第24話 はぁ……便利

 翌日。ずっとくっ付いていたステラは朝になって気付き、昨日の事を思い出して逃げ出そうとした。昨日から何か行動が一々可愛いので逃さない様に抱き締めておくと案外、バタバタする事無く、大人しくなった。

 顔を覗き込んでみると顔全体が物凄く赤かった。こちらと目が合うと直ぐに逸らす。ステラが照れるのは珍しいから良いんだが、照れるような事をした覚えが無いんだよなぁ。


「おはよう、ステラ」

「………………ぉ、おはよう」


 小声で挨拶したくらいでぎゅっと身体を縮こませる。結果的に俺とさらにくっ付く事になるのだが、そこは気に入らないようだ。

 そこでミレナが起きて来た。ステラを見て何か納得した様にうんうんと頷いているんだが、俺にはさっぱりだ。説明をお願いします。


「おはよう、ミレナ。で、何を納得してるの?」

「おはよう。だって、散々迷惑かけたのに許してくれて、しかもユートくんは国王様と色々条件を付けても助けに来たんだし、嬉しいやら申し訳ないやらで混乱してるんでしょ?」


 ミレナの言葉にステラはビクッと大きく反応し、恐る恐るといった感じでこっちを見てくる。確かに混乱してるようだ。


「……本当?」


 一回頷いて目をキョロキョロとさせる。顔は俺が固定してるので逸らす事が出来ないのだ。まぁ、やろうと思えばステラはいつでも逃げ出せるので形ばかりの抵抗だろう。……だと思う。


 起き上がった俺はミレナに聞いてみた。ミレナもステラに何か言いたい事はあるのか? と。少し考えていたミレナは何かを思いついたらしく、さっきからずっと傍に居るステラに一つ質問をした。


「ステラちゃんにとって一番辛い事って何?」

「……お兄ちゃんと会えない事」

「じゃあ、もし今回みたいな事をしたら二度と会わせない。声すら聞かせないわ。私が全力で阻止してあげる」

「……あ……あ……あ……」


 突然ステラがガタガタ震え始め、瞳から涙がボロボロと溢れ出した。……まだステラは凄く情緒不安定なのにそんな脅ししたらヤバい。

 ステラを引き寄せ、背中をさする。ステラは俺にしがみつきながら何かを確認するみたいに何度も何度も服を握り直している。ミレナは昨日の俺みたいにオロオロしていた。


「大丈夫、大丈夫。ちゃんとここにいるから」

「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」

「よしよし」

「ぐすっ。ぐすっ」


 ステラは前の俺の状況と似てる。俺の場合は短期間で失う、ステラの場合は失うかもしれないと言う違いではあるが、どちらも辛いことに変わりない。ましてや、ステラはまだ十歳。流石に精神が追いつかないだろう。

 精神的にまだ安全な所にいないステラは逃げる様に眠りに入った。それを見ていたミレナはバツが悪そうにしている。気に病む必要は無いのに。原因作ったの俺だし。


「……ごめんね」

「気にしないで良いって。そもそも原因作ったの俺だし」

「……うん」

「まぁ、取り敢えず何か食べる物を持って来てくれない? 今ステラを離れたら何が起きるか分からないし」

「そうね。何か買って来る。それと後で覚えておいてね?」


 そう言ってミレナは結構な勢いで外に出て行った。最後の方がちょっと怖かった。……まぁ、リュートさん達が来るかもだけど……その前にステラを横にして見守る。

 今のステラは著しく情緒不安定だ。何せ、一ヶ月経たないうちに(片方は自己責任とは言え)続けて色々起きてるからなぁ。

 精神的な事に関するのって闇魔法だから今の俺じゃ、何も手が出せないんだよ。クロエもそこまで使える訳じゃないだろうし。と言うか、それだけの力があれば国営の学校になんて行かないよな。

 その意味でも何時ぐらいに国王に会いに行こうか。暫くはステラの事を考えて離れる訳にはいかないし、かと言って連れて行くのもなんだかな……連れて来るのは論外だ。騒動が大きい事になるし、ステラの精神衛生上よろしくない。


 寝ている間もステラは断続的に何かを探す様に手を伸ばす。表情も酷いので髪を撫でるとそちらに動き、俺の手を握って安心した様にする。

 はっきり言って重症である。どこかに闇魔法が得意な人でもいないかな?


