第25話 ……残念国王

 五日経ち、今日は国王に会いに行かねばならない日である。先日の条件の詳細と恐らくクロエに関して色々と説明されるんだろうなぁ、と思っています。

 まぁ、それでもクロエのお陰でこの五日間の間にステラの精神的な問題は大分良くなって来た。以前の状態から考えると全体の七割ほどだろう。今は俺が一日ぐらい離れていても大丈夫だ。そして、この期間で思った事は……闇魔法おそるべし。単にクロエの技量もあるんだろうが。

 後クロエ曰く、ステラの精神的な強さも関係あるそう。ステラの状態で普通ならまだまだ時間が掛かるのが、五日と言う速さでここまで回復したのはクロエの知る限り初めてらしい。


 今までの図々しさが戻って来たのは喜ばしいんだろうが、俺としてはちょっと複雑。クロエの急成長も含めて色々面倒なことに繋がりそうだ。本格的にリュートさんが羨ましく思えてくるかもしれない。

 だって、リュートさんは一人、俺は基本三人、場合によっては協力者も出て来るんだぜ? 三倍以上の戦力に既に俺は潰されそうです……。


 だが、ステラは補助付きでも精神を回復させたし、クロエはその補助をやってくれた、ミレナはそれ以外の世話を積極的にやってくれていたので褒めなければならない。(……ミアさんから遠回しに脅迫されたんだ)

 褒める事は良いんだが、後で何を要求されるか……冷や汗ものである。ほら、羨ましい、妬ましいと思っている人物でも当事者にとっては案外洒落にならない事ってあるじゃない? それと同じだ。


 で、今回王城に行くのは俺とクロエの二人。リュートさんとミアさんはステラを見守ると言う大義(?)を使って、俺を送り出そうとしている。……実際にはミレナ一人が居れば全く問題は無いので単なる口実だろう。それにどちらかが来ればいい話なのだ。


「……じゃ、じゃあ、行ってきます」


 ミアさんは良い笑顔で、リュートさんは……事情を察した。ステラとミレナは何か応援するような感じだった。

 クロエはちょっとテンションが高く、だが上品さは忘れない。それとまだ恥ずかしいのか、手を繋ぐだけで少し顔が赤い。変わった部分もあれば、変わらない部分もあるのか。

 これはこれで良い。ステラとミレナは遠慮が無いから、王都だと嫉妬の視線が強いんだよ。アルトネアは応援する側面が強いのか、全体的に温かい。……両方とも居心地が悪い事に変わりないんだけどね。






 そして、やって来ました王城。門兵さんは既に話が通っているのか、クロエがいるからなのか、流れる様に通してくれる。前回は確認する時間はあったのに……。何とも幸先が不安になって来た。

 王城内に入ると即座に使用人の人がやって来て、俺を見るなり何かを納得した風に頷いた。ねぇ、何に納得したの? 俺は不安で不安でしょうがないよ。


 ついて来るように促され歩くこと数分、前回の執務室と違う部屋に案内された。その部屋は執務室よりも数倍広く、天蓋付きの豪奢なベット、デカいテーブルに大きなL字型のソファ、他の家具も贅を尽くしたような豪華さだ。

 ……と言うか、控えめに言ってこれ、恐らく国王の私室だろう。……何で? 今から一体どんな事が起こるのか、心配でミレナに助けを求めたくなって来た。ヘルプ。


「ねぇ、クロエ? この部屋ってもしかして……」

「父様のお部屋ですね。一体何を企んでいるのでしょうか?」


 クロエも聞いていないらしく、ちょっと難しい表情をしている。案内した使用人さんは既にいなく、ここで立ったままなのもおかしいのでソファの端に座る。クロエは当然の如く、隣に座る。

 国王は仕事なのか部屋にはおらず、静かな時間が流れる。広場の時とは余りにも見えるものが違い過ぎて、ゆっくり出来ない。クロエは何が面白いのか、俺を見て微笑んでいる。

 いつも思う事なんだけど、ステラにミレナ、クロエも俺を見続けるのって面白いのだろうか?


