第20話 ……くそがっ

 何とか周囲から見られることなく部屋に戻ることが出来た。……水魔法を使う前は除くが。それだけでも十人くらいいたんだよなぁ。

 ステラは部屋に戻っても全く離れず、キスされた時から五分くらい経った頃にようやく離してくれた。俺とステラを繋ぐ銀の糸が酷く艶めかしい。ミレナは最初から面白そうな目でずっとこっちを見ていた。……これ、ミレナは理由を知ってる奴だ。結構最初から俺は軽くパニックだったのでそろそろ教えて欲しい。

 ……いや、別にミレナにする気はないって。現在の状況に至った経緯を教えて欲しいんだけど。ちなみに肝心のステラは俺の目の前で丸くなっていて、とても話せる状態じゃなかった。


「何で俺はステラからキスされたんだ? それも噂で特大の、王都中に広がりそうなヤツ」

「え~、私はしてくれないの? こっちに来てからまだ一回もして貰って無いのに」

「……今はする気はない」

「じゃあ、後でしてくれるんだね」

「……もうそれで良いよ……」


 なるべく話を進めたいので流す。後日とんでもない事がある予感しかないんだが、もう言った事は取り消せない。まぁ、取り消さなくても良いんだけどさ。

 やっと教えてくれると思ったら空間魔法で俺の後ろまで来て、耳元で囁いて来る。ねぇ、なんでステラもミレナもそこまでくっ付きたがるの? くっ付かない事が選択肢になかったとしてもせめて一言言ってくれない? 結構ビックリするんだよ。


「……簡単に言うとね、ステラちゃんはクロエちゃんに嫉妬してるの」

「……あぁ」

「だからユートくんにもっと構って欲しいんだって」


 あぁ、うん。嫉妬、嫉妬ね。ヤキモチを焼いていたわけだ。それ自体は嬉しんだけどね、せめて部屋の中とか行動に移すなら人目が無い時にして欲しい。それとミレナさん、貴方もステラと同じ様な行動に移そうとしないの。


「……こら」

「あうっ。……ぶ~、良いじゃない。私だってヤキモチは焼いてるんだから。…………もっと相手をしてくれたっていいじゃない。いつも我慢してるんだから……」


 不服そうに不貞腐れるミレナ。取り敢えずいつもの様に頭を撫でてみるがミレナは未だに不服そうな表情のまま、首を振る。どうしようか考えていると後ろからトコトコとやって来て、ステラとは反対側から抱き着いて来た。そこから「んっ! んっ!」と何かを持って来るような仕草をした。

 その視線が腕の方に向いていたのでミレナ側の腕を持って来るとミレナ自身を抱き締めるような位置に持って来る。反対側も同じ様に指示をする。

 俺の胸の位置で自分の顔を擦りつけながら力を籠める様に視線で問うてくる。……分かりましたよお嬢様。


 指示通りに抱き締めるとミレナも不貞腐れているステラも少し声を漏らした。それで満足してくれたようでステラが今の様になった事を教えてくれた。


「……と言うわけ。愛されてるね、ユートくん。十年ちょっと前とは大違い」

「まぁ、確かに。あの時はミレナくらいだったんだよな」

「覚えてるんだ?」

「そりゃあな……。あの時のミレナの気持ちは嬉しかった訳だし? 進み方は色々と強引だった訳だけど」


 ステラが今に至った経緯を聞き、最後に茶化して来たミレナの話に合わせてみると、恥ずかしそうな嬉しそうな申し訳なさそうな表情で頬を染めながらお礼を言われた。


「ふふふ。……ユートくん……大好き」

「っ!? 。……ありがと」


 ……だが、それは反則。今度はこっちが赤面する側だった。嬉しいんだけどね、今は状況が状況な訳で……今の件が片付いてからにして欲しかった。

 そんな感じでステラが復帰してくるまでミレナと軽く青春な事をしているとゆっくりとステラが非難の眼でこっちを見ていた。その目には悲しみも浮かんでいる。


「…………ゕ」

「ステラ?」

「お兄ちゃんのばかぁぁぁぁぁあああああ!!!」

「ちょ、ステラっ!」


 何かを爆発させるように叫んだステラが部屋の窓から飛び出して行った。って、冷静に分析してる場合じゃねぇ。早く追わないと。

 俯瞰全視と超感覚を最大で発動しながら魔力系のスキルも発動しておく。取り敢えず「音響探知」などの探索系の魔法とスキルでステラの位置を掴む。数秒なのに滅茶苦茶離れてやがる。流石は一部のステータスがミアさんに届くくらいあるステラだ、と感心してる場合じゃない。


