第29話 ははは……もう諦めたよ
「ユートくん、今終わったよ」
「うぉぅ!? 吃驚した。……お疲れミレナ」
ねぇ、後ろから耳元でいきなり声を掛けられるのはかなりビックリするんだけど。振り向くとミレナが何かむすっとした感じでこっちを見ていたので一先ず頭を撫でてみる。一瞬で表情を崩したミレナは直ぐに元の表情に戻って問い詰めて来る。シュリィを見ながら。毎度の事ながら本当器用なことをするよね。
「ユートくん、そっちの子は?」
「試験の時に知り合ってさ。ミレナたちが来るまで話し相手になって貰ってたんだ」
「……シュリィ・ツェルガです」
おずおずと名乗ってミレナの行動一つに反応するシュリィは小動物みたいで可愛いのだが惑わされるな。そのシュリィについさっきボコボコにされたのは何処のどいつだ? あぁ、俺だよ。まるでステラたちと戦ってるみたいだったんだ。強すぎない?
ミレナは暫くシュリィを見ていたのだが、何か安堵した色を浮かべるとステラとクロエに視線を送った。二人は何か分かった様にシュリィへ向ける事を止め、ミレナに頷き返す。……何が通じ合ったというのだろうか。やけに嫌な予感がするが……この手のパターンは既に手遅れな場合が多いので半分諦めの境地に入っている。要は慣れだよ。……嫌な慣れだなぁ。
まぁ、それも次の瞬間には隅に置いておくことになるのだけど……。何故ならミレナが腕に抱き着いて来たからである。それはもう何かを期待した目も付けて。続いてステラが反対の腕に。クロエが遠慮しながらも服の裾を掴んで来る。シュリィは気を遣ってか、立ち上がってちょっと離れている。
そして、今の俺は両手に花以上の状態。加えてさっきまでシュリィと話していたので周りの男子からの視線にあり得ないくらいの怨嗟や嫉妬、殺気などの感情が籠っている。まるで「お前を呪い殺してやる!」と言わんばかりだ。
……ちょっと待って。今、何処かから「あの男……死ねばいいのに」って聞こえたんだけど! 何かもう周りの視線が痛いよ。あと、何かシュリィがこっちを見てる気がするんだが……。
「えっと……シュリィさん。僕たちはこれでお暇するので。お話に付き合ってくれてありがとうございます」
「……私も楽しかったです。……また会えますか?」
「まぁ機会があったら。その前に彼女達と先に会いそうですけどね」
俺がステラたちに視線を向ける。シュリィはそれで納得した様に頷く。シュリィにはミレナが近づいてくるまで少し三人について話していた。具体的にはシュリィと同程度かそれ以上の実力があると。
強さ弱い云々は置いといて、同じくらいの強さがあるのでステラたちとクラスメイトになる可能性が高い。という訳でその時はよろしくと伝えていたのだ。何かそうでもしないとステラたちに友人とか出来そうに無いし。
いい加減周りの視線に耐えれそうになくなって来たのでシュリィに別れを告げてステラたちにくっ付かれている状態のまま、学園を後にする。
ようやく戻って来たよ〈憩いの緑鳥〉に。本当に大変だった。なんせ、帰り道は人が多くて大人からは温かい眼差しで、同年代位からは嫉妬の眼差しの嵐だったのだ。なのにステラ、ミレナ、クロエ、三人とも全く周りの視線が気にならないようでずっと甘えて来るんだぜ? 小心者の俺としては物凄く居心地が悪かった。……まぁ、素直な好意をぶつけられるのは嬉しいんだけどね。
リュートさんとミアさんに試験は高確率で合格だと思うと伝えると二人とも喜んでくれた。ただリュートさんは俺を応援してくれた。……そうなんだよ。今日の反応を見る限り、入学したら間違いなく男子からは嫉妬というか、そんな感じで見られるだろう。……精神的に大変な事になりそうなのは明らか。精神安定剤とか欲しい。
「それとユートくん。明日は私がユートくんを独り占めする事になりました!」
いきなり落とされる爆弾発言。悔しそうにするステラとクロエ、反対に期待の目でこちらを見つめて来るミレナ。ミアさんは笑みを深め、リュートさんは天を見上げた。かく言う俺と言えば……膝をついて思考を軽く放棄した。
…………はっ!? 軽くトリップしてた気がするけど。何故かミレナから唐突な爆弾が投下された気がするんだが……。
「………………なんて?」
「だから明日は私とユートくんの二人っきりという事!」
「はい?」
「だから……」
「あぁ、大丈夫。言ってる事は分かってるから。言ってる意味を理解出来てないだけだから」
……くそっ。現実だったか。しかもいきなりの事過ぎて頭が理解する事を拒んでやがる。色々とツッコミどころ満載なのだが、まず一つ。何があったらそういう事になるんだ?
