第22話 ……やっぱりか
朝を迎えたと言っても外はまだ薄暗い。眠れはしなかったが、アルトネアでの習慣が身についてしまっている為、夜明けになると自然に目が覚める。その後に二度寝をする事もあるんだけど。それはさておき、いい加減ミレナにも起きて欲しい。
俺の頭を抱き締めたまま寝てしまっているので、女の子特有の柔らかさとか、甘い匂いとかがいつもよりもダイレクトに来るから危ないんだよ、色んな意味で。
男の悲しい性なのか、煩悩を浮かべることに抗えない事も…………これはこれで気がまぎれるからあり、なのか?
ミレナから離れようと腕を外す。力が入ったりしてなかったので楽に抜け出せることが出来た。普段ならステラとミレナが起きるまで俺の腕が外れる事は無いんだけど……。
「普通ならステラの方角を見て覚悟を固めるんだろうけど……俺の場合、ステラを助けてもその後がなぁ……」
昨日も所々そうだったんだが、いまいちシリアスになりきれてないんだよ。俺もステラを追う中で冗談を交えながら追っていたし、ウィルツとの交渉(?)が終わったあとなんか国王様から何を条件にされるかビクビクしてるんだぜ?
ベットから降りて椅子に座りながらそんな事を考える。まぁ、ここまで冷静にいられるのもステラを失う事はないって断言出来るから冷静なんだけど。
「……おはよう、ユートくん」
「おはよう、ミレナ」
「良かった。昨日よりもずっと顔色が良いよ。少しは休めた?」
「まぁね。少しは整理できたからかな? そこまでの悲壮感はないんだ」
おどけた感じで言うとミレナは呆れた様な顔をして、椅子を俺の隣に持って来て座った。俺の腕を取って肩に頭を乗せて来る。
「……私って、そんなに信用できない?」
「いや、信用してるって」
「だったら頼ってくれても良いんじゃない?」
「昨日だって頼らせて貰ったぞ」
「あれは私が勝手にした事。ユート君の方から頼って来た事は無かったじゃない」
確かに……昨日のはミレナがしてくれた事に甘えた感じだな。でも、それだって頼ったものじゃないかな? そう思って……くれないよな、今のミレナの表情から察するに。
あくまでも“俺から”が大事なのか。と言ってもなぁ、今日のはよくよく考えるとそこまで深刻になる事でもないし。ウィルツとの話を無事に終わればそれまで、裏切ってもリュートさんが捕まえてくれるだろうし。
残ってるのって……国王の件と、ウィルツとのお話と、ステラへのお仕置きの三つくらいだからなぁ。気持ちを落ち着けた今なら特に問題は無い。
「やっぱりだいじょう――」
「嘘。ユートくん震えてるもん。身体も、声も。ステラちゃんの事が心配で心配でしょうがないんでしょ?」
「国王様とウィルツとのコンボだから緊張してるんだよ」
「それも嘘。ユートくんならそれくらいなんともないはず。女神様相手でも余裕だったんだよ? それに、たった数時間で昨日の状態から元通り、なんてあり得ない。私はユートくんの力になりたいの。だから、ね?」
………………………………参ったな。隠せてると思ったんだが。確かに完全に元に戻った訳じゃない。まだ、ズキズキと昨日の精神的な傷は癒えてないし、万が一の事があったら……って、思うと震えて来るけどさ。
ミレナは俺から離れて真正面から目を合わせる。私を信じて頼って欲しい、とその目は強く語っている。暫くそのままいても全く逸れる気配がない。むしろ、俺の方が逸れそうになったくらい。本当、意志が強いよね。
「……ウィルツが裏切ったら頼む」
「任せて。その時は私がステラちゃんを連れてきてあげる。……それだけ?」
それだけですが? ……ねぇ、何でさっきから目を逸らしてくれないの? それに何を期待してるのかな?