「ミレナ……」

「ユートくん、行って」

「あぁ。……悪い、後は頼んだ。リュートさん達にも伝えておいてくれ」

「……ステラちゃんを連れ戻してくれる事と、私へのご褒美……期待しても良いのかな?」

「……おう、任せておけ」


 ミレナにリュートさん達の報告などを任せ、俺も窓から飛び出す。外はお生憎と完璧と言っても良いぐらいの土砂降りの雨だった。






 この世界に来た俺は水との相性が途轍もなく良く、水の性質をある程度変えることが出来る。だから、水を気体にしたり、個体にしたり……はまだ出来ないけど、水に粘着きを持たせる事は出来る。

 そして、今は土砂降りの雨を利用しながら某ヒーローみたいな移動をしている。まぁ、風魔法でスピードをブーストさせているので傍から見ればギョッとされること間違い無しだ。本人からもそう取られるかもしれない。

 ステラが飛び出してからまだ五分となっていないが、ステラは既に俺の知覚できる限界の三分の一を突破している。俺も相当の速さを出しているつもりなんだが、ステラとの距離は少しずつ空いて行っている。


「あの……馬鹿っ。……無事でいてくれよ……」


 いくらステラが強いと言っても現段階じゃ、まだまだだ。特に対人戦、それも命が掛かる事に関しては素人同然。それに命を奪う事にもまだ拒否感がある。

 それに一対一なら結構強いが、相手が複数の場合は流石にステラも厳しい。何せ、ここは王都だ。良い意味でも悪い意味でも強いヤツは大勢いる。ここに来る前の盗賊団は全体の六割をリュートさんが、二割をミアさんが担当していたし、残りは協力していたのだ。経験としては量も質もこことは遠く及ばない。特に今のステラの精神状態なら……

 雨で視界が不自由な中、俯瞰全視と超感覚頼りでステラの位置を特定し続ける。


 ……マジで無事でいてくれよ……っ! これ以上失うのは本当に勘弁だ。



  ♈♉♊♋♌♍♎♐♏♑♒♓



 ステラ・フォーハイムは逃げる。ただ逃げ続ける。何処に行こうとかは全く何も考えていない。ただ一歩でもあの場所から、あの人から離れる様に……。


(分かってる! 分かってるのに……苦しい。苦しいよ……)


 ステラは自分が逃げている理由を理解している。今日ユートがクロエとデートをしてその結果、良い感じになっていたのに嫉妬していたのだ。それを我儘にも公衆の面前でユートへと爆発させた事に強い罪悪感も持っている。

 極めつけは自分もユートとクロエがデートする事は賛成していたのに、いざデートをする事になって、良い雰囲気になると嫉妬を抱き、あまつさえもユートに迷惑をかける自分に嫌悪感を抱いていた。いっそ、自分なんて……と。


(お兄ちゃん……お兄ちゃん……)


 そんなユートへの想いと自分に対する不甲斐なさを無意識に瞳へと宿しながら街の中を疾走する。その方向は……果たして奇しくもユートが考え得る中の最悪とも言えるスラム街へと続くものだった。



  ♈♉♊♋♌♍♎♐♏♑♒♓



「あぁっ! あんの馬鹿っ、スラムに行こうとしてやがる。……まずはミレナに連絡だ。リュートさん達にも助けに来て貰おう」


 俺は風魔法の中級に属する「意思疎通」を使う。これは文字通り対象者と意思を送ったり、貰ったりできる魔法だ。何気に難易度が高く、王都に来る直前に使えるようになった。今は使えるようになった自分を褒めてやりたい。伝える事の出来る範囲は自身の習熟と魔力量に比例する。俺はまだ余裕はあるが、これから消費する魔力量を考えるとそろそろ限界になる。

