第19話 ……まぁ、落ち着こう

 あれから特に何もなくて次の日を迎える。目が覚めてステラとミレナがくっ付いていたのはもう諦めていたから別にいい。来る時も散々そうだったし。それよりも恐ろしかったのは……何であなたがいるんでしょう、クロエさん。


「……ユート様おはようございます」

「おはよう。……ところで何でここにいるのか聞いても良いかな?」


 色々と思う事があるんだが……まず一つ。何でこの場所が分かったの? リュートさん達ですら伝えてなかったと思うんだけど。いくらプライバシーなんてないこの世界でも誰がどこの部屋に泊まっているかを他者に知らせる事はそれだけ信用を無くす行為だと思うんだ。

 王城の時は王女らしいドレス姿だったが、今は町娘みたいな軽い服装だ。ドレス姿も良いと思うがこっちの方が良い気がする。単純に俺の価値観が低いから、とも言えるが。


「……昨日、リュート様とミア様に」

「うん、まぁ……普通はそうだよね。特に母さんが教えないなんてありえないよね」


 まぁ……予感はしてたんだ。ここに来る前にステラとミレナ、それにクロエとデートをさせる約束を取り付けた主犯がミアさんだった時点で。あの人、そこのところはしっかりしてるから。


「それで要件って……」

「それほど王都には長居しないと聞いたのでその……」

「デートをしませんか、と?」

「あぅ……はい」


 自分から来ておいて恥ずかしそうにする。そんなクロエの可愛らしい仕草に一緒に来たであろう護衛の人達は全員、ハートのど真ん中を撃たれたようで悶絶していた。

 ……気持ちは分かるよ? 確かに物凄く可愛いよね。……俺は? 俺はステラとミレナで耐性が付いてるから。二人の場合、普段は明るかったりするのにいざとなったら物凄く色っぽくなるんだよ。それに比べたら……可愛らしいな、って。


 準備をしてくるから下で待っていて、と伝えクロエたちには下に行って貰う。準備の第一段階としてまずはステラとミレナを起こす事だ。ここに来るまでに分かった事なんだが、ミレナもステラ同様、かなりのくっつきたがりで寝起きなんかステラと組み合わさる事でとても危険となる。

しかもステラ以上の甘えん坊となるので、普段のギャップからそりゃあもう……強烈だ。


 体を揺らして二人を起こす。当然寝ぼけ眼のステラとミレナは寝ている時以上にくっ付いて来る。ちょっと前に分かったんだが、ミレナと会う前のステラだけの時にどうやってステラを早く目覚めさせようか探った事があった。

 いろいろと試した結果、どうやらステラがしたい事を促してやるとより早く目が覚めるという事が分かった。その際に精神的なダメージが途轍もなかったのだが……それはまた別、という事で。


 これはミレナも同じだった。なので俺が出来る範囲で二人の行動を促す。くっ付いて来たり甘えて来る事を拒否せずにさせたいようにしてやる。すると五分も経たないうちに二人とも目が覚めた。

 ……でも、毎朝これをしないと思うとね、色々とキツイんだよ。


「おはようお兄ちゃん」

「おはようユートくん」

「……おはよう。下にクロエが来てるから俺は準備をしたらそっちに行って来る。二人は好きに過ごすと良いよ」

「ふふふ。いってらっしゃい」

「楽しんで来てね!」


 着替えをしようにもステラとミレナがずっとこちらを見て来るので反対を向かせ、さっと着替える。その後、ミレナの言葉に合わせて「行ってきます」と言って部屋を出た。……後ろから何か笑いが聞こえた気がしたが……気のせいだろう。

 一階に降りて来るとクロエと護衛の人が一人だけだった。他の人は帰るかしたらしい。クロエは俺が来た事で笑顔を見せるがはしたないと思ったのか、少し顔が赤い。ずっと思ってたんだけど、クロエの魅力ってこういう所だよね。大和撫子な感じがして。

 また護衛の人が悶絶していた。……もしてかしてこの人も含めた護衛の人達って親衛隊的な人だったりするんだろうか。クロエなら納得するけどさ。


「改めておはよう。今日するなんて思ってなかったから予定は無いんだけど……」

「大丈夫です。ユート様が好みそうなものを私が考えて参りました」


 ……考えて来てくれたのね。まぁ、クロエの方が王都は詳しいだろうし、計画しようと思ったらそっちの方が断然良いんだけど。にしても俺の好きそうな……っていったいどんなものだろうか。昼寝、とか?