依然としてミレナは俺から視線を外さない。しかし、その目は先ほどまでの真剣さから何かを期待してる様にキラキラとしている。ミレナってさ、急に話の流れをぶった切ってくれるよね。それが助かる時もあるんだけどさ……。
視線がほらっほらってな感じで何かを促して来る。別にそこまで甘えるつもりは無いんだけど。ほら……やっぱり、男として見栄は張っておきたいじゃん。それに甘えすぎるのもどうかなって思うんだよ。だから……早く視線を外して貰えない? こっちからは物理的に外すことが出来ないんだよ、主に貴方のせいで。
身体全体が全く動かない。気付いたのは今だ。ミレナが何かしたんだろう。何をしたのか分からないけど。……正確にはミレナの方へ動くときは一瞬、身体が動かせるようになる。目的は分かってるんだ。だが、その選択肢は取りたくない。
「ユートくんから自主的にするか、私からされるかどっちが良い? あ、選ばないなんて選択肢は無いよ?」
「……自分からするから早く外して」
「ふふん」
勝ち誇ったように胸を張るミレナ。……十年前なら動揺してしまったかもしれない。それは兎も角、ミレナは両手を広げてスタンバイ。
俺はゆっくりとそれはもうゆっくりとミレナの首に埋める様に抱き着く。……そう言えば俺から抱き着くのって何気にこれが初めてかも。
そうすると自分でも予想してた通りにミレナを強く抱き締めた。少しミレナが苦しそうな声を出すが全然弱まる事は無い。むしろ離さなように強くなっている気がする。……やはり突然失うという事は自分が思っている以上に心の深い所に傷をつけているらしい。昨日の事を思い出したように身体が少し震えている。
「大丈夫。私はユートくんの前から突然いなくなるなんて絶対にないから」
俺の震えに気付いたミレナがそう囁く。囁きながら背中に回した手を安心させるように優しくゆっくりと撫でる。それに対して俺の体からは力みが消え、委ねる様に力を抜いていった。精神的な落ち着きからも……再会できたと言うのは大きいらしい。ステラやリュートさん達ではここまで落ち着く事は無かっただろう。これはミレナの特権だな。
十分ほどそうして離れる。ミレナは嬉しそうに顔を緩めていたが、俺にはそれが単に嬉しかったのか、頼られて嬉しかったのか、両方なのか全く分からなかった。それから席を立って外を見ると丁度日が昇っている所だった。昨日は土砂降りの雨で曇天だった空は日に照らされて青く染まって来ている。
昨日の天気の悪さはどうした言えるほどの快晴はまさに今の俺の心情を映しているように感じられた。
その後は準備を終え、一階に降りて朝食を食べながらリュートさん達を待っていると、俺たちが朝食を食べ終えてから少ししてやって来た。
「おはよう父さん」
「おはよう。どうだユート、上手く行きそうか?」
「行きそうか、じゃなくて上手く行く、だよ」
「ははは。そうだな」
リュートさんとミアさんが食べ終えたら王城へと向かう。昨日の段階でアポは取ってあるので問題は無い。クロエが対応してくれて助かった。余り知人がいないから面倒な事が起きたら嫌だし、貴族とかは見下してる感じがあったし。別に見下されるのは構わないんだけどね。
王城に着くとクロエが既に待機していた。まぁ、昨日事情を聞いたクロエは心配してたしな。ステラは当然として、何故か俺にもそれを向けていたんだけど……。
「父様は執務室でお待ちになっておられます。付いて来てください」
いつもの恥ずかしがっていると言う感じじゃなく、キリっとしたまさに王族らしい表情で迎えてくれるクロエ。フーラ君はこういう所に憧れたのかなぁ。
執務室まで連れて来てくれたクロエはまるで自分の仕事は終わったばかりに何処かへと行ってしまった。ただ、その目には心配の色が含まれていたので気にしてない様にしてくれてるのかな?
