第23話 ……取り敢えず拳骨で
ウィルツの部下らしき男達から監視されつつも昨日通った道を思い出しながら進む。周囲から不穏な空気が漂って来るんだが、これもウィルツの差し金なのか襲ってくる気配はない。
いやぁ、監視されるのは勘弁してほしいが、襲われないのも助かっている。うーむ、この複雑な感情をどうやってウィルツにぶつけてやろうか。別にぶつける気はないんだけどね。
他愛も無い事を考えながら進む事暫く。昨日のあの一軒家が見えて来た。昨日もそうだが、今日も家の中には全くと言って良いほど誰一人もいない。地下があるからそこにいるんだろうけど……と言うか、俺が入って来た時点でウィルツは分かってるよな。
来る前から何か起こりそうな予感を感じながらもカウンターの下から地下洞窟へ入って道なりに進む。それから間もなくして広い所に出た。
そこには昨日よりも数倍の量の男達とウィルツ、ステラが待っていた。ただし、一人は虚ろな目をしていたが。
「ほら、一人で来たぞ」
「あぁ、部下から聞いてたし、入って来た時も一人だったからな。約束を守ってくれて俺は嬉しいよ」
ウィルツがそう言うが何とも白々しい。ま、あくまで有利なのはウィルツなので特に反論らしい反論も出来ないし、するつもりも無いんだけどな。第一に面倒だし、時間の無駄だ。
で、問題なのはステラの眼が虚ろだ。なんか虚空を見てるようで傍から見てて物凄い危険なんだが。ぶっちゃけ、早く連れて戻りたい。屈強な男ばかりだからなんか空気がむさ苦しくて……。
「早くステラを返してくれないか?」
「まぁ、そう焦んなって。主導権だって俺が握ってるんだぜ? まずは金を見せな」
ウィルツがニタニタ嗤いながらも促して来る。他の奴らも大体が同じ感じで昨日以上に蔑まれているようだ。俺以外が来てたら即刻、皆殺しだったんだろうなぁ。恐ろしい、恐ろしい。
懐から白銀貨が入った袋を取り出してウィルツの前に放る。ウィルツはこちらに注意を向けながらもそれを拾って中身を確認すると笑みを深めた。
「確認したぜ。ちゃんと十枚入ってるな」
「分かったなら早く返してくれ」
「おうおう。おっかねえぇな。ほらよ」
ウィルツはステラの背を押して一歩前へ進ませると同時に自分から一歩後ろに下がる。自分はもう何もしない、と言う意思表明なのだろう。
ステラは終始ずっと虚空を見つめたまま反応がない。俺が近づくとピクッと少しは反応するが、それだけだ。さては罪悪感で混乱したか? 俺も似た様な時期が前にあったからなぁ。自責に耐えられなくなったのかもしれん。それなら対処は楽だ。それだと良いなぁ。
ステラの手を取り少し下がった所で光魔法の「快癒」を掛ける。「快癒」の効果は至って単純、対象者の状態をフラットに戻す事だ。毒とかの状態異常なら解毒され元に戻るし、精神的なものなら精神自体を安定させる。これって、意外と応用が利くんだよ、と前に教えて貰った時その人が言っていた。
段々ステラの目に光が戻って来て、俺を見るなり目を見開いて辺りをキョロキョロしだした。予想通りで良かった。それ以外だったらどうしようかと。
「おーい、聞こえる?」
「……うん」
「良し。帰ったらまず説教な。父さんたちもたっぷりと用意してあるから」
「え!? あ、あ………………はい」
妙にしおらしいステラを連れて戻ろうとすると後ろから独り言が聞こえた。……あぁ、やっぱり。何か、最近予感が的中する事が多いよね。ホント。
「お前ら……やれ。話は終わった。それからは自由って事だからな、奪わせて貰おう。せっかくの上玉、逃す気はねぇ」
声が聞こえたのと同時に「泡沫」、「朧月」、「水陰」を同時に発動させる。それとスキルはいつものを同時に使用。ついでに“愚者”も使っておく。この“愚者”バルガーとの模擬戦の後、ゆっくりと考察したんだ。……今回のを考え終わった後でさ。
よく考えてみるとあれって攻撃が当たりにくくなりじゃなくて、認識されづらくなる、って感じだったんだよな。だから今回のに使えるかもってやってみたらこの通り、隠蔽系の魔法も使ってるからだろうけど、全く気付かれない。ウィルツも辺りを見回してる。