 しかもおあつらえ向きにステラはスラム街へ行こうとしている。取り敢えず、見つけ出したら一回拳骨だな。どんな理由があってもだ。


 そもそもスラムとはならず者が住む地帯の事を指す。古今東西、国や街、人が多く集まる所は必ずと言って良いほど光と闇がある。スラムはその闇って訳だ。

 まぁ、スラムが全部悪いって訳じゃない。裏の情報屋なんかは大抵スラムにいるし、時と場合によっては必要な場所でもある。言っちゃあ何だが……必要悪ってやつだ。


 だが、それ以外は最悪だ。ステラだったらほぼ確実に奴隷コースは確実。しかもその前に慰み者にされる可能性は無いと言える方が圧倒的に低い。それにリュートさん達の娘だってわかったらそれこそ目も当てられない。

 今回は俺にも責任の一端はあるし、ステラが冷静じゃないのも問題だったんだが……せめて王都の外だったら楽だったのに。

 既にスラム街に入ってしまったステラを追っているとミアさんから「意思疎通」が来た。


“ユート君、ステラちゃんがスラムに入ったって本当!?”


「本当だよ。今ステラを追ってるけど念の為、父さんにも来てもらって。もし僕が対応出来なかった時に必要なんだ」


“ええ、直ぐに向かわせるわ。でも、一人で解決しようとしないでね”


「無理はしないよ。でも、必ずステラは連れて来る」


 お願いと言うのを最後にミアさんの魔法を切った。




 ステラがスラム街に入ってから十分ほど経過した。スラムに入ってからステラは移動する速度がかなりゆっくりになった。多分歩いているんだろう。

 それでも空いている距離は時間で十五分は掛かりそうだ。既に〈憩いの緑鳥〉からは三十分以上経っている。いくらリュートさんと言えど追いつくまでにまだ時間はかかる。


 傲慢になる気はないがやっぱり……あの時、と思ってしまう。だが、今は自分の無力さを憂う暇なんてない。自分の使える全てを使ってステラに追いつく。そして、連れ帰る。絶対に。

 ……ステラとミレナ。この世界と前の地球で俺を好きになってくれた初めての人。どうやら二人とも手放す気は俺には全くないようだ。俺って、意外と欲深いよな……。



  ♈♉♊♋♌♍♎♐♏♑♒♓



「ここは……どこ?」


 ステラは自分が王都のどこにいるのか全く分かってなかった。分かっている事はたった一つ、ここが危険な場所であるという事。ただそれも今の自分の気持ちから考えるとそこでも良いかなと思っていた。ここで死んだ方が良いかも、と。ユートが聞いたらブチ切れられることが鮮明に見える。


(ここは……もしかしてスラム街? パパやママから王都にはそう言う場所があるんだって聞いたけど……)


 既にステラの頭の中では申し訳なさが勝っていて、猜疑心や自己否定と言った負の感情で心中が覆われていて普段であれば考えないような事が次々と思い浮かぶ。

 はっきりと言ってかなり危険な状態であった。


「よう、嬢ちゃん。こんな所でどうしたんだい?」

「……貴方たちは?」

「俺たちは行き場のない子供たちに場所を与えてるんだ」

「……場所?」


 普通の感性ならこんなスラム街のそれもかなり危険な感じのする男達に囲まれて本当の事を言っているなんて思わない。まずは疑いにかかる。

 だが、今のステラはその言葉を否定するどころか、むしろ受け入れてしまっていた。


「あぁ。嬢ちゃんは家族から逃げて来た、とか?」

「……うん」

「やっぱりか。なら、俺たちが嬢ちゃんにとって幸せな所へ連れて行ってやるよ」

「……うん」


 その状態のステラは疑う事無く怪しい男たちの後を付いて行くのであった。


 それを何となく感じたユートは舌打ちを一つと歯噛みをする。ユートはステラがスラムに入った事によって起きるであろう可能性を幾つか考えていた。その中でも最悪と言える可能性へと入ってしまう事に悔しく思いながらもスピードを更に上げた。






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