「……ずっと見てるけど何か面白い?」

「はい、面白いです。ユート様は表情豊かでいらっしゃるので、何と言うか……可愛いのです。ミレナやステラがいつも見ている気持ちがよく分かります」

「そんなに分かりやすい?」


 コクリと頷いたクロエは繋いでいる手の指を絡めて来る。ステラやミレナなら腕に抱き着いて来ながら上目遣いで色々と取り付けて来るんだが、手を繋ぐほどで限界な辺りはとてもクロエらしい。

 そこは可愛らしいんだけどなぁ。ステラたちも純粋に可愛い時はあるんだが、それ以上にいつも何かを企んでいるんだよ。ここ数日は特に何も無いけど、精神的にガリガリ削られる事は変わりない。


「ご心配なさらずともユート様は私がお守りします」

「いや、年下の女の子に守られるのはどうかなぁ、って思うんだけど」

「ふふ。この時以外は基本的に私の方が守られているのですよ? それにお慕いしているユート様のお力になりたいのはいけない事でしょうか?」


 そうウルウルとした瞳で見つめられても反応に困るんですが。……ステラやミレナもこのような手を使う事はあるのだが、三人とも「超」がつく程の美少女だ。そう言われると拒否する事は小心者の俺としては至難だ。で、結局流される事になるんだけどなぁ。


「……はい、お願いします」

「はい。任されました」


 とても嬉しそうにクロエは表情を綻ばせる。くっ、眩しい、眩しいよ! 純粋な笑顔が眩しいよ! ……実際は打算ありきなんだろうけどさ。こういう時って、本当に美少女って事が強い武器になるよね。本当、皆自分の長所を良く知ってるよ。

 ……何故か、ミレナの場合はそうじゃない時があるんだけど。


 あとは家具がどれくらいの額なのかクロエから聞いて頬を引き攣らせていると件の国王がやって来た。何やら疲れた表情をしているのだが、俺を見るなりたちまち元気になりやがった。声を大にして言いたい、面倒くせぇ、と。


「やぁ、ユート君! この日を楽しみにしていたよ」

「いえいえ。先日はお力を貸して頂き、ありがとうございました」

「はははっ! 気にしなくて良い。ユート君には体裁を整える必要が無いからな。気楽でいい」


 この人が国王で良いのだろうか……軽く疑問を抱いてしまった。まぁ、王族と言うか、国王としての威厳はあるんだけどさ。何と言うか残念さんな雰囲気が感じられるんだ。言及しないけど。

 その国王もソファの方に座ってリラックスしている。リュートさんは兎も角、俺なんて会った回数は片手で足りるだろうに、どうしてそこまで油断できるのか。


「……ユート君は面倒事が嫌いだろう? だったら国王に手を出して、厄介事になるのは避ける」

「よく分かりますね」

「国を預かっている身だからな、相手の表情を読む事に長けていないとやってはいけない」


 目を開けてこっちを見る視線はなるほど、確かに国王として勤めるだけの能力がある事が垣間見える。表情を偽るのも読むのも得意と言うのは……相手にしたくない。面倒だ。


「それに将来は夫婦となる者の親を手に掛けようなどはしないだろう? 特にユート君は」

「まぁ、その通りですね。それで先日の条件についての詳細を聞きたいのですが」

「うむ。だが、実際には特に変更点などない。ちょっとした話を聴いて欲しいのが本音なのだ」


 ちょっとした話、ねぇ。十中八九、クロエについてだな。確かクロエは自分を抑える事に慣れている、だっけ。まぁ、一応条件については聞いておこう。後になって知らなかったじゃすまないし。


 それで条件について聞いておいた。改めて聞いてみると確かに変更点はあまりない。


・一つ、今回借りた白銀貨十枚を三十枚にして返す事。利子は無い。ついでに期限も無かった。

・二つ、クロエと婚約をし、将来的に婚姻を結ぶ事。

・三つ、国が経営している国営の学園へ通う事。

・四つ、リベルターレ王国が危機に瀕した時はその力を以って守護する事。

・最後にクロエと共に世界を旅して周る事。


 さて、前回も思った事なんだがこう……全体的に結構緩い。最初のなんて利子無し、期限無しとかバックられるのを想定してないと出さないと思う。バックるつもりは無いけどさ。二つ目と四つ目は何か理解できる。クロエの為だろうし、俺の周りの人物をいざという時の戦力として考えているんだろう。

 三つ目は……特に関係ないかな。クロエと学園に通うってだけらしいし。まぁ、最後のは全く以って意味不明な訳なんだが。


 さて、いい加減国王が話したくてうずうずしているので促す。どうぞ。


「うむ。前回も少し言ったが、クロエは自分を抑える事に慣れている。クロエは昔から聡い子であった。聡いと言っても頭がよく回るではなく、他人の機微によく気が付いたのだ」


 国王が昔の事(数年ほど前だと思うが)に想いを馳せている。俺の傍らにはクロエがいるのだが、どうも最初からそのつもりだったようだ。

 それでクロエはと言うと聞いて欲しそうな、聞かないで欲しそうな矛盾した感情が出ていて、ゆっくりと俺から距離を置く様にスススッと離れていく。

 俺としてはこの手の事は何度も経験済みなので、手を引いてこっちに引き寄せる。ピクッと反応しながらもこっちに身を寄せて来た。それで宜しい。不安な時は誰かの近くにいる方が良い。離れた分だけ余計に酷くなるだけだ。


