第26話 ……それが原因か! ‐学園の受験Ⅰ‐

 あれから十日余り経ち、明日はエルドル学園の試験日だ。エルドル学園と言うのは国王が言っていた学園の事で、どちらかと言うと実力を重視している。貴族の跡取り、つまり長男の人達なんかはリベルターレ学園と言う場所に通い、政治などを中心に学ぶそうだ。こちらはどちらかと言うとその護衛とか、俺みたいな冒険者とかになりたい人たちが集まる。

 頭脳か力かの違いはあるが両方とも大切なので、対外的には大きないさかいは無い。小さな事は下手したら日常茶飯事であるのかもしれない。関わりたくは無いな。


 かく言う俺はエルドル学園の方の試験を受ける訳だが、目的としては世界を回る事で冒険者はその時に便利だからと言うだけだ。それと国王の条件なので正直、重要度は低い。

 冒険者になってもちょっとずつ依頼をこなしながらゆっくりと世界を見て回れば良い。高ランクになったりして余計な事に首突っ込まなきゃならないとか、絡まれるのは嫌だし。


 試験までの間はステラたちと主に戦闘訓練を行っていた。先日国王が言った言語、算数、歴史などの科目はあくまでリベルターレ学園の方。エルドル学園は算数と歴史の筆記と、戦闘と魔法の四科目だ。そして後者の科目の方が得点は高い。まぁ実力重視と言う以上、そんなものか。

 それとクラスはA、B、C、D,Eの五つでAが一番良い。ステラたちはA、もしくはBは確定。俺はCを目標にして行くつもりだ。そこまで高いレベルは求めてないし、それを求めるならリュートさんにでも頼めば良いしな。

 理由はなるべく目立ちたくないのもそうなんだが、ステラたちが好成績を残した場合はご褒美を出さなければならないので、それで手が一杯ってのもある。

 ちなみにご褒美に関しては俺が考えなければならず、それも特大のをとの注文付きだ。どうするべきか非常に悩ましい。拒否権なんて……俺はミレナと再会した時からあって無いようなものだよ。


「さて、明日は試験当日よ。ユートくんのご褒美を貰う為にも頑張りましょうー!」

「「おぉぉっ!」」


 部屋ではミレナを中心にして三人が仲良くキャッキャッしている。傍から見ていて声が聞こえなければ和みそうではあるが、さっきも言っていた通り、言ってる内容が問題なのだ。言外からプレッシャーを与えて来てるんだよ。

 今から俺の胃は既に限界です。せめてもうちょっと優しくして……。


 疲労困憊こんぱいな俺はさっとベットに横になる。三人の少女はまだ談笑をしているが、気にしない。どうせ後からくっ付いて来るんだし。今日まで阻めた事自体が無いからね。




 さぁ、陽は昇った。俺は今から辞退したい気持ちでいっぱいです。もしくはわざと落ちようかな?

 取り敢えず恒例の現実逃避をする。なんかね、この手の事の前に現実逃避をすると落ち着くんだよ。……完全に癖になってるわ。


 起きた直後、予想通りステラたち三人が俺にくっ付いてい寝ていた。しかも今回はステラが上に乗っているので全員との距離が近い。まぁそれは置いといて。

 三人を起こさない様にしながら抜け出してさくっと着替える。まぁ、試験に戦闘とか魔法とかの科目があるので動きやすい服装である。そして、それはいつも着ている服と大差ない。ステラたちは良くお洒落するのだが。


 着替え終わった辺りでミレナが起き出した。……ふぅ、あと一歩遅かったら危なかった。ミレナは目を擦りながら俺を見ると柔らかい笑みを零す。うん、可愛い。

 ステラもそうなんだが二人は寝起き直後が可愛い。日中の強かさは鳴りを潜め、年相応の可愛らしい状態になる。

 そんなミレナは女の子座りのまましばらくぼーっとしている。それから段々と覚醒して来て、俺を見ると顔が赤くなった。これは俺がミレナよりも早く起きた時限定だが、ミレナは寝起き直後の自分を見られると物凄く恥ずかしがる。その恥ずかしがり方はクロエと同格か、それ以上。寝起きの状態からずっと頭を撫でていたら、覚醒した瞬間、布団を被り不貞寝したくらい。


「……お、おはよう」

「おはよう。ミレナって寝起きが一番可愛いよね」

「!? …………うぅ、ばか」


 頬を染めて、布団で顔半分を隠して言って睨んでもいつも迫力はない。普通に可愛い。思わず身悶えしそうになる。ミレナも睨んでいるのが無効だと分かっているので、部屋を出る様に視線を扉へと向ける。