それと魔法を使う際にステラを密着させているので効果はステラにも及んでいる。ステラはいかつい男たちが俺たちを探し回っているのを恐ろしく感じたようで、無意識なのか俺にしがみついている。で、それに気付くと離れようとするので密着させる。ここを抜けるまでずっとそれを繰り返していた。
地下洞窟を抜け、家を出てスラム街へと戻る。依然とウィルツの部下らしき男たちは俺たちを探し回っているらしく、血眼になって辺りをくまなく見て回っていた。
リュートさん達には家を出た時から連絡はしてある。ついでに宿に先に帰ってる様に伝えておいた。理由はウィルツの部下が追って来てる。無駄な事を増やしたくない、だ。
スラムを出たら男たちの姿が見えなくなったので多分撒けたんだと思う。人混みに混じりながら魔法とスキルを解除する。近くの人からギョッとされたがそれだけで他には特に何も起こらず最終的には〈憩いの緑鳥〉に着いた。
宿の中に入るとリュートさん達がいて、ステラを見るなり駆け寄って来た。それと同時に俺はすっと横に避ける。リュートさんとミアさんは自分の娘が戻って来た事で安堵しながらしっかりと抱き締めている。ミアさんが軽くこちらに目配せして来たので、頷くと三人揃って恐らくリュートさん達の部屋に向かったと思う。
残されたのは俺と遅れてやって来たミレナ。互いに少し苦笑いだ。
「これからどうしよっか?」
「……取り敢えず、部屋で休みたい。魔力が相当減ってるから正直、身体が滅茶苦茶怠い。それとステラへの説教はどうしようか悩んでます」
「そうね、どうしようかな?」
鍵を受け取り、部屋へと戻る。外に出ていた時間は数時間程度だが、その分密度はかなり高く、普通に疲れた。今日は何もしたくないね。
部屋に入るとミレナがベットに掛けて膝を叩く。そこに横になれと? まぁ、正直どこでも良いんだけどね。“愚者”って軽く使うだけでも相当疲れるからさ。そこまで真剣に考える気が起きないんだよ、数時間くらいは。
「……ちょっと休む?」
「そうする。今の状態じゃ、真面な事が考え付きそうにないし。このままでいい?」
「勿論よ。お疲れ様ユートくん」
横になる前から眠気はあって、それに逆らわない様に目を瞑って力を抜くと段々意識が遠くなっていった。
意識が鮮明になって来て、目を開けるとミレナがうつらうつらと船を漕いでいた。ずっと膝枕をしてくれてたようだ。寝る前は昼頃だったのだが、今は空が赤くなっている。結構な時間寝てたらしい。
起き上がって今度はミレナを横にする。それと少し絡まっている髪を梳きながら整える。ミレナは身じろぎをしながらも顔を弛緩させていた。果たしてそれは今のが良かったのか、見ている夢でも良かったのか、俺には分からない。
ミレナの寝顔を見ていたら俺もまた眠くなって来たので二度寝でもしようと横になろうとした時にドアが開いてそろそろと言った感じでステラが部屋に入って来た。
「……そこまで慎重になる必要ある?」
「!? えっ、あ、あぅ……あぅ…………ない、です」
いきなりの事で
俺も立ち上がってこちらから近づいて行くとその怯えが大きくなって無意識なのか、半歩ほど後退している。
それに気付いたステラがあわあわしてる間に目の前に近づく。俺とステラはまだそんなに身長差はない。だが、俺としては心情的に差があるように感じられた。そこに悲しさが入ったのは言うまでもないだろう。
まぁ、それは置いといて。
「あ、あのね」
「取り敢えず、俺からの罰な」
「あぅっ!?」
ちょっと力を込めた拳骨をステラに落とした。ステラの場合、普通に防御が高いのでそれくらいしないと痛み自体が無いんだ。
思った以上に痛かったらしく、自分で両手で落とされた所を労わる様に撫でている。
ステラがここに来たって事は何か話があるという事なので(リュートさんに事前にそう伝えておいた)、テーブルに促し俺はステラと反対側に座る。ちなみにこう座るのは何気に初めてである。
「あの……あの…………えっと、えっとね」
俺からは何も話さない。これに関してはステラ自身からさせる方が良いと思ったからだ。それにリュートさんやミアさんからこってり絞られてるはずだろうから、俺が怒る必要も無いだろう。ある意味、今の俺は最後の壁、って所か?
