第36話 ……煽るな煽るな

 昼食まで特に何もなく(馬車の中は知らんけど)、再び馬車の上で見張りを継続しながら一時間ほど。ミレナがステラとクロエを伴ってやって来た。個人的には意外と我慢したなぁと思いました。


「聞いてよユートくん!」

「はいはいまずは落ち着いて。で、どしたの?」


 ミレナは怒り心頭、といった感じで俺の左側に座る。ステラは俺の胡坐の上、クロエは右側。三人の定位置だ。ステラも分かり易いほどに期限が悪い。クロエも迷惑そうであった。

 言わなくても何となく状況は分かる。あの二人が良からぬ事を言ったりしてきたんだろう。


「あいつ等がユートくんは雑魚だとか、頼りないとか言ってさげすんで、挙句の果てには自分たちの方が頼りがいがあるし鞍替えしろ、なんて言うんだよ! ちょっと地獄でも見せてやろうかと思った!」


 とっても憤慨しているミレナさん。ま、実際にはあっちの方が何倍も強いんだけどね。実力とか経験とか。俺が勝ってるのと言えば……若さとステラたちの好感度、くらいか? まぁ、どちらかが強いかは置いといて。


「まぁまぁ。自分で言うのも何だけどね、皆は俺の事が好きなんだろう? だったらそれで良いんじゃないかな。周りを気にする必要は無いよ」


 分かってるけどね、と嬉しそうなミレナ。二人も同様で、三者三様に甘えて来る。三年前ならどう抜け出そうか考えていたんだが、今となってそれを考えない時点で大分毒されて来てるんだろうなぁ。

 その時に何と言うか……敵、らしき反応が……直ぐ真下の所にある。ステラ達と一緒にいるとこういう事って多いよね(寧ろ殆ど)。この世界は男も女も美形が多いんだけど、特に良いからねこの三人。仕方ないっちゃあ、仕方ないんだけどさ。




 その後も今日の移動を終えるまで馬車の上にずっとステラたちは居て、馬車から降りて簡単な夕食を終えた頃、やっぱりあの二人が絡んで来た。もう二人の女性は申し訳なさそうな表情でその場に立ち止まっている。……そう思うんなら二人を止めて欲しいなぁ。


「なぁユートさんよ、美人を三人も侍らせて良いご身分だよな。一人くらい分けても良いんじゃないか? 分不相応って奴だぜ」

「あははは……なら、彼女らに気に入られて見たらどうです?」


 ステラたちを見る目が性欲の対象としか見えておらず、自分たちの箔付けの為に利用しようとしたのが分かったのでちょっとイラっと来た。お返しにこっちもちょっとだけ昼間の傷を抉ってみる。こういう相手って結構根に持つんだ。

 案の定、抉られたのがしゃくに障ったようだ。俺より何歳も年上だからなぁ。プライドってやつ? Dランクでもあるし……そんなのが刺激されたのかな?

 まぁここで撥ね除けれるような実力があればかっこいいんだけど、そんなものはない。無い物強請ねだりをするつもりも無いので、どう潜り抜けようか……。


「ほう……覚悟は出来てるって訳だ」

「覚悟が出来てるも何も……僕じゃなくて彼女らに認められるように頑張ったらどうですか? 僕を相手にしたところで寧ろ、その道は遠くなっていくと思いますよ」

「ごちゃごちゃうるせぇなぁ―――何ッ!?」


 俺の少し前に光の壁が展開され、男の攻撃はそれに防がれている。……多分展開されてるのは「聖壁」。光属性の中級に属し、「光壁」の上位版だ。物理のみだが物凄い防御力を発揮する。反対に魔法などには結構弱い。

 俺も使えるが、今は使ってない。なのでこれをしたのはクロエだ。証拠に俺の真後ろから何者かが抱き着いている。両隣には既にステラとミレナの二人がスタンバイしていたのでクロエで間違いない。残りの二人も臨戦態勢である。

 ……残念だったね。確実に敵と見られたよ。襲ってきたら半殺しにされるだろうなぁ。


 もう一人は魔法職の様で後ろから最低でも中級クラスの物を使ってるんだけど……「絶壁」も張ってたのね。あぁ、「絶壁」は「聖壁」の反対だと思って良いよ。魔法特化だ。




 剣も魔法もガキィィィンッとか、ズゴンッとか派手な音を響かせ、女性二人の怒りを買ったらしく、こちらにやって来て男二人共こってりと絞られていた。

 それを見てると何かどうでも良くなって来たので女性たちによるお詫びに……とかの話は全部丁重にお断りして、そちらに任せて貰う事にした。……多分、あの二人は報酬とか無いんだろうなぁ。これも自業自得って事かな。


