第28話 流石だよ。……瞬殺なんて‐学園の受験Ⅲ‐
ユートが教室から出て行くとステラ達の周りの男子はユートがいた時以上にチラチラとステラたちを見る頻度が明らかに増えた。男子達にとってはチラ見であっても、ステラたちにとっては凝視と同じであり、特にステラは不愉快さが現れそうになっている。……頻度が上がった時点でチラ見ではない事に男子達は気が付いていない様だが。
因みに残りが全員男子なので合計十四の瞳から見られるのはちょっと気持ち悪い。そこで三人は円になって小声で話し始めた。
「早くお兄ちゃんに会いたい」
「……流石にこれはね。今までなら話しかけるぐらいして来たのに……」
「王都だと結構いますね。貴族も一定数いるのでその場合は今まで以上に面倒なんですよ」
ステラが躊躇いも無く愚痴をこぼし、ミレナは賛同しながら王都への落胆を露にする、クロエは相手によって苦労が増える事を愚痴っている。他にも似たような事を言いながら早く試験が終わらないかな、と三人は思っていた。
「これが終わったらユートくんに慰めて貰いましょ」
「「賛成~」」
ユートの与り知らぬ所で苦労が一つ増えた瞬間だった。何故そんな流れになったのか、当人たちにしか知りえないだろう。後は試験が終わった後の事を三人で決めている内に担当の教員がやって来た。
「お待たせしました。これから戦闘と魔法科目の試験を行う会場へ案内いたします」
男子達は自分がステラたちに目立つ事を示す様に全員が教員の元へ行き、ステラたちはその光景に溜息をつきながらそれらの後に続く。
戦闘科目の訓練場へと続く廊下を歩きながらミレナは再び小さく溜息をつく。原因は当然男子達でステラやクロエも呆れた様な感じで前を見ている。
実は結構最初からなのだが、男子達は二、三人で集まって何か話し合っていた。話し合っていると言っても「誰が行くか?」とか「俺は~だ!」とかのステラたちにとってはかなりどうでも良いものである。バレない様に小声で、と男子達はしているのだろうが、ミレナの精霊魔法でバッチリ聞こえている。ステラ達が不愉快に思っていた理由の一つだ。一番大きな理由は気持ち悪いだ。ちょっと同情。
まぁ、十歳そこそこの少年たち。女心を解れという方が難しい。大人の男ですら分からない事などザラなのだから。宇宙の真理の一つだなんて言っているところもある。
さて、それはさておき、先ほどユートたちもやって来た訓練場にステラたちもやって来る。そして、ここで戦闘科目の試験の内容を聞く。
その一対一という内容にステラたちはさっとまた円を作る。今度は何を話そうというのか……。それとこの間にも説明は続けられていて、試合時間や勝敗におけるポイントの采配等が説明されているのだが、全く耳に入っていないようだ。
「……という事で一番最初に勝った一人が後日、ユートくんを丸一日独り占め出来るという事で」
「……賛成」
「うぅぅ……。これ、私にはちょっと不利じゃありませんか?」
その言葉は見事にスルーされ、クロエは涙目だ。王女なのに……なんて言葉が聞こえそうだ。三人が円を解くとそろそろ説明も終わるという所。四人の騎士の人達が紹介されているが、ステラたちは近くにいる
担当の教員から二人組を組んでください、という言葉を皮切りに三人は
唯一つ、ステラたちの行動原理がユートへと向かっているという事が分かっていない…………忘れている事が幸いか。覚えていればユートに矛先が向いていただろう。何と言う理不尽。これも美少女をモノにする上での宿命か……。気苦労は遠くない内に限界突破するだろう。
「よろしくね、リェル君!」
「よ、よろしく!」
「ケルタさんお願いしますね」
「お、おう」
「よろしくお願いします」
「……お願いします」
リェル、ケルタ、イルヒラ。少年たちは話しかけられて嬉しそうな三人だが、あくまでステラたちの最終目標はユートである。……ここまで来るとちょっと可哀そうだ。
それは兎も角置いといて、まずはステラのターン。
円を作っている間に順番は決めている。ステラ、クロエ、ミレナの順だ。他の二組はそろそろ始まる所なのだが、ステラたちは担当の騎士の人達に事前に言ってあるので問題は無い。
「ではこれより、リェル・リーガとステラ・フォーハイムの試合を行う。始め!」
騎士の人の合図が降りた瞬間、既に決着は着いていた。ステラがリェル君の後ろから彼の首へ自分の短剣を突き立てていたからである。殺し合いならとっくに頭と体が泣き別れている事だろう。何も出来なかったリェル君は今にも泣きそうだ。
「……降参です」
「う、うむ。そこまで。勝者はステラ・フォーハイム」
ステラさん、小さくガッツポーズ。余程今の結果が気に入ったらしい。確かに一瞬と言えるほどの速さなので、越える事は容易ではないだろう。いきなりプレッシャーを与える事に成功し、自分の勝ちが目の前にある事で満足そうなステラ。
ミレナもクロエも友であり、敵である。三人の間にバチバチと火花が散っている。
ミレナとクロエもステラの挑戦的な瞳が何を言いたいのかを的確に理解し、それぞれ準備へと移行した。特にクロエは既に魔力を高めており、ちょっと周りの温度が低くなった。何をするつもりだ?