「その、そのね、ごめんなさい」
「ん? 何で謝るんだ?」
「っ! ……お兄ちゃんにたくさん迷惑かけちゃったから」
「俺、父さんに母さん、ミレナにクロエにも迷惑かけたよな。それ以外にもたくさん迷惑かけたなぁ。……それで?」
俺の言葉に段々ステラは
「で、どうしてステラはここに来たんだ?」
「……その……今回で、一番迷惑かけちゃったのが、お兄ちゃんだから……償いをしようって……」
「なるほどなるほど。具体的には?」
「……お金は私が払う。お兄ちゃんとの結婚は諦めるし、お兄ちゃんの都合のいいようにこき使って貰う」
「ふぅん。……つまり、俺にとっての都合のいい人になるという事?」
頷きながら話を飲み込み、確認するとステラはこくんと頷いた。ステラが出す償いとはそう言う事らしい。………………なるほどぅ。よっぽど怒られたいのかな? ステラは。
「ちなみにそれ、父さんと母さんに聞いた?」
「うん。絶対、怒られるって」
「そう、俺今すっごい怒ってるんだ。ステラを助けたい一心で国王と話して来たのに、ウィルツとも話して来たのに、恩を仇で返された気分だよ。しかも、怒られるのを分かった上で言うなんて余程勇気があるんだね?」
俺の言葉を聞きながらステラは段々と震えが大きくなっていった。表情には「どうしたら、どうしたら」とありありと書いている。
まぁ、最後のは怒気を含めたからそうなっても当たり前、ってかそうなる様に仕向けたんだけどね。少しは俺の気持ちが分かってくれるかな、って。
ステラは不安、怯え、恐怖、絶望と負の感情が段々と濃くなって……不味い。そこまで追い詰めるつもりは無かったんだけど、やっぱりまだ厳しいか。いや、それもそうだな。十歳の女の子にする事じゃないか。我ながら大人げない。
ステラはさっきとは違う意味でガタガタと震え始めている。幸いにしてまだミレナは起きていない。起きていたら今すぐに俺が罰を受けていただろう。
俺は直ぐステラの後ろに移動してそこから抱き締める。優しく、優しく。今までの中で一番と思える様に優しく。そして、優しい声音を意識しながらステラに伝える。
「悪かった。そこまで追い詰めるつもりは無かったんだ。……だけど、俺の気持ち少しは分かってくれた?」
「うんっ、うんっ!」
「なら、良かった。だったら、約束してくれ。もう二度と自分にひどい扱いをしないって事を。何かある時は俺が聞くし、俺がダメでも父さんや母さん、ミレナたちがいるから。一人で無茶だけはしないでくれよな」
「ぐすっ。……約束する」
「じゃあ、俺からの説教は終わり」
ちなみにさっきの言葉は俺への戒めでもある。俺もつい最近、似たような事しでかしてるからな。勿論、もしもの時はその限りではない。
さてさて、話を終わる前から既に引っ付き虫と化したステラ。俺の両腕を掴んで離さない。涙を流しながらもその意志は強いらしい。
涙が止まった後も服の袖で顔を拭うと俺にくっ付いて完全に引っ付き虫と化しやがった。リュートさんとミアさんの時もそうだろうけど、昨日は一人で過ごしてたから心細さとかが限界を突破したんだろう。
最近、同じ様に許可した気がするが仕方ない。今回までは甘やかせるとしよう。とか言ったら、今後ずっと繰り返しな予感もするが。
ちなみにミレナはステラが来てから比較的直ぐに起きていた。当然俺のあの発言の時、凄まじいまでの
ちゃんと聞こえたらしいミレナはバッと布団を翻して反対方向に身体を向けた。それと大胆にベット全てを使う様にしているので……配慮してくれてるらしい。もう一度、お礼を言っておく。ついでに愛情表現も加えて。
すると面白いように動揺したのでちょっと笑えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます