第37話 ……明日よ、来るな

 アルトネアに着いた後、商人の人から依頼完了のサインを貰い、ギルドに報告する。それから報酬を貰ってステラの家へと向かう。

 あの人らと別れられたのは良かったのだが、都市全体が何かこっちに注目しているので居心地が結構悪い。それが冷たい系統の視線だったら割り切れたのに、妙に温かいので居心地の悪さはより一層だ。


 その視線を何とか耐えて家に戻って来た。実は三年ぶりに戻って来たんだが、去年くらいにミアさん達が突然やって来て、根掘り葉掘りその後を聞いて来たのでその時はもう……大変だった。何が大変だったって? 聞かないでくれよ……。


「ただいま~!」


 ステラの元気な声が家の中を響き渡る。……だが、誰も迎えに来ない。今日の事は二人共知っているはずなのでリュートさんが来ないのは可笑しい。という事はミアさんが何かを考えてる事であり、俺は今直ぐ足を逆に向けて歩き始めようとする。

 まあ後ろにはクロエがいて、一歩も足を進める事は出来なかったんだけど。


 向きを戻され家の中を進んでいく。それでリビングに入るとミアさんとリュートさんがイスに座っていた。テーブルを挟んだ向こう側で。仰々しい雰囲気を出しているミアさんに対して、リュートさんは同情している感じだ。

 リュートさんのは受け取るとして、ミアさんのアレはどうせすぐに本人がぶち壊すんだろう。あの人はそれが得意だから。それとこの後の展開が何となく予想出来る俺としては今直ぐにでも逃げ出したい。


「まずは座りなさいな」

「……はい」


 ミアさんの言葉に従って反対側のイスに座る。だが、一列に俺たちが座れるほどの広さは三年前までこのテーブルには無かった。恐らくこの為に用意したのだと思われる。普通に使っているんだろうけどね。


「皆、三年間お疲れ様。よく頑張ったわね。……それとね、今更なんだけど凄い顔触れよねユートくん?」

「……ステラたちが、って事?」

「そうそう。一人は貴族のご令嬢、一人は一国の王女様、一人は国が誇る最強勢力の一人娘。凄いと思わない?」

「……ん? 誰が最強勢力の一人だって?」

「リュートさんよ。言わなかったかしら? リュートさんってこの国に十人しかしない竜クラスの実力者よ?」

「いやいや、聞いてないよ!? そんな話!?」


 ここに来ていきなりの爆弾発言!? リュートさんってそんなに強かったの? 強い事は分かってたんだけどさ、そこまでとは思わなかったよ……あと予想とちょっと違う。だけど、仰々しい雰囲気はやっぱり見せかけだったみたい。

 他にも追加情報が。それぞれの国には十人前後の竜クラスがおり、そのお陰で国同士の戦争と言うものが殆ど起こらない事。この国では四つの主要都市に一人竜クラスが滞在していて、アルトネアではリュートさんである事。貴族や王族と面識があるのもその一人だから、という事。実はミアさんも国宝クラスである事。


 情報が情報過ぎて理解に苦しむ……。あ、ステラたちは去年来た時に教えてもらったそう。知らなかったのは俺だけか……。

 そもそも追加情報の最初の奴って結構重要機密の様な気がするんだが。……気にした所でどうしようもない。知らん《ミアさん》と諦めよう。この手の事は今に始まった事じゃないし。伯爵や国王と知り合いな時点で今更だもんな。


「まぁいいや。で、何を言いたんでしょう?」

「ふふふ……ユートくんの今の気持ちを知りたいわ。三人と自分の立場を知った上で。これはディルやラルも私たちと同じ考えよ」


 真剣な表情のミアさん。リュートさんはさっきまでの同情から試すような表情に。伯爵や国王は兎も角……これって三年前の事なんだろうなぁ。

 三年前、俺はミアさんのお陰(?)でほぼ強制的に婚約する事となったが、本心からじゃなかった。口約束って事が何よりの証拠だ。ミアさんもそれは分かっていたようで、それがミアさん自身に出来る最大の手助けの様だった。