部屋に入ると国王がいて、こちらに視線を向けて来た。その視線でこれから何が起きるのかを何となく予想して背筋が震えた。面倒事になりそうだなぁ、って感じで。
「よぉ、リュート。昨日クロエから聞いたが自分の娘がウィルツの元にあるらしいな。それでそっちのユートから話があるそうじゃないか」
「まぁな。俺たちは外で待ってるから……頑張れよ」
最初あった時より口調が砕けて素に近い感じの国王とリュートさんが簡単に受け答えして、リュートさんは最後に俺へそんなアドバイスをして来た。……リュートさんも同じ事を経験した事があるんだろうなぁ。
リュートさん達が出た後、俺と国王はテーブルを挟んで椅子に座った。何かを交渉するような感じだ。確かに交渉っちゃあ交渉なんだが……。気が重い。
「それでクロエから多少は聞いてる。ウィルツが相手とは何ともまぁ厄介な事になったな」
「本当にその通りです。早速なのですが…………白銀貨十枚、お借りする事は出来ますか?」
「ふむ……それ程の大金、何と引き換えにする?」
「借りた分を白銀貨十五枚にして返す事と、国王様からのお願いを三つ聞き入れる事でどうでしょう?」
ベットで横になりながら考えた事を話す。これならば国王にとってプラスであるだろう。白銀貨は一枚でも結構な額だ。五枚だけでも十分利益になるはず。それにもっと欲しければお願いで言えば良いし、そのお願いも“俺”じゃなく、“俺を通した他の人物”ならば国王にとってはプラスにしかならない。
国にとって決して少ない額ではないが、返ってくるリターンはこれで満足できると思うが。お願いの数を増やすのもある程度までなら受け入れる覚悟はあるし。
「……白銀貨十枚にしては結構な提案だな。後半に至ってはそれ一つで十枚以上の価値がつく可能性もあるぞ?」
「ええ、承知していますよ。と言っても限度はありますが」
「ふむ。であれば金額を五倍釣り上げる事は可能か?」
「可能です」
「では『願い』の数自体はどこまで増やせる?」
「最大で十までです」
「なるほどな……良いだろう。ユート君の覚悟はしかと伝わった」
なんか思った以上にあっさり聞き入れてくれた事に俺はちょっとばかし驚く。問答無用と切り捨てられる事も予測した上で来たんだけど……最初の視線と言い、何を考えているんだ。まぁ、幾つか予想はつくけどね。
その後少し考えていた国王から出された条件は全部で五つ。一つ目は白銀貨は三十枚にして返す事。二つ目はクロエと婚約し、将来的に婚姻を結ぶ事。三つ目は国営の学園へ通う事。四つ目は国が危機に瀕した時は必ず駆けつける事。最後に五つ目は世界を見て回る事。
一つ目はスルー。それくらいなら全然問題ない。二つ目は予想通りだった。ま、前回も強く言っていたので分かる。だけど三つ目の学園って……俺はそこで特に学ぶ事なんて無いんだけど。四つ目は……まぁ、当然だよな。この国住まわせて貰ってる身としては。
で、一番分からないのは最後だ。何で世界を見て回る事が入って来るの? そりゃあ、将来的にはそうつもりだったけどさ、何の目的で?
俺が脳内で国王の意図が分からず色々と可能性を考えていると国王から世界が出された。
「最後がおかしいか? まぁ、普通はそうだろうな。最後のはな、クロエの為だ」
国王曰く、クロエは自分を抑える事に慣れているそうだ。……あ、やべ。今はそれどころじゃない。残りは今日のが済んだ後でお願いします。
「国王様、時間が押してるのでまた後日お聞かせください」
「……うぅむ。分かった。数日中に結果を報告しに来い」
「分かりました」
不服そうな国王だが、白銀貨を十枚入れた袋を懐から出して渡す。……もう、準備してたのね。ステラを連れてきたら必ず戻って来るよ。
一礼して部屋を後にする。すぐ外で待っていたらしいリュートさん達と王城を出るとスラムの方へと足を向けた。
♈♉♊♋♌♍♎♐♏♑♒♓
スラムへと続く道の手前で一度止まり、ちょっと探ってみる。…………やっぱりいた。本当に一人で来いって事か。
「父さん。スラムに入って至る所に人が隠れてる。だからここからは僕一人で行くよ」
「だがっ! …………分かった。気を付けて来い」
「勿論。母さん、ミレナもここで待ってて。必ずステラを連れて戻って来るから」
ミアさんとミレナが頷いたのを確認するとスラムへと足を向ける。至る所に隠れている奴らは見つかってないと思っているのだろう、少しずつ俺を追う様に動いていた。
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