第32話 そこまでなるなら最初からするなよ……

 ……五分後。人の輪が広がり大きな円となった。既に舞台は用意され、その輪の中には俺とさっきの少年ザルギス・アデラルト君の二人がいる。当の原因であるミレナはステラたちと最前列でこっちをずっと見ている。

 どうみてもバルガーの時と同じである。あの時も俺の言葉なんてあって無いようなものだった。

 それとルールなんだが、素手の一対一で対戦時間は十分。形式がちょっと特殊で俺がその時間耐えきれば俺の勝ち。ザルキスが押し切ればザルキスの勝ちという事になった。…………分かるか? ミレナがまた煽ったんだ。「私達をモノにしたいならユートくんの防御を押し切れるぐらいは無いとね?」ってさ。

 ついでに魔法もあり。ただし、相手以外に危害を加える事、相手を死に至らしめるような強力なものも使用禁止。


 そのルールで男子の中から一番強いらしいザルキスと対戦する事となり、今はこうして対峙している訳だが…………一つ確定してる事と言えばミレナは帰ってお仕置きである。


「ミレナさん達はお前の様な者が一緒にいて良いはずが無い!」

「いやぁ……それはミレナたちの自由なんじゃないかなぁ~」

「ふん。Dクラスの様な雑魚が図に乗るんじゃないぞ?」

「じゃ、誰が相応しいのかな?」

「まさに貴族の息子であり将来も明るい俺の様な人物だろう」


 決闘の話の時もそうだったんだけど高圧的な話し方するよね。まぁ、それに関してはどうでも良いんだけどさ、大丈夫だろうか……ザルキス君は。何かさっきからステラたちの雰囲気が物凄く悪いんだよ。で、その視線の先にはザルキス君がいて……俺はザルキス君がボコボコにされないか心配でしょうがないよ。あと、ちょっと話が通じてない。

 段々とステラたちの視線に汚物を見るような感情が混じっている気がしてちょっと怖いんだよ……。本気を出されたら俺も止めるのが大変だし。ステラが逃げ出した事からもそれは明白だしね。

 まぁ、譲歩しても…………期間限定でミレナを貸すぐらい?


 その後少し雑談でも交わしていると準備が出来たらしい。……あぁ、それと今回の決闘なんだけど、審判がいないんだよ。時間を計る人はいるけど。だからいつ始まるのか分からないし、今も始まってるのかもしれない。

 だが、俺の攻撃はAクラスの人達には通用しないし、そもそも俺からは反撃以外で手が出せない。という訳で今までの雑談に付き合っていた訳なんだ。ステラたちだったら一秒も掛かってなかったと思う。瞬殺だね、流石だよ。


 ザルキス君が地面を軽く蹴ると俺の周囲に土の槍が現れた。しかもそれは俺を囲む様に出来ており、真ん前……ザルキス君の方向にだけ間が空いていた。

 それから数秒のタイムラグで地面が柔らかくなった。それによって足が動かしにくくなる。そして、ザルキス君がこっちにやって来た。


 ……流石だよね。Aクラスだけはあるよ。普通さ、魔法の連続使用って脳に負担が掛かるし、魔力も一気に消費するから意外と疲れるんだ。俺やステラなんかは小さい時からミアさんの指導の下、やって来たから連続しようなんて普通に出来るし、俺に至っては何重もの同時発動だってできる。……ま、俺のスキルが優秀だから出来る芸当なんだけどさ。ミアさんでも同時発動は三つまでだからそれに関しては異常と言える。


「はっ!」


 短い掛け声と共にザルキス君の拳撃が――って、あぶねっ。何だよ、風属性も使えるのかよ。しかもルドラス君のとは全然威力が違う。正確には殺しに来るぐらいの魔力を込めた威力だ。当たれば今のだと確実に首が吹っ飛ぶ。

 ルドラス君のはまだ怪我で済む程度だったし、土の槍で視線が塞がれてから良かったものの、もし当たってたら……うん。ザルキス君、地獄を見ただろうね。………………国王から。


 俺も風と気付かれない様に水と光を纏わせて受け流す。上手く風と風で相殺してくれてる様に見えると良いんだけど……。

 二撃目に蹴りが来たので避けながら死角に入り込んでその流れからの隠蔽コンボ。一瞬視界からズレたし、少しは距離を稼げるかな?