「儂等の様な家族に使用人までにも気を遣っておったのか、小さい時から全くと言って良いほど手間が掛かる事は無かった。それに甘えておったのだろう、ユート君やミレナ君の様な者と出会うまではまるで自分は人形です、と言う感じだった」


 小声のクロエによる補足だとミレナと会ったのも俺と会う数か月前と言う。そんなに短い期間で……と思わなくもないが、変化は人それぞれなので何も言うまい。

 それでミレナと会ってからは段々と感情が出て来るようになり、今までのと合わせてお淑やかと言うか、日本の大和撫子のような感じになったらしい。


 国王の熱弁は上の二行で纏めた。その間はクロエに何故好きになったのか聞いてみた。ずっと気になってたんだが、今まで聞けずじまいだったのだ。色々と面倒事が重なって……。


 クロエは今ままでずっと他人を慮って行動していたそうだ。それで一、二年ほど前から自分にも何かしらのお返しがあってもいいのではないか、と思ったらしい。

 それから暫くしてミレナと友達になり、今の様なクロエになって結果的に俺に助けられた。ミレナと知り合ってから自分を助けてくれる王子様的なものに憧れており、状況が状況だったのに加え、自分に親しい者すら余所余所しい態度を取られていたのに俺の態度が…………まぁ、有体に言って一目惚れだそう。


 そっかぁ、一目惚れかぁ。吊り橋効果みたいなのもあるだろうし、一過性の感じがするんだが。……あ、ミレナとステラは永続的な物だってほぼ確信的な予感はあるよ。だって、十年ぐらいずっと想い続けていたらしいし? それに愛想が尽きるどころか、逆に高まっていっている時点で言わずもがなである。

 それと二人とは色々とあっているので(片方は地球でだが)、俺としては責任は取るつもりではある。二人が逃げる選択肢があっても、俺には無い訳だ。逃げてもその時はその時なんだが。


 そう考えてもみると少しばかりクロエを受け入れるのは難しい案件である事が再確認できた。ほら、俺って突然失う事で発狂しそうだからさ、一時的な物だったとしても最低数日は寝込む自信がある。いや、誇れるものじゃないんだけどね。

 まぁ、成人しても変わらなければ…………うん、受け入れよう。それまでは取り敢えず保留。それならダメージは少ないだろうから。五年の時間を使ってようやくって……ただのヘタレですね。

 し、仕方ないじゃないか。両親が消えた事に対する傷はミレナとステラとの件で浮上してしまって多分、一生消えない傷になっただろうから。つい慎重になってしまうのだ。……これを臆病とも言うんだが。


 取り敢えずこの件は時間経過で観察しながら決めていこう。それまでは保留だ。まぁ、これは内心に留めておいて、話は進めていくけども。


「……と、いう訳でだユート君。まだ正式な婚約ではないが、君は今からクロエの婚約者となる。くれぐれも頼んだぞ。…………婚前交渉をするな、とは言わんがもしするとしてももう少し時間が経った後で頼む」

「父様?」

「……いえ、何でもないです」


 娘に窘められて敬語になり、小さくなる国王。はっきり言って物凄くシュールだ。笑おうか、笑いまいか微妙に判断に苦しむ所である。




 それから幾つかの補足を受けて国王の私室を出る。時間にして二時間も経っていないのだが、既にその数倍は疲れた。早く宿で休みたいものである。何よりもこの王城の雰囲気が俺にとっては息苦しい事この上ない。やっぱり、こんな所はあまり来たくないね。

 まぁ、そんな事を口にしようならクロエが悲しむし、それを知ったミレナたちが何をしてくるか想像したくないので絶対に口にしない。


 その幾つかの補足の一つなんだが、クロエが今日〈憩いの緑鳥〉に泊まるそうだ。既に手は回してあるらしい。今頃、俺の部屋は広い場所に移っている事だろう。さぞかし、周りからの視線に対する耐性を付けておかなければならない。

 それと十三日後に例の学園の入学試験的な物があるらしい。と言っても貴族次男三男だったり、平民だったりと言う感じで、言語、算数、歴史を除くと戦闘試験とかがあるそうだ。

 なるべく目立たない様にしたい。まぁ、無理な話なんだけどね。ステラやミレナがいる以上、目立たないなんて確実に無い。非難轟々、嫉妬の嵐が俺に猛威を振るう!

 そして、クロエも含めて試験を良い成績で合格したからご褒美頂戴! とか言われそう。あ、ステラやミレナが入る事に関して特に禁止されてなかった。ま、いっか。考えてもしょうがない。







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