第21話 ……随分な事で
……立ち止まった? 今のステラが? ……いや、違う。時間的に立ち止まるって感じじゃない。……っ!? ステラ以外の反応が合計で三。しかもそれにステラが付いて行ってるって事は何か言われたのか? くそっ。情報が足りない。
…………あぁ、本当に厄介だよ。迷惑を掛けやがって。俺の時よりも酷いじゃないか。
それを知ってからスキルや魔法を全部移動と索敵に回したお蔭で何とかステラに追いついた。と言っても周りに男が三人いるので手は出せない。ステラを人質に取られて俺まで捕まったら意味がない。
「泡沫」と「朧月」でバレない様にしながら後を追っていく。どう考えてもあの三人は調達班的な感じだろう。あとは何処の組織に向かって行くのか知る必要がある。
可能なら俺一人で行けば良いし、無理ならリュートさんと一緒に向かう。今はステラが一番の優先事項だ。
「……ま、組織って言っても王都のなんて一つも知らないんだけど。いや、アルトネアにもあるとは思うけど知らないよ」
そう誰というわけでもなく言い訳をしながら追跡する。まぁ、冗談でも言わないと今すぐにでも飛び出してしまいそうだからな。
それから少しして男三人とステラが止まった。その先にはスラムならどこにでもありそうな一軒家がある。四人はその家に入っていった。
つまりこの家があいつ等のアジト、拠点って訳か。……どうやら結構用心深いみたいだ。魔法が全く使えない。何か魔法を無効化できる結界でも張っているんだろう。バルガーだってその手の道具を持っていたし。
問題はそれが単に外からの魔法が効かないのか、内側も効かないのか。だが、そう考えて行動を起こさない間も時間は無情に過ぎていく。今ある問題もどうせ後から解決する必要があるんだ。唯でさえ時間が惜しい状況では行動あるのみ。
少し消費が激しくなるが上級の「
そして、気付かれない様にゆっくりと扉を開け中へと入る。家の中は至って普通で人が全くいない事を除けば特におかしい事は見つからない。
また、「水陰」が消えない事からあの結界は唯の壁みたいな物だと判断して良いだろう。それを知れた事は僥倖だ。……どうやらステラはこの家の下にいるらしい。お約束の様に隠し通路があるようだ。
大抵はカウンターの何処か……って、あったよ。本当にお約束だったよ。
隠し通路は洞窟みたいな感じで明かりは結構距離が空いて等間隔に配置されている。ステラと男三人の反応はその先にある。さらに追加で十人程違う反応もあった。
距離にして三十メートルほど。慎重に歩きながらもなるべく早く進む。今なら何かあったとしてもまだ間に合う。
隠し通路の一本道を進んでいると急に明るい場所に出た。その場所はまさに裏の組織と言った感じ。ステラと男三人、それにその組織のボスらしき男と部下が合わせて九人。男たちが何かを話しているようだが良く聞こえない。
話を聴く為に耳を澄まして、風魔法もちょっと後押しする。が、聞こえたのは特に意味も無いような言葉だった。そしてそれは誰かが来るのを知っているような声音だった。
「おい。隠れてないでそろそろ出てきたらどうだ」
「……何時からだ?」
「お前が上の家に入った時からだよ。ま、お前の目的は分かる。この娘だろ?」
一瞬隠れたままステラを連れて帰ろうと思ったが、十人以上をそれも裏の世界で地理を知り尽くしてる奴ら相手に逃げ切るのは至難の業だ。一応、話は聞いてくれるようなのでそれ如何いかんによっては何とかなるかもしれない。
どうにもならなければステラを連れて帰るだけだ。あの馬鹿にはたっぷりとお仕置きが必要みたいだしな。リュートさんやミアさんからもたっぷり怒られる事は想像に難くない。
「泡沫」と「朧月」と「水陰」を解除するとボスとステラ以外の全員が驚いた。気付いてなかったらしい。ただし、ボスは気付いていたみたいだ。最初からずっとこっちを見てたし。ステラは俺が来た事で驚愕に固まっている。
「……返してくれないか? 俺の大事な人なんだ」
「ほぅ。ならば、逃がさなければ良かった、違うか?」
「全く以ってその通り。ただ、俺は彼女よりも弱くてね、止められなかったんだ」
途端にボスとステラを除く全員に余裕の笑みが浮かぶ。嘲りや見下しているのが丸分かりだ。で、それに気付いたらしいボスも全員に鋭い目を向ける。中々に切れ者のようだ。
さて、たかが十歳の少年にどこまでこの男は話を傾けてくれるか……リュートさんへの報告は出来そうに無いし、何処まで行けるかな?
