第35話 自覚、しちゃったよ……しちゃったよ!?
こっちから解放するとミレナは一歩――下がらずに寧ろこっちを見つめて来る。睨んでいたのがふっと微笑んだ時、俺は直観的に不味いと思った。
『……祐人くん大好き』
俺はその場に崩れ落ちなかった自分を褒めてやりたい。……完全に固まっているのだが。仕方ないだろう―――見惚れてたんだから。
いや、見惚れるなんてそんなチャチなもんじゃない。もし言い換えるなら心を奪われる、そんなとこだろう。事実、ミレナから視線を外すなんて全く出来なかったし。ミレナたちに見惚れる男子達の気持ちがよく分かった。状況は違うが、こんな顔を見せられたら……分かってくれるだろう?
『祐人くん?』
『……ん? 何だよ?』
『ふふっ』
『だから何だよ』
くそっ。一気に意識してしまった。絶対に漏らす気はないが心臓がバクバク言ってる。ミレナの一つ一つの行動に反応してしまう。これじゃあ……ミレナに恋しているみたいだ。まぁ恋をしてるからこんな事になってるんだろうが。
さっきからミレナは笑みを絶やさない。その瞳はこっちの目を捉えていて多分、ミレナを意識してしまっている事はバレてる可能性が高い。今の笑いだって何かを確信した感じだった。
「意識くれてるんだぁ」
「……あぁそうですよ。その通りですよ」
敢えてバレた事に対して投げやりな態度をしてみる。今の俺の感情がバレる事だけは絶対に阻止したい。……前ととても似た言動だという事には目を瞑ろう。そもそもそれを直す余裕はない。
ミレナは一歩一歩とにじり寄って来る。俺は逃げる様に一歩一歩下がる。……何か不味い気がするのだ、今ここでミレナに捕まったら。多分バレる、そんな気がしてならない。
ミレナは空間でも飛んでくれば直ぐにでも捕まえれそうなのに、今の状況を楽しんでいるみたいにゆっくりとした動作だ。たとえこの空間が幻想的で素晴らしくても今の俺には不気味でしかない。……見えない牢獄の様で。それもきつい奴じゃなく、心地の良いもの。
まぁ考えてみろ。絶体絶命の状況下で周りの景色なんて気にしてる余裕ないだろう? まぁ俺の場合は精神的なものではあるが。
何度も一歩寄られる、下がるを繰り返していると気付いた事がある。同じ歩数下がっているはずなのに、ミレナとの距離が縮んでいるんだ。
よく、よぉぉぉぉくミレナの一歩を見てみると俺のよりも少し、ほんの少しだけ大きかった。……勿論、直接見てないですよ? そうしたら多分終わるから。俯瞰全視を使ってるんだよ? ……スキルの無駄遣いだって? 今の風前の灯火とも言える精神に気付かれたら終わりなんだよ。大切な事だからもう一度言うが、終わりなんだよ。
ちなみに何が、という質問は全て却下する。…………ははっ。やべぇ。自問自答しておかないと直ぐにでも降参しそうだ。
俺がいくら離れようと一向に距離が空かない。恐らくミレナも魔法を使ってるんだと思う。似た者同士という事か……相性良いじゃねぇか。ちくしょうめ。
ミレナは両手を後ろで組んで楽しそうに笑みを浮かべている。再三言うが、今の状況でそれは止めて頂きたい。俺じゃなくてもクリティカルヒットだから。鼻血を吹き出す人もいるのではなかろうか。
と思ってまた一歩下が―――すべった。気付いたら地面に腰と両手を下ろしてミレナを見上げていた。
――終わった。
瞬間思って立ち上がろうとしたがやはり予想通り動かない。ミレナお得意の空間魔法、じゃなくて今回は精霊の力みたいだ。どういう事かよく分からんけど、動こうとしたらちょっとだけ俺の周囲に風が吹いて途端に動かなくなるし。
実際には時間にして数秒だろうが俺にとっては数分くらい経ったくらいにミレナが追いついた。両手と膝を付けてハイハイの要領で殊更ゆっくりと這って来る。
そして、俺の胸に両手を添えて囁くような小さな声で尋ねる。
「……何でそんなに逃げるの?」
言葉自体は責めてる風だが、声音にはからかいが含まれ、しかし表情には優しさもあって今まで以上の危機を感じる。……身の危険も含めてな。
「……ねぇ、何で」
「ミレナに完全攻略されるのを阻止する為だよ! 好きって自覚しちゃったしな!」
――――あっ。……やばいやばいやばいっ! 待って待って、えちょっと待って。言った? 言ったよね? 言っちゃったよね? 隠そうとしてた事バラしちゃったよね、しかも自分で。
自分の中で物凄い思考の渦の呑まれてしまってミレナの表情すらも認識できない。……頭を抱えているのが分かる。……支えが無くなった事で地面に倒れた事も分かる。……その行動のお陰で多分ミレナには今言った事が真実だってバレた事も分かった。
つまりもう手遅れ。
………………そこまで認識したら落ち着いて来た。ようやく周りの景色を見る程度に落ち着くことが出来た。それによってミレナも見える事になったんだが、当の本人は両手を口に当て、さらに目を見開いた状態で固まっていた。
…………………………………………………………………ようやく再起動したミレナは確かめるみたいに近くまでやって来る。そこから俺の頬で挟んで真っ直ぐにこっちを見つめて来た。
「……ほんとう?」
「……ミレナの中でも答みたいなのは出来てるんだろ? 多分それであってるよ」
「そっか…………そっかぁ~。二十年以上経ってようやく通じてくれたんだね」
ミレナのその微笑みに一つ、強く強く一つの事を自覚した。