 肩を竦めながら俺は部屋を出て一階へ降りる。……今みたいなのがあるしから、って言うのも俺が離れられない理由なのかね。


 一階に降りると既にリュートさんがいた。ミアさんにこっちへ先に行ってる様に言われたのだろう。ただ、げっそりしてるので色々と大変なようだ。何が、とは言わないが。


「おはよう父さん。朝からお疲れだね」

「まぁな。ミアにはもう少し手加減して欲しいよ。それにしてもそんなに疲れてる様に見えるか?」

「うん。物凄くげっそりしてる」


 リュートさんに「疲労消し」を掛けてあげる。そのまま数分ほど掛け続けていると顔色が良くなって来た。リュートさんから感謝の言葉を受け取った後は朝から頑張って働いている店員さんに朝食を人数分頼んでおく。

 ここ最近ね、ようやくこの宿の食事が食べられるようになったのよ。それまでは朝から出掛ける事が多く、外で屋台や露店で軽く済ませていた。

 この〈憩いの緑鳥〉は食事のレベルが高いので、夜だけではなく朝も食べられるようになったのは普通に嬉しい。比較的ゆっくりとした時間が過ごせるのも含めてな。周りの喧騒はBGMとして活用させて貰っているよ。


「あぁ。それと今日だな、エルドル学園の試験。……頑張れよ」

「本当にね。今回の受験者の中で一番難度が高いのは間違いなく僕だよ……」


 本当に。ミレナが主体となってとんでもない高圧力を掛けて来てるんだ。……そのささやかな仕返しを朝にやってみたんだけど。


 それからも雑談に興じながらステラたちを待つ。ステラたちが来た後は今日の試験について軽く話しながら朝食を食べる。それを終えたらいざエルドル学園へ向かう事になる。






 エルドル学園。…………ぶっちゃけ王城の近所でした。ついでにリベルターレ学園が裏側にあるそうです。学園は学び舎、みたいな感じの建物だった。俺たちはその門の所にいて、呆然と立ち尽くしている(色んな意味で)。クロエだけがくすくすと笑っていた。

 門を潜ったら、まず傍にある受付に向かう。そこで受験票みたいなカードを渡した。このカード、三日ほど前に国王から俺たちの所に届いた。これが無いと当然ながら試験を受ける事は出来ない。

 カードと一緒に数字の書かれた一枚の紙を貰う。そこに書いてある数字は「240」。あ、そうそう。今回、って言っても毎年の事らしいが、受験者って相当な数がいる。定員は合計で百三十五人。Aクラスが十五人で、それ以外が三十人だ。

 で、その定員数に対して受験者大体五百人ほど。ざっと四倍くらいある。俺たちは結構早めに来た方なんだが、それでも既に半数近くが来ている事に驚きだ。まぁ、将来が掛かってるから真剣になるのは分かるけどね。


 ちなみにステラ、ミレナ、クロエの順で「241」、「242」、「243」だ。筆記は大丈夫なんだが、何の悪戯か、戦闘と魔法の科目は俺とステラたちは別々だ。監視が出来ない以上、どうなるのか予想がつかないから少し不安だけど、なるようになれだ。




 …………筆記はいいだろう。除外しておいて。二科目とも特に難しい問題なんて無かったし。解いて余った時間は精神統一に当てた。この後の二科目が不安で不安でしょうがないので。


 戦闘と魔法科目は一グループ十人で行われる。筆記の時に使っていた大きな教室一つには五十人いて、それを五つに分けて行うそう。どういう試験をするのかは知らないが。恐らくは模擬戦だろう。

 まぁ、数が数なので教員の人達は大変だと思う。頑張って下さい。


 十分の休憩を終えると最初の十人が担当の教員の人に連れられ、試験を行う施設へと向かって行った。他の人達は順番が来るまで待機だ。普通は気分を落ち着けたり、この後の試験の最終調整とかするだろうにこの教室だけは違った。……もしかしたら他も違ったりするんだろうけどね。

 何故ならステラ達がいるからである。いつもの言動で忘れがちなるんだが、三人とも美少女だ。それも『超』がつく程の。貴族の次男三男とか平民を除いても十歳ほどの少年少女達だ、男子なら下心丸出しで近づこうとするし、女子なら羨望や嫉妬などの視線を向けるだろう。

 そして、ステラたちが目立つことによって必然的に俺も目立ってしまう。しかも三人が俺の傍で楽しそうにしているのならば、怨恨、憎悪、嫉妬などの感情の嵐だ。それが一斉に向けられる俺は物凄く肩身が狭い。俺が試験を受けたくない最大の理由がこれである。この後の試験で俺は悲惨な事になるだろう。せめて誰か一人でも一緒の方が良かった。大分緩和されるから。視線だったり、蔭口だったりとその程度だ。


「お兄ちゃん。私たちの中で一番の人には特別なご褒美とかあったりする?」


 唐突に、それはもう息をする様に唐突にステラが俺に聞いて来る。首を傾げてキョトンとした仕草は普通に可愛い。だが、それ以上に周りからの視線が……怖い!