「……へぇ、お前昨日バルガーと模擬戦して健闘したそうだな?」
ボスの男は部下らしき男から何かを耳打ちされるとそう問い掛けた。どうやら昨日の模擬戦を見ていた奴がこの中にいるらしい。……否定する要素は無いし、何しろ怪しい行動を起こせばステラがどうなるか分からない。
俺が頷くと今までの笑みを更に深めた。何かが満足したらしい。いけ好かない無いが、今までのこの男の言動からこのスラムの中での比較的マシな部類だと推測する。酷いヤツは一切の容赦がないからな。
「……お前は一体何者だ?」
「ははっ。まずは自分から名乗るべきだろう? 少年?」
昨日の事を知っているなら俺の名前くらい知ってるだろうに。まぁ、人に名乗らせる前に自分から名乗るのは礼儀として正しいので名乗りはする。
「ユートだ。お前は?」
「かかかっ。そんな目で見るなって。……俺はウィルツ・ゲルトだ。非合法だが商人をやっているよ。奴隷のな」
奴隷商人か。最悪の中でも比較的マシではあるな。商人の一人である以上、対価があれば解決は出来る。ステラがここに来て十分と経ってないがいくらかの値が付いている可能性はかなり高い。
「それでどうやったら返してくれる?」
「そうだなぁ~……俺も裏の世界の住人ではあるが商人でもある。だが、通すべき筋ってのは持ってるし、商人なら信用も先立つ物も必要だ。……言いたい事は分かるな?」
「やっぱりか。……いくら必要だ?」
「白銀貨十枚で手を打とう」
白銀貨か。金貨百枚に相当するそれが十枚。用意できない事は無いが色んな意味で柵しがらみを受けそうだ。まぁ、今の状況や足元を見られてる事を鑑みてもステラにはそれだけの値があるとウィルツは思ってる訳だ。
迷い自体は無いがその後のリスクを計算しているとそれが悩んでいると捉えたのかウィルツは優越感をたっぷりと出しながら言う。
「これでも譲歩してるんだぜ。さっきまでの話し合いで白銀貨二十枚は下らないって事になってる。隣国にでも売ればその倍以上の値打ちだろうしな」
「別に値段事態に不服は無い。……よし、分かった。期限は何時までだ?」
「明日の昼だな。おっと、勘違いするなよ。これでもユートの気概を買ってるんだ。普通なら今から一、二時間も経たずに売れてる所だぜ」
大仰におどけてみせるウィルツ。用意する事自体は心当たりが二、三人いるので明日の朝にでも出来る。だが、いくら弱みを握られてるからってここまで来られるとちょっとイラっと来るよな。
「明日の昼までには持って来よう。……どうせ、一人で来いとかそういう事だろう?」
「くくく。そういう事だ。じゃ、待ってるぜ」
「他に売ろうとか考えるなよ? その時はどんな手でも使ってステラを連れ戻した後、お前らを潰すからな」
「おぉ、怖い怖い」
俺程度の殺気ではやはり効かないようだ。予想通りではあるが多少は危機感を持って欲しかったのに。
ステラは今まで固まっていたが俺と視線が合うと俯いてそれ以上顔を合わせようとはしなかった。その光景に笑みを浮かべるウィルツにかなりイラっと来た。さっきのと合わせて軽く手土産でも置いて行こうじゃないか。
「なぁ、ウィルツ。リュート・フォーハイムって知ってるか?」
「あぁ。この国じゃ有名人だからな」
「これをふいにしたらその人も敵になると思えよ?」
「なっ!? ……その言葉、忘れるなよ」
最初は動揺したウィルツだったが、直ぐに立て直して逆に脅して来た。流石は裏の商人。精神力も凄まじい。
その後は皆に状況を説明する為に隠し通路を戻り、家から出る。すると一分も経たずにリュートさんが飛んで来た。その表情には焦燥と疲れが滲んでいる。
「ユートっ!? ステラはどうした!?」
「落ち着いて父さん。それと……ウィルツ・ゲルトって男知ってる?」
「あぁ、裏じゃ有名……そうか。いくら提示された?」
「白銀貨十枚」
「……」
リュートさんは渋い顔になる。提示された金額に色々と考えているんだろう。でも、やっぱり知ってたんだね。何となくリュートさんは知ってる予感がしたんだ。それだけの経験をしていそうだからさ。
未だ雨は降り続けていて俺もリュートさんもびしょびしょだ。だけど全く気にならない。それはリュートさんも同じ様で前髪を
リュートさんに今の状況を説明して、〈憩いの緑鳥〉まで戻る。一階ではミレナとミアさんが心配そうに待っていた。そして、ミレナは俺の方を見て、目を伏せた。何か後ろめたい事でもあるのか?