 魔力節約の為、纏っていたものは解除して距離を取る。ちなみに周囲には風の結界を張っているので探知は使えないし、見つからないはず。俺を探してるザルキス君を見ながら次はどう来るのかとか、どう対処しようかとか考えているとミレナと目が合った。……確かに丁度視界内にはいるんだけどさ、直ぐに見つかるって……何か実力差を良く思い知ったよ。

 数瞬遅れでステラとクロエも気付いた様で俺と目が合った。……改めて、彼女らには勝てないわ。頑張っても引き分けだな。だって、実力が違い過ぎるし。ハンデをくれて勝てるかどうかだよ?


 風の結界を維持するのも中々大変なので、二分くらい経った時に解除する。それでようやく俺を見つけたザルキス君は忌々しそうにこちらを睨みつけていた。……えぇ~


「もうちょっと正々堂々としたらどうだ!?」

「ははは……。いえいえ僕は強くないので。それにルール違反じゃないでしょ?」

「ぐぬぬ……」


 何かめっちゃ悔しそう。……もしかして誇りとかプライド的な物を傷つけちゃった? そうなら面倒だなぁ。あ~、やだやだ。

 別に煽った訳じゃないんだが、ザルキス君はそう思わなかったらしい。額の青筋がさっき以上に増えて、今度は消えた。


 即座に超感覚を頼って危険な所から離れるとそこに今まで以上の威力らしい突きが。……三人の方から今日一番の不機嫌な感情が漏れてるような気がする。ザルキス君……大丈夫だろうか? 今後の人生が。

 何かキレたらしい様で完全で殺しに来てるよ。土槍が完全に俺を捉えてるし、「失位」まで使って俺に攻撃して来てるし。


 その二種類の攻撃が周囲に被害を及ぼさない様に動きながら避け続ける。それから半分くらい過ぎたくらいだろうか、ザルキス君の魔力がもっと大きくなった。で、風の嵐が俺に襲い掛かって来た!?


 うわぁ……「暴風」だよ。風の嵐が来たよ。凄い威力だ、しっかり防御しないとボロボロになりそうだなぁ。

 しかも周囲が檻みたいな土で囲まれ、移動制限が物凄い。殆ど動けないよ。てか、これどういう魔法? ステラなら知ってるかな?

 土の牢獄で動けなくなり、「暴風」の風が猛威を振るう。「耐久強化」に「濡れ翅」、「光壁」を自分の周囲に限定した状態で身を守ってるけど、流石は中級クラス。威力が凄いのなんの。牢獄も中級くらいにまぁまぁな硬さだし……うーん、これからどうなるのやら? 既にステラたちはザルキス君に狙いを定めている。彼の今後の生が危ぶまれる。

 その肝心のザルキス君は俺を殺す! と言わんばかりの視線でこっちを睨んでいた。


 ……何か刺激しちゃ駄目なモノを刺激しちゃったらしい。かなりの激昂だ。十歳と言えども頭に血が上るのが早すぎるなぁ。よっぽど、甘えた暮らしでもして来たんだろうか。


「……殺す、……殺す」


 ザルキス君が何か呟いてみるみたいだから風で聞き取ってみると物凄い怖い事を呟いていた。うん、逆鱗に触れてしまったらしい。いよいよこれはどう――んぐぅ!?