「……何でそんな話に?」
「え~とね、ユートくんも戦闘試験はしたよね?」
「確かにしたね」
「それでね、誰が一番速いタイムで相手を倒せるか競走したの」
「ふむふむ……それで?」
「その競争の賞品がユートくんを丸一日独り占め出来る、って訳で」
「それから?」
「それで私が勝ったから明日は私がユートくんを独り占め出来る事になりました!」
なるほど。意味が全く分からない。何故競争しようと思ったのか、何故その賞品が俺を独り占め出来ると言うもので、さらに俺の意思が反映されてないのか、全く以って意味が分からない。正確には理解したくない。
戦闘科目でそんな事があったので魔法科目についても聞くと……半日ではあるが三人に独り占めされる事が確定されていた。これについても俺の意見というか、参政権すら無し。……些か俺の人権を蔑ろにし過ぎじゃないだろうか? もうちょっと考えてくれも良いはずだ。
「流石に多少は人権があっても良いと思うんだ」
「えっと……」
「ミレナたちの好意とかは凄く嬉しいんだけど……せめて許可するとか、最低でも話を聞くぐらいはあっても良いと思う」
俺の言葉にちょっと慌てた様にあわあわするミレナなんだが、次の言葉で頬を染めながらニヨニヨと表情が緩い。ステラとクロエも同じ反応。あとの二人は……知らん。
というか後半部分の話を聞いているのだろうか……非常に心配だ。
「という訳でこれから俺を賭けの対象にした勝負事をする時は一言伝えて」
「…………」
「返事は?」
「…………はい」
「よろしい。じゃ、後は好きに決めて良いよ。……あ、でも、皆のご褒美はそれで相殺ね。それとミレナは魔法科目でのは却下」
ぱあぁぁぁぁぁっ! と明るくなるミレナたち。まさかダメだというと思ったのか。……いや、普通に考えてみてよ。美少女それも三人からの惜しみない好意。快諾すれど拒否なんてする訳がないだろう。世の男子諸君も同じ立場なら似たような事になるだろう? それに皆の事はまぁ……好きではあるし? クロエはまだちょっと微妙だけどさ。
目下一番の目的はさ…………そうしてくれないと精神的に持ちそうに無いって事なんだよね。だってね、今まででも似たような事はあったんだけどさ、全部いきなり。まさにサプライズと言った方が分かるような事ばかりなんだよ? せめて一つくらいはあっても良いと思うんだ。……まぁ、あの自称女神の時はそうだったよな。主に二つの意味で。
それは兎も角。事前に分かってされいれば多少の温かい視線も、嫉妬の嵐も耐えられる…………よね?
早速といった感じで話し始めるミレナたち三人。そこにミアさんが加わっていくんだが……仕方ない。好きにして良いって言ったのも俺だし。本当に好きにしてるんだろう。今後、精神的な強さの成長が早急に求められる。
ステラたちを見ながら自分の今後が不安になっていくことを確信しながらちょっと虚ろになりかけているとリュートさんがやって来た。……ミアさんがあっちに行っちゃったもんね。そりゃあ、暇か。
「なぁ、ユート。俺は今ユートを尊敬してる」
「ははっ。何言ってるの父さん。男として…………まぁ、今は母さんは除くけど、誇らしいと思わない?」
「まぁな……」
「それにね、もう逃げるなんて諦めてるし、というか逃げられないんだよ」
「それはまた……どうして?」
「だってさ、ステラとミレナは近遠距離で俺を探すことが出来るし、クロエは情報収集が凄いんだよ? どうせ見つかるし、その後に涙目で説得でもされたら……俺は物理的にも精神的にも逃げる事を諦めるよ」
特にステラとミレナから懇願でもされたら拒否できる未来が思い浮かばない。そもそもの大前提として俺が大切な人を失うのが極端に怖いくらいなので散々にリュートさんに言ったが、あれはあくまでも建前。本音を言えば、俺の方からいて欲しいくらい。
四人の話し合いの結果、エルドル学園の試験が合格したらという事になった。理由を聞くと俺がご褒美と相殺と言ったので、ならば実行するとしても合格が決まった後らしい。
それと俺を休ませてあげる様に、という事も理由の一つだ。この提案がステラとかならまだマシなんだが、提案者がミアさんである。普通に恐ろしい。主に現状は必要ない知識を与えたんじゃないかという不安で。