 どうしようか考えているとミレナが戻って来た。持っているのは肉や野菜をサンドしたヤツと三つのカップ。今は両手を使うことが出来ないので、片手で食べれる物は便利だ。


「ありがと。それに選んだのは丁度いい。今は片手しか使えないし」

「まぁ、今のステラちゃんなら何となく予想出来てたからね」


 ステラの分は分けておいて、俺とミレナは朝食を食べる。出来立ての物はやっぱり美味しい。横目でステラの様子を見つつ、ミレナとちょっと話し合う。


「今のステラに効果的な治療法って知ってる?」

「全然。皆目見当もつかない。唯一とすればユートくんくらい? あとはクロエかな」

「だよなぁ。精神を治すのって普通に時間掛かるし、闇魔法でも難度は低い訳ないだろうし」


 うんうんと唸っても全く良い考えなど浮かばない。それに思考が凝り固まっている感じがする。窓を開けて無いのに気が付いてミレナに開けて貰った。陽の光が入って来て、何となく落ち着けた気がする。

 ……クロエに聞いてみよう。根本的に解決できなくても補助くらいなら使えるかもしれない。ミレナにそう聞いてみると賛成して、明日以降にステラが大丈夫な日に行こうという事になった。

 因みに寝ている途中にリュートさん達が来たのだが、寝ているステラを見て軽く触れた後、王城へと出かけて行った。国王に色々と用事があるようだ。




 俺とミレナが食べ終わってから三十分ほど経って、ステラが起きた。起きても俺の所から離れる事は無く、ピッタリとくっ付いている。

 最初、ミレナに軽い恐怖心を抱いていたが、色々試行錯誤して何とかそれは取り除けた。今は少しずつだが、ミレナが買って来たサンドを食べている最中だ。


 三十分近く掛け、ステラはサンドを食べ終わった。眠る事は無かったが、ずっとくっ付いたままでそれで何とかバランスを保っている様に見える。

 やはり、かなり危険な状態だ。ミレナに頼んでクロエの方から誰かに呼び掛けて貰おうかな?

 まさに噂をすれば~なのか、クロエがやって来た。前回と同様、後ろには数人の護衛騎士しんえいたいがいる。


「ユート様、ステラが凄い事になってるのですが」

「あぁ、うん。今のステラは精神的に不安定でね、クロエは精神的な回復が見込める魔法とか使える?」

「簡単なものでしたら……それにしてもちゃんと戻って来れたのですね。良かった」


 不安定なステラだが、確かに連れて戻れて良かった。連れて戻れなかったら、俺が今のステラになっていたと思う。

 クロエは今のステラを心配しつつもいる事に安堵している。


 それでクロエにどんなのか聞いてみると字の通り、「精神治癒」だそうだ。ステラの様に精神的な問題がある人に使う魔法で、少しずつ元の精神へ回復させるものだ。平均的に十日前後でかなり元に戻るらしい。完全に治すには一ヶ月ぐらい必要らしいが。

 それと「精神強化」も使って時間を短くさせるそう。それでも結構な時間は掛かるらしい。やっぱり精神的な問題は解決させるのに時間が掛かるんだな。


「じゃあ……行きます」


 クロエはステラの頭に触って「精神治癒」と「精神強化」を使う。ステラは俺にくっ付いたまま成すがままだ。そこから五分ぐらい状態を維持しているとクロエがゆっくりと手を離した。どうやら終わったらしい。


 手を離した後のクロエは少し顔色が悪い。確か光魔法と闇魔法って結構便利な分、魔力消費が激しいんだよな。俺の場合は魔力消費を少なく出来るスキルがあるからある程度の時間、使うことが出来るんだよ。

 ステラの方は少し安定したのか? ……流石に一回ぐらいじゃ分からない。だけどちょっとだけ、元に戻った気がする。


 まだまだ不安定なステラと魔力を消費して顔色が悪いクロエが俺の両腕に抱き着いて来る。


「クロエありがとう。これからも毎日、お願いしても良いかな?」

「友達の為だもの。勿論です。お代はユート様から頂きますので」

「あはは……。クロエはこの数日で成長したんだね」

「勿論、冗談ですよ?」


 それを聞いたクロエはニッコリと笑ってそう言う。ミレナか、と思ったがミレナの方もちょっと驚いていたのでどうやら王族の方たちが原因らしい。一体だれが吹き込んだのか……国王か、王妃か、兄や姉か、正直想像もしたくない。


 その後、クロエと少し話して一日は平穏に過ぎていった。




 ♈♉♊♋♌♍♎♐♏♑♒♓




 今日もクロエは朝から来てステラに「精神治癒」と「精神強化」を掛けてくれた。最低でももう一、二日くらい掛かると思ったんだが、ステラの表情が明らかに良くなっている。突然震える事はかなり少なくなって、笑顔も増えていった。流石は闇魔法なのか……? ちょっとチートな気もしなくはないが……。


「あの……ユート様、父様から五日後に来て欲しいそうです」

「あぁ……分かったよ」


 何か申し訳なさそうにしながらもニコニコとしているクロエ。あざとい。実にあざとい仕草をするようになったねぇ。今まではミレナしかやってなかったのに……。







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