと』くんで合ってる?」
「!!?? は、はい。ミレナから聞いたんですか?」
「まぁね。ミレナが小さい時に聞いたし、荒唐無稽だったから今まで半信半疑だったけど……なるほどね。違う世界から来た、か」
俺もステラ、リュートさん達には言ってある。ステラは兎も角、リュートさん達も直ぐに頷いてくれたからあまり気にしてなかった。理解してもらう事は(知らない誰かに絶対言える内容じゃないからね)。
でも、普通は怪しむよな。かなりの幸運で俺は今まで生きて来たみたいだ。もしそれをあの女神がしてくれたのなら少しは感謝してもいいかもしれない。
それとクロエが凄いぎょっとした目でこっちを見てるんだが……あぁ、言うの忘れてた。あとで説明しておこう。そうじゃなくても詰め寄られるか。
言いたい事は全部言ったようで明るい感じになったエリーゼさん。ミレナも安心している事からこれが普段の状態らしい。カンナさんもさっきまでの表情はなりを潜めている。
そこでお二人から色々と根掘り葉掘り聞かれてその日は過ぎた。……あぁ、家に帰ってクロエにもステラたちと同様の説明をした。その時のクロエは知れた事への嬉しさと今まで知らされなかった疎外感の板挟みで申し訳ない気持ちになった。
……本当、すいません。
そんなこんなで伯爵家にミレナが帰って来た事を伝える事、そしてミレナと正式な婚約者になった事を伝え、認めてもらう事は完了した。いやぁ……難易度は高かった。今まで精神的にきつい事の上位には確実に入る奴だったよ。
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