 で、翌日にその女性達から「護衛は私たちでやるから大丈夫!」なんて言われ、馬車の中に半ば強制的に押し込められた。

 では、誰が護衛をしているのかと言うと……件の男二人である。しかもしっかり護衛を務めた所で払われる報酬は今回の最大で半分。文字通り馬車場の如く働かせられている訳だ。あちらの女性陣の意見にステラたちはちょっと足りない、などと言いつつも概ね満足されたようだ。俺は少しだけ同情しなくもないが……結果が自業自得である為、弁護するつもりは無い。

 あと、ステラたちに色目を使った事を考えると……妥当ではある。絶対に本人たちの前では言わない。……振りじゃないからな! …………殆どがこの後にバレてるけど。


 それで馬車の中では女性陣によるトークが発生していた。昨日もこっちに来るまでは基本的にこんな感じだったそうだ。


「で、皆は婚約者なのよね?」

「そうなんですよ~。結婚自体はユートくんが最低でも成人してからという事にしているんですけどね。今からでも楽しみでしょうがないです」


 さっきからこんな感じの惚気的な会話が繰り広げられており、本人が居たら赤面物の話がそれこそ無制限に出て来る。

 ……まぁ、その本人がちょうど真ん中にいるんだけどね。もうね、穴があったら入りたい気分だよ。恥ずかしいったらありゃしない。少し前ではステラとの婚約シーンみたいな内容で盛り上がっており、本気で居た堪れなくなった。

 ステラ本人も恥ずかしそうに頬を染めながらも嬉しそうに話すものだから女性の二人は黄色い声で盛り上がり、偶にこちらへ視線を向けるとこの色男っ、てな感じのを送って来るものだから逃げたくしょうがなかったよ。……まぁステラたちに囲まれている為、逃げる事が出来ないんだけど。一種の拷問だと思った。



 ♈♉♊♋♌♍♎♏♐♑♒♓



 そうして時間は過ぎて行き、あと数時間でアルトネアに着くまでとなった。


 ふふふっ……俺は頑張った。あの桃色空間の中で俺は生き残ったぞ。大変だった(主に精神が)……不幸中の幸いというか、ステータスの精神の数値が上がっていたのには何とも言えない気になったが……

 自慢って程々が良いんだって身を以って理解した期間だった。人間って、自慢も度が過ぎると恥ずかしさが勝って来るんだね(俺が自慢したわけじゃないんだけどね)。そう安心してしまったのが運の尽きか。とんでも無い事を女性の一人が口走った。……神よ、我にまだ試練を与えるというのか! ……神なんて信じてないけど。


「ねぇ、ずっと気になってたんだけど、そこまで互いが好きならユート君が行動を起こしそうなものじゃない?」

「ユートくんって周りに見られるのが恥ずかしいらしくて。……私達だけじゃないとそう言うのをしてくれないんです。本当はもっと周りに知って欲しいんですけど……」


 ねぇ、ミレナさん。何でそんな事を言っちゃうのかな? 別に恥ずかしいんじゃなくて、周りからの殺意の視線を少しでも減らしたいだけなんだよ? そういう視線が無ければ…………するかもしれない。確率的には五パーセントくらい?


「あ、でも、アルトネアに着いたら嫌でも広まってるかなぁ。あ義母さまの事だし……ね、ユートくん?」

「………………多分ね。いつ呼ばれるか気が気でないよ」


 あ、ちなみに二人にはステラとミレナについてはある程度知ってるらしい。皆この十日間で仲良くなったそうだ。ステラがリュートさんとミアさんの娘、ミレナが貴族の娘だと知った時には心底驚いていたが。今では立派(?)な女友達だそうだ。

 ちょっと俺には恐怖しか感じられないが……。それとクロエが王女様なのは言ってない。流石に不味いだろうからね。


 これで話しはズレてくれるだろう、と思っていたらステラがこっちを向いていた。とんでもない予感。ステラを戻そうとするが梃でも動く気が無いらしい……全く動かねぇ。

 そんな光景を見逃すはず等無く、つい一瞬前まで仲良く話していたのが仲良く協力する《・・・・》ような姿勢に早変わり。俺の精神は既に旅立とうとしていた……旅立っちゃ駄目だけどね!