「ユート様。お嬢様を頼みます。……くれぐれも怪我などさせませんように」

「……承りました」


 そう言い残すと護衛の人は宿を出て行った。……反応は宿のすぐ外にあるけど。近くにいる事を除いても最後のセリフ……目がマジだった。擦り傷一つでもさせようものなら全員から袋叩きにされそうだ。


「じゃ、行こうか」

「……はい」


 一応、クロエの手を取った訳だが……実際はクロエに連れて行って貰う様なもので、少し気恥ずかしい。周りからの視線が少し温かかった。


 宿を出るとクロエが腕を組んで来た。デートなのは分かっているが、それは恋人のする事では? と思ったがクロエの「ダメ……でしょうか?」のセリフと同時に五、六カ所から殺気が飛んで来たので、快諾した。……殺気って未だに慣れないんだよ。特にこの人たちはマジだから。


 俺は当然何も食べて無いのだがクロエも朝は食べて来てないそうでまずは昨日行った市で適当に食べた。

 その後は王都の色々な場所に連れて行って貰った。その道の途中でクロエは護衛の人達を上手くあしらって外して来た。その間の動きはまるで護衛の人達の居場所を知っているようであった。……ま、クロエには闇魔法が使えるようだし、あの属性は風属性の情報収集能力があるから当然って言ったら当然なんだけど……。

 ちなみに連れて行って貰った場所は殆どが所謂……デートスポットと呼ばれる所だった。











 デートスポットを巡る中でとあるパン屋に寄り大きなバスケットを受け取った以外は特にこれといった変化はなく昼となった。現在いるのは王都でも最も大きな広場でルーイルグ広場と言う。木々に囲まれた場所とかなり広い平原の二つが特徴的だ。それと川がいくつか流れている。

 周りを見てみると家族連れが多いみたいだ。


 その中で丁度木々と平原の狭間で良い感じの木陰があり、俺とクロエはそこに並んで座っている。今日は素晴らしいほどの晴れ。そして、風も心地よい。確かに俺が最も好きな事の一つではある。……一体どこの情報だろうか?


「……ここが今回の目的地?」

「……はい。ミレナとステラからユート様はこの手の事がお好きだと聞きましたので……」

「なるほど……」


 プライバシーって何だろうな? ……俺のプライバシーが認識されてないらしい。少しは認識して欲しいものだ。


「ご迷惑だったでしょうか?」

「全然。むしろ最高だね。風だってこんなに気持ちが良いし、気温も丁度いい」


 都合よく吹いて来た風に身を任せる。うーん、控えめに言って最高だよなぁ。自然に触れると心が落ち着くよ。

 クロエもさっきまで不安そうだったが今はほっと安堵の息をついている。別にそこまで心配する必要は無いのに。


 途中のパン屋で貰ったバスケットの中にはまぁまぁの量のサンドイッチと水筒が一つ入っていた。サンドイッチを食べながら他愛もない雑談をする。

 暫くするとクロエもリラックスしてきたようで昼食を食べ終えるとウトウトと船を漕ぎ始めた。もしかしたら昨日は寝る時間が少なかったのかもしれない。


「昨日ちゃんと寝た?」

「……いえ。今日の事を考えていたのでそこまで……ふあぁ」


 そろそろ限界らしく可愛らしい欠伸を一つするとこちらに身体を預けて来た。眠るように促すが中々寝ようとしない。


「ここからですのに……」

「まぁまぁ。疲れは出来るだけ取っておいた方が良いよ。僕の体験談」

「では、せめて……口調だけでも変えて頂けませんか? 他人行儀はいやです」

「もしかして今回のデートって……」

「はい。ミレナやステラの様に少しでも距離が縮めれ……」


 そこまで言うとクロエは糸がプッツンと切れた様に眠りに入った。完全にこちらに身体を預けている。眠りって最も無防備な状態だから自分以外が他にいる時ある程度は信頼が無いといけないって、特に異性の場合はそう聞いた事があるけど……ここまで信頼してくれるのも本当、何だかなぁ。


「ほんと、クロエも含めてどうしてそこまで想ってくれるのかねぇ」


 何となしに軽く髪を梳くと気持ち良さそうに自然な笑みが出て来る。ステラともミレナともクロエとは反応が違うが全員、撫でられるのが好きだと言う。何でも安心できて落ち着くらしい。