 ステラの言葉に耳を傾けていた(全員)人たちが一様に驚いた後、親の仇以上のレベルの冷たい目を向けて来る。ここに来る以上はある程度実力があるのだろうし、そんな人たちに集団で責められでもしたら……本気を出して逃げ出す必要がある。例え、この試験を放棄してでも。だって、殺されそうだし。


「そ、それは帰ってからにしよう。な?」


 ここでそんな事を答えようものならほぼ確実に襲われる。校舎裏コースの様なものだ。逃げるには相応の疲労が付き纏うだろう。体力的にも、精神的にも。

 後延ばしでも良かったようで楽しみにしながらもやる気を見せている。ただ、クロエもステラと同じ様にやる気を出しているのは良いんだが、ミレナが……その、何かを企んでいる様にしか見えない。今、ステラ爆弾を投下したのにまだ爆弾を投下しようとするか。……もう俺は開始前から燃え尽きそうだよ。


「ねぇ、ユートくん。ユートくんからの頑張れ、みたいなものは無いの?」

「……」

「無いの?」

「…………無い」


 また、温度が低くなった。俺は既に凍え死にそうです。それと女子からは同情の様な視線が強くなった。やっと気付いてくれたんだね。ミレナってさ、こんな感じで攻めて来るんだ。お陰で精神的ダメージがマッハで溜まっているよ。まぁ、元を見てみれば俺が原因だった、とかが良くあるから責められないんだけどな。


『……何で火に油を注ぐ様な事をするのかな?』

『だって……私だけしてくれないじゃない、婚約』

『それはご褒美の時にしようとしてたんだ』

『……期待して良いの? ステラちゃんみたいなの』

『……善処する』


 ステラとのやつ……月の光の下で、ね。ここなら夜の王都を背景にして、か? プラスして星や月明かりの下でどうだ。ステラの時みたいに神秘的とはいかないかもしれないが。ダメならまた考えるか。あれはある意味奇跡だ。

 それでミレナには納得して貰った。一つ思うんだが……そう思うんならステラ達みたいに直接言ってくれ、と思う。まぁ、ミレナにも色々あるんだろうから実際は言わないけど。


 ミレナとのお話が終わって直ぐに担当の教員が現れた。次は四組目。つまりは俺の番だ。いつの間にか残りは三十人になっていた。視線の圧力が変わらなかったから全然分からなかった。って、事が終わったら自由解散なのかも。


 ステラ達とは軽くタッチして俺と一緒に受ける人達と担当の教員について行く。教室よりも物理的な距離が近いからか、視線が強くなっている。……よく見たら男性の教員さんもこちらを恨みがましそうな目でこちらを見ていた。…………落とされないかな? 


 まずやって来たのは結構な広さがある訓練場みたいな所。円の形の場所が四つに区切られていて、それぞれ分けて行っているそうだ。これからするのは戦闘の科目。どんな形式かと言うと受験者同士の一対一だ。

 二人組を五つ作り、同時に行う。まぁ、受験者の数が多いのでなるべく時間を短縮しようと言う事なんだろう。区切ったのもそんな理由があるに違いない。

 試合時間は十分。勝ち負けもあるそうだが、勝ったら少し点数が上がるだけで負けたとしてもマイナスなんて事はない。勝敗がつかなくても得点はある。それと試合の内容が良ければそれだけ加点されるらしい。それを聞いた俺以外の受験者の人達はやる気を溢れさせている。


 ちなみに俺と同行者の受験者は男子が七人(俺も含めて)、女子は三人だ。特に強いと言う感じの人は見当たらない。まぁ、普通に考えて当然なんだけど。もしいたら近くにいる人に即座に頼むよ。幸い、男子は全員俺に嫉妬の目を向けてくれてるから快諾してくれる。

 まぁ今回はそんな奴はいないので、余った人とやろう。程々である程度点数を稼げるように頑張ります。……頑張っても特に意味は無いんだけどね。受かれば良かったね、落ちたらお仕置きコースだからさ。


 で、残ったのは女子の一人。……何となく理由が分かった。女子は置いておくとして、男子は俺には嫉妬の目だが、女子には見栄を張ろうとしていた。互いが互いをライバル視していて、一緒にいる女子に如何にして好印象を与えるかを考えているらしい。無駄な気もするが。


 ある程度他二組から離れる。残りの皆もそうしている。それと連れてきた担当教員だけじゃなく、他にも四人教員がいて一人一組のようだ。だとすると二十人か。結構な人数だな。足りるのか?


 それは後で聞くとして、もう来たのか、やっとなのか、来てしまったのか……どちらにせよ、受験科目戦闘の始まりだ。







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