 ……咄嗟に口元を抑えて血を吐かなかったのは流石だったと思う。いやね、いきなり物凄い重圧が掛かって来たんだ。それこそ、内臓に大きなダメージが入るくらい。今も凄い掛かってるから相当苦しいんだけどね。口の中で鉄の匂いがする。

 魔力関係のスキルは全部フル発動で「耐久強化」の九重掛け。合計で十重になったお陰か、大分楽になった。自分の身体と「光壁」にそれぞれ十重なので物凄い魔力消費量だけど。それでもまだ魔力自体は余裕はある。

 ……本当、ナニコレ? どんな魔法なんだよ? 重力属性の魔法って訳じゃないし、風にも無いはずだから土属性か、ザルキス君が隠してる奴か。ま、今は考えても仕方ないし、土属性のと考えよう。今の中じゃ一番可能性が高そうだ。

 それと今思ったんだけど、周りから見たら俺の所が少しブレてるかもしれない。俺の視界がブレてるからそう思ったんだけど。


 「治癒」も掛けてみたんだけど、焼け石に水の様で全く治らない。寧ろ、少し回復してしまった事でより大きなダメージとなって襲って来た。……何か、俺って決闘とかする毎に大きなダメージがある気がするんだ。ルドラス君とだけは途中で終わったけど、それ以外は確か全部そうだったし。


 ザルキス君がこっちにやって来る。ブレてる視界でも見間違いじゃなきゃ、その拳に風を纏いながら小さな石が飛び回ってるんだけど……。あれ、本当に殺しに来てるよね? しかも一撃じゃなくてジリジリと命を削ってく奴だよね? 早く時間が過ぎてくれないかなぁ。俺死んじゃうよ……

 という俺の願いも叶わず、重圧はどうやら俺のみの様でザルキス君は全く影響がなくここまでやって来た。そこから確実に俺を殺しに来てるであろう拳が振りかぶられる。

 ドンッ! バキッ! って感じでなっちゃいけない音を鳴らしながらザルキス君の拳撃が「光壁」に当たる。耐久を滅茶苦茶強化してるお陰か、暫くは大丈夫そうだが長くはもたないと思う。あの威力じゃあ……三分持てば良いかな。


 ……予想以上に凄かったみたい。まだ三分も経ってないのに「光壁」が壊れそうなんだけど。てか、破られるのは何気に初めてな気が……

 「光壁」が壊れた事で俺の盾が無くなり、あの凶悪な攻撃が襲い掛かって来る。逃げたいのだが、重圧のせいで全く身動きが出来ない。更に壁が消えたのでダメージは増量だ。

 そんな状態で当たると……俺の体は嘘の様に地面を跳ねる。十重に重ねてお陰か内臓への軽いダメージ以外はそこまで酷くない。あるとすれば若干、三次元的な視界になって三半規管が可笑しくなりそうな事くらいだな。

 それで俺が跳ねると同時に再び重圧が襲って来て、地面に伏す。ザルキス君がこっちにやって来て持ち上げられた後、逆方向に吹っ飛ばされた。

 ……あ、やべ。今ので二つぐらい無くなったわ。急いで掛けないとぐふッ!?


 即座に連撃が加えられ、今まで以上のダメージが襲って来る。内臓に物凄いダメージが溜まり、一瞬意識が混濁したよ。ヤバいね。もうちょっとしたら三途の川が見えそう。


「死ねぇぇぇぇぇぇっ!」


 ……そこまで言う? あぁ、ちょっと待って三途の川が見えて来た。あ、父さんと母さん。え、何? ちょっと待って今そっちに行くから………………

 って、ちょっと待て! ……やべぇ、一瞬死んだかと思った。まさか臨死体験をするなんて思わなかったよ。


 死んだと思って生き返ってみたらミレナが傍で俺を抱えており、クロエが治療を施していた。ステラは心配そうにこっちを見つめている。


「えっと…………何が?」

「ユートくんが殺されそうだったから、介入させて貰ったの。……ザルキス君だっけ、こんな事をしたらどうなるか分かってるよね?」

「え、あ、いや、その」


 何が原因か分からないがザルキス君は正気に戻ったようでミレナの全く温かみの無い絶対零度と言ってもいい様な冷たい笑顔がザルキス君に向けられていた。ザルキス君はそれに物凄く怯えている。……まぁ、恐ろしいよね。多分俺が居なかったら逆に殺されてたと思うよ?