「リュートさん、ユート君無事だった!? ステラちゃんは?」
「それに関しては部屋で話そう。ユート、ミレナにはお前から話してやれ」
「分かったよ」
お湯を入れた桶を持って俺はミレナと、リュートさんはミアさんとそれぞれの部屋に戻った。全員がそれぞれ何かしらの陰のある表情をしていた。
部屋に戻った後はまずお湯で体を拭いた。俺もリュートさんも結構な時間、雨に晒されていたのでかなり体が冷えていた。自分では分からなかったが、ミレナの手を握った時、ミレナが物凄くこちらを心配していたし、体が冷えている事も教えて貰った。
服も着替えて、テーブルにつく。ミレナの表情は依然として暗い。俺も良い表情とは言えないが、現在の状況を考えるとまだマシな方だ。やはり、知るのと知らないのとでは心境に大きな変化がある。俺も知らなければかなり酷い事になっていただろう。下手すると発狂してしまうくらい。
「……ミレナ。まずはステラの居場所だけどウィルツ・ゲルトって言う奴隷商人の男の下にいる」
「奴隷商人って……」
「大丈夫。話はつけて来た。それでステラを取り戻すためにはかなりのお金が必要になったんだ。具体的には白銀貨十枚」
「はぁっ!? それは、流石に……」
「そう。父さんでもちょっと足りない。それに期限は明日の昼までだ。だから、明日朝一で国王様に会って借りて来る」
俺はミレナに明日の流れを伝える。これからは時間との勝負にもなって来るのでミレナにもその事は伝えた。この事自体はリュートさんと〈憩いの緑鳥〉に戻る最中に決めてあるのでミアさんも同じ様な事をリュートさんから聞かされているだろう。
最初は悲痛な表情を浮かべていたミレナも最後の方はキリッとしていた。
「でも、まだお金で解決できるだけも良かった。そうじゃなかったら……」
「本当に……それが一番の最悪なパターンだった。一応ウィルツに釘は刺しておいたけど」
「ごめんね。私があの時……」
「別にいいよ。ミレナだってあの時は嫉妬してたんだろうし、ステラも同じだった。それは仕方ない。……だけど一番の問題はあの馬鹿が俺の気持ちを知った上でああいう行動を取った事だ」
俺はステラを追う時もここに戻って来てミレナと話しているこの時も焦ってはいる。焦ってはいるが何よりも大きいのは……怒りだ。俺はステラやリュートさん達、ミレナにも俺自身の事を少しは話してる。
特に大切な人がいなくなるのがどれ程辛く、俺の心を圧しつけて来るかは殊更に話した。その上での行動なのだ。前の時の俺とは全然違う。あの時、俺はあくまでクロエやフーラ君、ステラたちを守る為に行動して結果、気絶した。三日と言う時間ではあったが、ミアさんから気絶してるだけで命に別状はないと知っていたはずだ。
なのに今回のステラは最悪の場合、もう会えなくなる可能性すらあったのだ。その可能性に至った時、どれほど苦しかったか、失う経験がない馬鹿には分からないだろう。軽く過呼吸にもなりかけたんだぞ。
それを二回経験している。いや、三回になるかもしれない、だな。下手したら精神が壊れそうだよ。幸い、未来はミレナとして再開する事が出来たから良かったけど。
今もスキルを結構な時間ずっと使ってたから疲労が半端ないはずなのに、全く疲れが見えない。それだけ今の状況が穏やかじゃない事を示している。
……いつの間にか力が入っていたのか、ミレナが俺の頭を抱き締めていた。それに気付いたのも抱き締められてから少し経ったくらいだと言うのだから余程、今の俺は酷いらしい。
『……辛いよね。大切な人がいなくなるのは』
『本当にそうだ。寿命で亡くなるだけならまだいいんだ。諦めはつくから。……だけどいきなり失ったら心に穴が出来るんだよ。で、その穴が酷く痛くて苦しい。……未来の時もそうだったんだぞ』
『あ、あぁ、うん。そ、そう、なんだ』
赤面するミレナはそれでも嬉しそうに表情をにやけていた。それを見るのもそれはそれで良いのだが、明日の為にもそろそろ休むべきだ。例え寝れなくとも目を閉じて横になるくらいの事はした方が良い。
「ミレナ。そろそろ休もうと思う」
「……そうだね」
椅子を立ってベットに横になる。ミレナも一緒に横になるがいつもみたいな甘える感じではなく、母親みたいに安心させようとしてくれてる。……本人がそう言っていた。
目を瞑って体を休めるが……ついぞ、眠る事は無く次の朝を迎えた。
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