――あぁ堕ちた、って。それが自覚出来た事でなんか体が軽くなったが気がしたんだ。多分、ミレナを受け入れるという覚悟と、失うという覚悟、それが決まった事で俺自身が納得したんだろう。
―――俺は自分が認識する前にミレナを抱き締めていた。それも強く、ミレナを離さない様に。結構強かったのだろう、ミレナの口から小さな呻き声が聞こえた。だが、拒否する事は無く、寧ろ俺の頭が優しく撫でられた。
それに安堵を覚えながら自然に、それが当たり前かの様に口を重ねた。
あああああああああっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! やって、しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
冷静になってよく分かる。完全に暴走してたわ。抱き締めた辺りからが完全に暴走だったわ。両親と同じくらいのレベルになってしまったもんだから、つい嬉しくてやってしまった奴だよ。黒歴史だな。うん、否定のしようが無い。
肝心のミレナであるが、俺の隣で頭をこっちに預けながら今までに類を見ない程に表情がだらけている。偶に思い出したように手を絡めて遊ぶのが微笑ましい。そしてその後にこっちを見て微笑む。
今すぐにでも悶え死にそうなくらいなのだが死ぬ事は許されないし、だからと言ってここを離れる訳にもいかない。
今はミレナと木の陰であの花畑を見ている感じだ。何故曖昧な表現かと言うと、俺はその景色を楽しむ以前にその前の行いに自問自答してるし、ミレナは言っちゃあ何だが俺しか見えて無いらしく、景色なんて既に意識に無いんだろう。
……まぁそれは兎も角。落ち着いて来たのでそろそろ帰ろう。元々アルトネアには卒業したらすぐに帰るつもりだったので明日行く予定である。で、その直前にこんなイベントがあったので精神的な疲労から大分眠いのだ。
「ユートくん……」
ミレナも一緒に持ち上げようとしたのだが、ミレナが上がらない。そのミレナは両手を地面についてスタンバイ。……もう何が言いたいか分かるな? 要するにキスを待っている体勢である。
ご丁寧に目まで閉じて待っている。
……ゆっくりとその場に座り、ミレナの後頭部をこっちに引き寄せる。ミレナの望み通りにしてやると再び表情を崩して幸せそうだ。
離れると満足してくれたらしい、ミレナはすくっと立ち上がる。俺も溜息をついながらも立ち上がってミレナにクロエの別荘へと連れて変えて貰った。
♈♉♊♋♌♍♎♏♐♑♒♓
帰って来たと言うか、帰って来てしまったと言うかやはりステラとクロエは起きており、早速ミレナに話を聞きに行った。
結果は言わずもな、盛り上がりまくり流れ的にクロエも~なんて俺の精神を
翌日になり、三年間メイドたちにはお世話をして貰ったので一応、渋々お礼を言った。ちなみに昨夜の件は既に知れ渡っており、メイドたちはステラやミレナに祝福をし、クロエを応援していた。……情報掴むのが早いよね。何処から嗅ぎ付けて来るんだろう。知りたいような知りたくないような不思議な感覚だ。
帰りは馬車に乗って帰る。やろうと思えば歩いても帰れる。というか、ミレナの空間魔法で飛べるのでその時は二、三日くらいだろう(衛星都市で休むことも入れて)。
まぁ、ゆっり帰ろうと提案したお陰で馬車で帰る事になったのだ。……ミレナと婚約者になりました、なんて重大情報、数日で届けるには心の準備が足りねぇよ。せめて十日は欲しい。何だかんだ言ってステラやクロエとも今まで以上に仲良くなって来たし。ステラなんて隙あらばキスしてこようとするんだぜ?
地球だったら下種野郎って言われたんだろうなぁ。仕方ないじゃないか。この世界は一夫多妻が普通なんだから。あ、ミアさん達は特殊だね。リュートさんが見事に尻に敷かれてるよ。
けど、馬車で帰るって言っても乗せて行ってくれ、なんて聞いてくれる人はいないのでアルトネアまで向かう商人の護衛依頼と合わせてという感じだ。護衛依頼って普通はEランクからなんだが、ミレナたちは今までの討伐の数や質からDランクなので全く問題は無い。ちなみに俺はFランク。
ここでも大きな差がついてるね。怒り? 嫉妬? 劣等感? そんなのとうに経験し過ぎて捨てたよ。ステラたちへ向ける感情に。
あと、俺たちと同じ四人のパーティが護衛に就いてる。内訳は男性二、女性二で全員Dランク。ステラ達と同じだ。つまり今の俺じゃあ、頑張っても引き分け。なので無駄な争いはするつもりは無い。まぁ掛かって来ても返り討ちにされるけどね。ステラたちに。
衛星都市までは俺たちが、そこからアルトネアまではもう一つのパーティがするという事になって、今は俺が馬車の上で周囲を観ながら盗賊とかが出ないか監視してる。
「あぁ~平和だねぇ~」
優しい風に身を任せ、丁度良い気温に心身を癒す。監視自体は俯瞰全視でやっている。日頃訓練のお陰か一、二日なら余裕で続く。しかも高性能なので楽でいい。
あぁ、それと一人なのは……言わなくても分かるか。それでも一応。Dランクの男性二人からステラたちは休ませて、俺だけが見張りをする様に言われたのだ。ステラ達は睨みそうになっていたので俺の方から落ち着かせて、言う通りにしている。だって、面倒だし。それに可哀そうじゃん……Dランクの二人がさ。
女性たちはどうやら脈無しの様であるし。ステラたちにも我慢の限界になったらこっちに来て良いと言ってある。
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