 ステラも剣呑なオーラをぶつけており、ザルキス君は逃げようにも逃げられない。クロエは俺の治療を続けている。……どれくらい経ったか分からないけどダメージがそんなに残ってない。何か物凄い負けた気分。勝てるなんて思って無いけどさぁ。


「取り敢えず失格ね。ユート君を殺そうとしたんだから。その代償の一つとしてここでゆっくりと精神的に傷ついて行ってね」

「お~い、ミレナさ~ん。僕の話を聞いてくれませんか~?」

「ねぇ、クロエ。ユートくんはどれくらい治ってる?」

「……もう殆ど治ってますよ。まだちょっと体は動かせないと思いますが」

「それなら大丈夫。ちょっと支えて貰ってもいい?」


 ミレナもクロエも見事に俺の話を無視スルーしてるよ。ねぇ、何で無視するの? 俺さ、今の状況を知りたいんだよね。何で一切の説明無しに話が進んでいくのさ。ちょっと、聞いてる? 結構大事な話をしてる――むぐぅ!?


 俺はミレナに頬を掴まれ、それはもう熱い、熱~いキスを強制的に交わされる事となった。しかもザルキス君だけじゃなく、周りにも見せつける様に。見える限りでは何人かの男子が既に轟沈していた。ザルキス君もそうしたいのだろうが、何故か体が動かないらしくずっとこっちを見て凄い悲惨な顔だ。

 それと普通にキスだけと思ったら、今度は舌を入れて来やがった……。ミレナは人の口内を勝手に蹂躙していく。それに俺は現状まともに動けないので抵抗する事が出来ない。なすがままだ。

 暫く続いてやっと離れてくれた。ねぇ、いい加減人の話は聞こうよ。


「……ぷはぁ。結果はユートくんの勝ちだし、私達とユートくんは互いの事が大好きなんだから離そうとしても無・駄。ね、ステラちゃん、クロエちゃん?」


 話を頷く事を表したのか、ステラも軽く俺とキスを交わし、クロエは後ろからギュッと抱きしめた。それから首筋に顔を埋める。

 普通なら殺気の嵐が吹き荒れそうだが、さっきの決闘のお陰なのか男子は全員、両膝をついて文字通り絶望していた。女子は黄色い声を上げながら話が広がっていっている。

 ……うん。これは学園全体に広がるよね。もし、これがミレナの目的ならばかなりきつめのお仕置きが必要だろう。


「それとね……実は今の初めてなの」


 ミレナが恥ずかしそうに頬を染めながらいやんいやんと体をくねらせる。ザルキス君を含めて近くの男子全員が遠くを見つめ、完全に意識を飛ばしている。意識がある男子はより強い絶望へと誘われた(強制的に)。女子は今まで以上に盛り上がっている。


 男子諸君が絶望に打ちひしがれてる間、俺はミレナたちに連れられてクロエの別荘へと戻って行った。






 屋敷に戻ると一人のメイドさんがやって来て、何かを発見したらしい物凄い丁寧に傾け、「おめでとうございます」って……やかましいわ!

 何に気付いたか知らないけど物凄い嫌な予感だという事は確信してるよ。とんでもないくらいに碌でもない事だよね。

 軽くメイドさんを睨みつけても何処吹く風で、ミレナたちと部屋に戻る。


 ベットに寝かしてくれた事にステラとクロエにお礼を言いつつ、ミレナに一言。


「さっきの事なんだけどさ、もしかして……他の人に見せつける事が原因だった?」

「…………違います」


 よし、ミレナが嘘を吐いてる事はよぉく分かった。一瞬だけ目が泳いだし、あの溜めの間は完全に動揺してた。という事で、決定。


「ねぇ、ミレナ。実はそろそろ言おうと思ったんだけど、学園を卒業するまで延期ね」

「……な、何を、ですか?」

「ミレナへの告白を」

「あぅっ」


 仰け反ったミレナは先ほどの男子達と同じ様に両膝をついて絶望した。ついでに数日間最低限の話しかしない、を付け加えると崩れ落ちた。

 ステラたちは気の毒そうにミレナを見ているけど、俺が死にかけた原因の一人でもあるのでこれくらいは自業自得と思って欲しい。寧ろ、ここまで小さくしてあげてるんだから感謝して欲しいよ。何なら、告白自体を取り消す事だって出来るし。

 ……本当、あそこまで怒るくらいなら最初からするなよ。






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