 ステラの両手が俺の首に達しない様に必死に押し留めていると横と前から余計な言葉が飛んで来る。


「ほ~ら、ユートくん。ステラちゃんだってご所望の様ですよ。ア・レ・を」

「ミレナちゃん、そのアレって何なの?」

「決まってるじゃないですか。キスですよキ・ス。告白してくれた時から毎晩してくれるんですよ♪」


 キャッ言っちゃった、みたいなノリでとんでもない事を暴露しているお隣さん。何故この状況で火に油を注ぐのか……しかも事実だから質が悪い。あ、クロエはハグですよ? だって……ねぇ、事実を否定しても意味が無いし? そもそも俺とミレナの言葉、どちらを信じるかと言ったら確実にミレナだろう。

 まぁ、正直に答えるのも何なので一応無言を貫いておく。本当に無駄な足掻きだけどな。


「ふふふっ。沈黙は肯定と取るという事で、早速実践して貰いましょう? ユートくん。もちろん私もね?」


 何故そうなるのか、疑問を抱いた所で無駄なのは経験している。まぁ思うくらいは良いだろう……

 何で一人諦めムードなのか、それは既に両手がミレナとクロエによって拘束されているからである。ステラは最初から膝の上に乗っており、脚を動かす事も出来ない。


「ユートくんの~カッコいいとこ見てみたい~っ」


 何故煽る? もう一度言おうか、何故煽る? なぁ、ミレナさんよ。そこまでしたいか。そこまでして俺と自分はラブラブだと言いたいか!?


「当然。分かってるでしょ? ほら、早く早く」


 普通に心読んだ上、急かして来やがった。……もうお家に帰りたい。帰っても同じ事の繰り返しだと思うと違う土地に逃走したい、というのが正しいのだろうか?

 それとさっきからステラは手を降ろして子犬が餌を待つかの様に待っている。犬耳と尻尾があれば千切れんばかりに動いているだろう。そして、そこが可愛いのが卑怯である。

 ミレナとクロエが腕を離してくれたは良いものの、完全に密着しているので動けない。物理的な逃げ道はやはり無い様だ。


 いつの間にか女性たちも近くまで来ており、俺がキスするのを今か今かと待っている。何でそこまで見たいのか……


「………………はぁぁぁぁぁぁ」


 大きく溜息を吐くと女性二人はおっ! みたいな感じで勝手に盛り上がっている。ミレナはそれを見て小さくガッツポーズをしていた。ステラは既に少しずつこっちにやって来ている。……毎回思うんだけどさ、そこまでちゃんと抑えられるならこういう時もしっかり抑えて欲しいんだけど。


 悪戯に時間を延ばすのは俺しかデメリットが無いのでさくっとステラにキスをする。ほぼ反射的にステラの両手が俺の首に巻き付き、固定してくるんだがもう想定済み。だてに毎回、同じ事をされてないぜ! ……反応出来ないんだよ。速すぎて。

 それと視線で舌を入れるなよ? と合図する。ステラが凄いしょんぼりしたのだが、そこで普通にキスだけなら好きにどうぞ、と合図してしまう辺りかなり甘いと思う。ステラは目をキラキラさせて何度か離したり、合わせたりを繰り返した。


「……ぷはぁっ」


 十分に満足して貰えたようで軽く頬ずりした後はさっと退いた。……そうなんだよなぁ、次はミレナの番なだよなぁ。


「……次は私ね。ユートくん、私もユート君からして欲しいなぁ」

「…………はいはい分かりましたよお嬢様」

「……んふふ」


 ミレナは正面からではなく横からをお望みらしい。それは単なる位置の違いを楽しみたいのか、それとも二人にしっかりと見せたいのか……ステラの時はちょっと見えずらかったからね。どちらにせよ、俺には厄介極まりない事は確かである。

 心を読めるミレナには事前に舌を入れない事を伝える。言葉にも視線にも出して無いんだが、ミレナは了承した。……本当、何で分かるんだろうね? もうずっと疑問だよ。それこそ地球の時からさ。


 最後にあからさまに間に手を置いていたので俺の方も置いてみるとやっぱり絡めて来た。それに結構オーバーな反応を示す方が二人。もう無視しよう。

 ミレナを唇を合わせると艶めかしい声を漏らしながらも嬉しそうにしている。ミレナも何度か離したり合わせたりを繰り返す。


 その後はクロエもという事だったのでハグでセーブして貰った。そこはもう、知ってたみたいで女性陣も納得の様だった。

 後ろから抱き締める感じだったのだが、ステラとミレナのを経験してたからか、何か一番ほっこりした。







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