 だから後はステラ次第……つまり、俺が絆されるかどうか。…………結果的に言おう、絆された。だけど、まだその事を考えると若干の震えがある。ステラは強い。それは二人もそうだが。ただ失う事を考えると……やっぱり怖い。上には上がいる、他にもまぁ色々と考えつくが……改めて俺ってヘタレだよなぁ。


 帰って来てこういうのが来るのは分かってたんだけどなぁ……改めて突きつけられると辛い。言ってしまえばいつまで過去に縛られてるんだよ、って話なんだけどね。

 俺の事を言えば沢山あるけどステラは頑張ったしなぁ。三年で、とは思わなかったよ。これはミレナにも当てはまるけどね。こっちは十年以上掛かってる。まぁ、それを比べるつもりなんて無いけどさ。


「………………母さんの事だから結果を知りたいんだよね?」


 両隣にいるステラとミレナの肩を抱いてこっちに引き寄せる。クロエにはこの手の事が来たら残念ながら遠慮してもらう事を了承してもらった。その時も……今もちょっと悲しそうだけど。

 ミレナは何となく分かっているみたいで、ステラはまだ展開についていけてないらしい。……俺、クロエにしか言って無いはずなんだけど。そのクロエにも絶対に言うなと口止めしたのに。今日もミレナの(俺限定で)心を読む能力は調子が良い様だ。


「結果から言うと、この通り。絆されました。ミレナにも同様の事が言えるけどね」

「三年前みたいな振りじゃなく?」

「まぁあの時も半分は本気だったけどね」


 ミレナは既に理解が追いついた様で一言も発さずに様子を見守っている。俺にくっ付きながらな。逆にステラは俺とミアさんを交互に見て、何が何だか分からないみたいだ。


「ステラちゃん。良かったわね。これは今までステラちゃんが頑張った結果よ」

「え、何? 何をお兄ちゃんは言ってるの?」

「あら? ……うふふ。しょうがないわねぇ。ユート君は正式・・にステラちゃんと結婚してくれるのよ」

「ふぇ?」

「三年前のは口約束だったからねぇ。ステラちゃんは嬉しくて意識になかったみたいだけど」

「じゃ、じゃあ」

「これから教会にでも行こうかしら?」

「あ、あ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 こっちからは見えなかったが、両手が口元に移動したので目を見開いて驚きを露にしてるんだろう。

 次はこっちを向いて本当? と問い掛けて来る。それに頷いてやると目を何度かパチクリとした後、途端に涙を溢れさせてぎゅゅゅゅゅぅぅぅっとしがみつき、顔を押しつけて来た。




 一通り感情を吐き出したステラはそれはもう、幸せ絶頂! みたいな笑顔で腕に抱き着いている。ミレナも反対側から同じ感じだ。こっちは作為的なものだが。それとクロエが疎外感を覚えたようで居心地が悪そうであった。すいません。王女なのにこんな扱いで。


 その間ミアさんは満ち足りた表情でステラを見ており、完全に母の表情かおだった。こんなに長く母らしいと思ったのは初めてだ。あ、失礼とか今更思わないよ。三年前に強制的に自分の娘を口約束とは言え、結ばせたからね。しかも拾って来た子供に対して。

 俺以外、なんて傲慢な事を言う訳じゃないけどステラが危険に晒される可能性だって相手によってはあっただろう。俺が(自主的に)借金を負った時の事は覚えてるだろうに。


「ステラちゃんの気持ちも落ち着いて来た事だし、教会に行きましょうか」

「ちょっと待て。何でそこで教会の話が出て来る」

「何を言ってるの? ユート君はステラちゃんとミレナちゃんを正式にお嫁さんにするんでしょう。速いか遅いかの違いよ」

「うぐ……。否定、できない」


 将来的にはするつもりであるが……あぁ二人は見ないぞ。見たら多分、拒否なんて出来そうに無い。

 両隣からくいくいと服を引っ張られるのだが、真っ直ぐにミアさんを見ておく。この人を見るだけなら場に流されるなんて事にはならない。行動に関しては流される事が殆どだが。