 木に身体を預けているから長い間そうだと体が痛くなりそうなので柔らかい平原に横たわらせる。クロエもステラたちと同じ様に離れようとせず、俺の太ももを枕にしている。

 一応、「濡れ翅」を俺とクロエに弱く使っておく。起きて身体が痛いなんて経験したく無いだろう? 超精密操作、魔力制御、魔力回復のお陰でこの程度なら魔力が尽きるという事は無い。


 クロエの寝顔を見ているとクロエが何かを探す様に両手を動かす。試しに片手を近づけるとその手を摑み、心底大事そうに自分の胸に抱いた。まるでこれ以上何かを無くさない様に……。

 久しぶりに過去がよみがる。両親を亡くした時の悲しみ、兄弟なんていなかったので天涯孤独のみなったと知った時の虚無感。まぁ、親戚はいるので本当の意味で天涯孤独という訳じゃないんだが。

 前の俺と重なって見えるよな……。


 クロエの不安そうな表情を見ると十年以上も前の事なのに鮮明に甦って来る。王族と言う立場は意外と面倒なのかもしれない。……他に原因がある可能性も無いとは言わないけどね。

 親が子にする様に安心させるようにゆっくりと撫でる。俺も最初の頃、叔父さんと叔母さんにして貰った方法だ。最初は不安そうな表情のクロエだったが、次第に不安の感情が消えて行った。それでも完全には消えてないようだったが。






 …………二時間後。クロエは自分の状況を見ると一瞬で耳まで真っ赤にさせ、飛び起きた。そして、数分間はずっと俺を見ようとはしなかった。


「良く寝れた?」

「……はい。怖い夢を見ていた様な気がしますが、途中からは良い夢だったと思います」


 ……別に見ていた夢を教えて貰おうだなんて思って無かったんだけど。クロエが頬を染めながら言うと近くにいた男性数人が悶絶していた。そして、パートナーと思われる女性から拳骨を連続で貰っていたが。


 その後、クロエから教えて貰ったんだが今回のデートの目的は俺との距離を縮めたかったそうだ。……大体、予想通りだったのでそこまで驚く事は無かったけど。と言うか、寝る前にも言ってたよね。

 そう言う意味においては敬語が取れた事はしっかりとした成果と言えるだろう。その結果は是非、クロエの中に秘めていて欲しい。俺の知人の一人にでもバレたら碌な事になる気がしない。

 ……まぁ、この願いも無駄な気がするんだよ。この手の展開はこの世界に来て何回も味わって来たし。




 ルーイルグ広場から出てさっきのパン屋にバスケットを返すとクロエを王城まで送っていった。建前としては一国の姫が一人で外を出歩くのは危険、理由としては帰り道の時々に垣間見える憂いの感情を宿した目が見てられなかったからだ。

 俺もまだ色々な秘密があるが、クロエもそれなりにありそうだ。と言うか、王族は皆何かしらの秘密を持ってそうだな。それも特大の。唯でさえ、一般人でも人には言えないような秘密を抱えていると言うのに、国を預かる立場とも慣ればそれもひとしおだろう。


 王城の門の所で門兵の人にクロエを預けると〈憩いの緑鳥〉へと向かう。俺はルーイルグ広場で寝てないので早く帰ってこの風を浴びながら一眠りしたいのだ。日頃の疲れを時間がある時に取り去っておきたい。




 そう勇んで帰って来た〈憩いの緑鳥〉……の前でステラとミレナが仁王立ちしていた。……よし、逃げよう。ルーイルグ広場で良いかな。

 くるりと方向転換してダッシュの姿勢に入る……直前にステラに捕まった。くそう。


「お兄ちゃん、クロエとのデートどうだった? 上手くいった?」

「あ、あぁ。上手く行ったと思う。クロエの目的も達成したみたいだし」

「なら良かった!」

「それよりも……クロエにこの宿の場所教え――」


 教えただろ? と言おうとしたらステラの口で塞がれた。……くち? きす? ……はぁぁぁぁぁぁあああっ!?

 ま、待て、落ち着け。……まず疑問なのは何故いきなりステラがキスして来た事だ。あの時以降、一度もしてないので今回ので二度目という事になる。

 他にも疑問は尽きないのだがまずはそれを聞くべきだろう。流石にこれ以上は公衆の面前では厳しいものがある。


 水魔法の中の姿を分かりにくくする系の魔法を使って部屋へと戻った。何故って? ステラが離れなかったんだよ。前にも同じ事があったんだが一ミリも動かせなかったのだ。部屋に移動するまでミレナはサポートに回っていた。






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