それと学園に通う様になったらクロエの別荘的な屋敷を借りる事になるそう。ずっと〈憩いの緑鳥〉に泊まるのもお金が掛かるし、リュートさんとミアさんはアルトネアに帰らなければならない。俺とステラとミレナは王都に残る事になるので、ならばという事だそうだ。
その日は三人の誰かが殆ど常にくっ付いているという事を除いて平穏に過ごせたと思う。特に何かしらのイベントが起きる訳でもなく、無事一日を終える事が出来た。
……平穏な日々がこんなに続くのは何時振りだろうか。魔物の
だが、それも昨日までだ。今日は試験の結果が掲示される。俺の場合はなるべく下に行く様に頑張ってみたので落ちている可能性もある。落ちてた場合はその時が怖いので落ちてない様に祈るばかりだ。ステラ達は確実に合格だし、上位クラスだろう。
まぁ、それは置いといて。平穏な日々も昨日までなんだ。だってさ、三日前の男子からの嫉妬の嵐。何も起きない訳が無い。あの全員が受からないなんて事はあり得ない。最低でも一人以上は受かってるはずだ。であれば、俺は除け者にされるか、針の筵となるので心休まる時がない。……色んな意味で
そう一人心の中で自分に鼓舞しながら学園へと向かう。
学園に来てみるといるわいるわ人が。百や二百じゃきかないくらいの少年少女達がずらぁぁぁぁぁっと。何か新年の神社を見てるみたいだ。
それと皆、自分が受かってほしいという表情をしている。まぁ、当然か。リュートさん曰く、この学園は現役もしくは引退した騎士や冒険者が講師をしているそうだし、卒業したら騎士では融通が利き、冒険者としても有望株として扱われるそうだし。……あくまで上位の過半数だそうだけど。
まぁその前に合格してなければ意味が無いので必死という訳だ。それに比べて俺は……ある意味では邪と言える。ただ、受かって欲しいというのは本音だ。
「うわぁ、いっぱいだね」
「受験者の殆どが来ていそうですね」
「確かに。……ね、ユートくん。ユートくんは受かってると思う?」
三者三様…………ちょっと待て。何でそんな事を聞くんだい、ミレナさん? 俺、それを表に出した気は無いんだけど。エスパーですか、エスパーなんですかミレナさん。
「ユートくん、昨日の夜から心配そうだったし、もしかしたら合格してるかどうか心配なんじゃないかなぁ~って。それと私はエスパーじゃないよ?」
「エスパーって事を拒否してる時点で自分はエスパーだってことを認めてるよ」
「えへへ」
はにかむミレナは可愛い。それと同時に怨嗟の視線が飛んで来るけど無視。俺の心臓が持たない。
雑談しながら俺たちが結果を見れるところまでやって来た。地球の時と同じ様に掲示板らしきものに大きな紙が貼ってあって、そこに数字が書かれている。一番左が二の部分から探して行って………………あった。「240」から「243」までちゃんと並んでいる。
……ふぅ、良かった。合格してたようだ。一時の安堵の後にこれからの生活を考えて背筋が凍ったけど。努めて害が無いように過ごそう。うん、俺の平穏の為にはそれが良い。最悪、三人には休日か、クロエの別荘に帰ってからにして貰おう。甘えて来るのは。
隣の三人を見ると互いに手を握って喜んでいる。喜ぶ姿は大変に目に良く、周りの男子もさっきまでの殺気は消え、全員が和んでいる。よし、予想外の出来事だけど面倒事が少し減ったぞ。今の内に……
「ユートくん。これで同じクラスだったら最高だと思わない?」
ミレナの一言で男子全員の視線が俺に向く。さっきまでの和みは何処へやら。皆さん、殺気を放ってらっしゃる。前までなら即校舎裏行き確定だな。それとミレナさん、何故爆弾を再びスタンバイさせたんですか? 俺はそんなに持ちませんよ?
「……そ、そうだね」
「ふふふ~」
笑みを浮かべたと思ったら、今度は抱き着いて来た。……この人は今の行動の意味が分かっているのだろか? ……いや、分かった上でやってるんだろうなぁ。さっきの笑みは嬉しさの笑みじゃなくて、確信犯的な笑みだ。だって、ミアさんと似てたし。
何か思い出したようにステラとクロエも俺の両腕に抱き着いて来る。君たち、何を隠してたんだい? ……後で聞いておこう。
まるで自分のものだ! と言わんばかりにぐりぐりと俺の胸に顔を押し付けて来て、満足したら二人に目配せし、合格したらしい少年少女も向かっているらしい場所へ足を運ぶ。
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