「……お兄ちゃん」

「……ユートくん」


 背筋を何かが通った。それもかなり新鮮に。それとその声に反応してしまったのは男として仕方ないと思う。単なる自己弁護ではあるが同じ状況なら絶対思うはずだ。というかその前に行動に移してるか。

 現実逃避から戻って来て現状を理解しよう。そう言いつつも二人を見てしまった事が終わりと言ったらそうなのだが。

 二人からは行こ、行こ? と無邪気な反応を向けられている。ミレナまでそうなるって……余程嬉しかったのか。そう思うことにしよう。


 ただ、一番ヤバいのはさっきの声だ。口調とかは全部いつも通りなんだが、言外からの物凄く甘い何かが発せられている。これが強くなったら多分……欲情するとかそれに近い感じになるんじゃなかろうか?

 結論、二人の雰囲気からは物凄いピンク色の何かが溢れているという事。俺がそれに応じれば空間が甘くなり、砂糖を吐く者が続出するだろう事は想像に難くない。この街でなかったら俺の精神はマイナスに振り切っていたかもしれない。

 この時は町全体の生温かい空気に感謝するべきかどうか……あまり悩みたくない。


「……行きましょうか」


 俺がそう返すとステラとミレナは再び強く抱き着いて来た。ミアさんとリュートさんは……うん、親みたいな感じで優しそうだった。あと、クロエは物凄く居心地が悪そうで身を捩っていた。……本当にごめんなさい。



  ♈♉♊♋♌♍♎♏♐♑♒♓



 …………教会で正式に婚約した後、家に戻って来て現在は自分の部屋にいる。………………ふふふ、やった。俺は成し遂げたぞ。


 まず、教会に行く途中も帰る途中もステラとミレナの二人が幸せ全開オーラを惜しむ事なく発していた為、すれ違う人全員から祝福されてた。しかもそれについて聞かれると「これから教会で正式に婚約して貰えるんです!」と息ぴったりで、尚且つかなりの声なので周りにも聞かれ、その度に十何人という人から祝福の言葉を頂いた。

 都市全体が温かいのは素晴らしい事なんだが、あの時は公開処刑を受けてる感じだったんだよ……。


 教会に着いてもオーラはそのまま。教会で働いてるシスターや神父さんはその二人の様子から俺たちが何も言わずとも準備が進み、あっと言う間にその準備も済んでしまった。

 ミアさんとリュートさんが今日の目的を話すと周りの雰囲気が一段と柔らかくなった。ちなみに今回のを担当する神父さんはリュートさん達の婚約や結婚に関して携わっていたそうだ。


 今の俺はベットの上で横になっているんだが、ステラたちはテーブルを囲んで何か話をしながら盛り上がっている。ステラ達の仲が良いのは良い事だ。特にステラとミレナは確実に嫁になる事が決まっているので険悪にならないのは嬉しい。

 あ、そうそう。この世界って女性の割合が多いらしく、だから一夫多妻制が普通なのだとか。俺も知ったのは結構最近。学園でね、とある授業の時にさ教師がそんなことを言ってたんだよ。ま、だから貴族だけじゃなく平民の人達も三割くらいは複数の妻がいるそうだ。だけど、一番多いのはやっぱり貴族。まぁ、そこは置いといて。


 ……明日、伯爵の所へ向かわねばならない。物凄く気が滅入る。何がって、伯爵本人もだが、長男とか長男とか長男とかが鬱陶うっとうしいんだよ。今回はフーラ君がいないから数は一人プラスされるだろうし。







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