「すいません。こちらの試合を開始して貰っても良いでしょうか?」
「……あぁ。分かった。これからクロロリーフェ・ふぉ!? ……んんっ。クロロリーフェ・フォン・リベルターレとケルタ・リアレトとの試合を行う。始め」
「……」
「ひっ。こ、降参です!」
騎士の人、クロエの正体が王女だという事に気付いて戸惑う。本名も今書かれているのを見たので驚きが隠し切れない。だが、クロエが促す様に笑顔を見せると騎士の人は顔を引き攣らせながらも合図を出した。
クロエもステラと同様、一瞬で相手が降参する。ステラは純粋な身体能力に対し、クロエは闇魔法でケルタ君に濃度を凝縮した悪夢を直接叩き込んだ。
精神的に終わらせる、一瞬で終わらせるよりも可哀そうな終わり方だった。クロエもやり過ぎたと思ったのか、光魔法で精神を治癒してあげた。
回復したケルタ君は直ぐに受験からリタイアし、学園を出て行った。……ミレナとステラからの視線が痛い。クロエも自分のした事にちょっと罪悪感。
「取り敢えず、クロエちゃんはこの戦いでは失格ね」
「……はい」
「ま、次の魔法科目で巻き戻していきましょう?」
ミレナからの失格宣告。当然の事としてクロエは受け入れる。条件に相手へ過度のダメージ(精神も含む)を与えた場合は失格としているのだ。
最後はミレナ。こっちも既に準備万端。相手のイルヒラ君は既に眼中になく、ステラへ勝ち誇ったような笑みを浮かべる。ステラも負け劣らず同じ笑みを向けた。再び発する火花。流石に少しは気付いたのか、男性諸君はちょっと引いている。スルーされるイルヒラ君。なん――省略。
「で、ではミレナ・アルトネアとイルヒラ・バーグレイルの試合を行う。始め!」
合図と同時にイルヒラ君の首に火の精霊、足元には土の精霊、身体全体は風の精霊が真空刃をスタンバイ。最初から王手である。イルヒラ君の取れる手と言えば――
「降参です」
それだけだった。またもや一瞬。因みに他の二人組はこちらを見てちょっと固まっていたが、今は自分たちの試合に集中している。関わらない方が良いと学んだのだろう。
全員が一瞬で終わらせた為、ステラたちは騎士の人から評価を貰い、合わせて勧誘される。あれほどの実力、普通なら喉から手が出る程欲しいだろう。そして、騎士もしくは貴族や王族に使える近衛などになれば平民などの年収など鼻で笑える額が入って来る。
普通ならお願いするだろう、ただステラとミレナはニッコリ笑顔で却下した。騎士の人が理由を聞いたが二人揃って小首を傾げて「何か?」と返すとそれで終了した。無言の圧力。ユートですら回付する事は不可能だ。……それとクロエは王族なので勧誘なんてない。
他の二人組も試合を終えると今度は弓道場みたいな場所に着く。先の方には的が五つあった。
「ここではあの的に各自の魔法を当てて貰います。当てるだけだと最大で百ポイント。中心がそうですね。的を破壊した時はその場所、大きさによって最大百ポイントの追加点があります」
他の注意事項も聞き、「241」のステラから始まる。余り大事にするのも面倒くさくなったのか、火矢を放って当然の如く真ん中を撃ち抜いた。
……戦闘の時のやる気は何処へやら。ミレナもクロエもステラと同じ火矢で同じ様に真ん中を撃ち抜き、あっさりと終了させた。戦闘科目の時にやらかして、ユートに被害が及ぶのを抑えるためだ。全員に半日貸し切りが出ている。……普通にユートの苦労が増え、結局の所既に被害は及んでいる。何とも言い難いこの気持ち。取り敢えず、ユートには逞しく生きて貰いたい。
試験が終了したらステラたちの胸中に出て来るのがユートに漸く会えるというもの。ちなみに離れてからまだ一時間も経っていない。そして、肝心のユートは戦闘科目の時に対戦した少女とステラたちがやって来るまでベンチでお喋りしている。
その最中に合流する事になり、ちょっとした修羅場が発生するのだがそれはもう少し後の話。
「これで試験は終了です。お疲れ様でした。この試験の結果は三日後に発表しますのでその時に受験票を持って来てください。合格した際に手続きを行うので」
教員からの話が終わりステラたちはここに来た時にユートと決めておいた門の近くにあるベンチへと早足で向かって行く。口に笑みが浮かんでいるのは試験が終わった事での解放感か、ユートに会える高揚感か……言わずとも後者である。普通は前者だと思うのだが……。
果たしてユートはそこにいた。約束を守ってくれた事は嬉しく思うミレナたち。だが、一緒にいる少女が視界に入ると即座にミレナがぬるりとした動きでユートへ近づいて行く。その動きはまさに幽鬼の様。そこはかとない恐怖がある。
「ユートくん、今終わったよ」
「うぉぅ!? 吃驚した。……お疲れミレナ」
ユートに撫でられた為、ミレナは思わず笑みが零れる。だが、直ぐに気を取り戻して少女の方へと視線を向けた。
「ユートくん、そっちの子は?」
「試験の時に知り合ってさ。ミレナたちが来るまで話し相手になって貰ってたんだ」
「……シュリィ・ツェルガです」
おずおずとした感じで名乗るシュリィ。ミレナの視線一つ、頷き一つにビクリと震える姿は小動物そのもの。ちょっと罪悪感が湧いたミレナは一応、対象から外した。自分の恋敵であり、恋仲間でもあるかどうかを。
ミレナはステラとクロエに視線で
そんな事は露ほども知らないユートはシュリィを見ていたと思ったら今度は自分の腕に抱き着いて来たミレナと、ミレナに続いて甘えて来る二人を前に周りからの怨嗟の視線にと忙しい。
シュリィはその光景を羨ましそうに見ていた……。
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