第18話 何かね……疲れた

「始めっ!」


 受付嬢さんの開始の合図とともに超精密操作、俯瞰全視、高速多考、感知の四つを使う。まぁ、最大まで上げないけど。後で絶対ぶっ倒れるし。意識も無くなるし。

 半分いかないくらいにしてバルガーとの模擬戦にいど――っ!?


 いつもなら……って、ステラと比較してどうするよ? バルガ―はリュートさんより強くないとはいえ、ステラより何倍も強いのは確実なんだぞ……! 気を引き締めろ!

 予想の何倍も早くバルガーの攻撃が来て少し焦ったけど、何とか落ち着けた。はぁ、危なかったぁ。


「へぇ。小手調べだったが、初心クラスなら殆どが今ので終わってるぜ。流石だな」

「あはは……。こっちは最初から全力ですけどね。それに今のもギリギリかわせたんですよ?」

「良いねぇ。まだまだ余裕そうじゃねぇか」


 別に余裕なんか無いけどね。木製とは言え大剣みたいな大きさの武器は結構重いし、扱いにくいと思うんだが……難なく扱っている。バルガーは上段、下段、水平、回転、突きと次々に繰り出してくる。しかもそれが微妙に速度やタイミングがずれているからすっごい捌きにくい。熟練クラス、全然本気じゃなくてもこれは……何時まで持つか。……十五分も持てば良いよな。

 大剣を槍で捌き、避けて一度大きく距離を取る。戦闘において、特に近距離の場合、距離を取る事は危険な事が多いんだけど……こうでもしないと休む時間が無いよ。そのくせ、バルガーは全然息切れしてないし。むしろ全体的な動きが少ない俺の方が疲労はデカい。これが経験ってやつか……。


「おぉ~中々。子供と言ってもリュートに指導して貰ってるだけあるなぁ」

「恐縮です。そっちこそ、まだ半分も出して無いんじゃありません?」

「言うねぇ。じゃあ、ぼちぼち速度を上げていこうか」


 言う通りにバルガーの全体的な速度が上がっていく。しかもさっきまでの微妙なズレと全くない場合が組み合わさってさらに面倒になった。高速多考を上げて行かないと直ぐにふっ飛ばされて終わりそうだ。出来ればそうしたいんだが……斜め後ろからの四つの視線、上の方からは無言のプレッシャーが始まってから常に放たれている。端的にこの段階で負ける事は許されないらしい。

 何時になったら負けても良いのか……?




「身体も良い感じに温まって来たし……そろそろ半分くらいでいくぞ」

「今までは準備運動って訳ですか……」


 本当に半分も出してなかったらしい。またバルガーの速度が爆発的に速くなった。大剣なんて残像しか見えない。それ程の威力…………当たったら確実に骨折するよね? うわぁ、どんな膂力してたんだ?


 剣だけでなくバルガーも目で追えなくなって来たのでとりあえず「風の付与エンチャント」。ついでに「光の加護エンチャント」も追加する。これで暫くは何とかなるかな。なると良いな……。と思ったら炎槍が飛んで来たんだけど!? 舌の根も乾かぬうちにこれかよ!

 大剣の方も何か炎をまとっているみたいだし……。何、今度は魔法も追加すんの? 剣術だけでも結構大変なのに? 馬鹿なの?


「おらおらおらぁっ! どうだユート!」

「あのっ、ですねっ! 魔法もっ、加えるとかっ、馬鹿ですかっ!?」


 即座に「濡れ翅」と「水の付与」を使用。火魔法はこの二つで大抵何とかなる。ステラが良く使うので対策自体は既にあるのだ。だけどね、魔法の四重複使用、スキル同時使用……もうね、魔力があり得な位の早さで減ってるのよ。この調子だと持って……十分も無い。

 ……今まで色々立て込んでたし、使うとなったらぶっつけ本番だけど行けるか? まぁ、うん。丁度いい実験台だし? やってみようか“愚者”。まだプレッシャーが解けないので、時間を保つにはこれが最善策だ。


 “愚者”の能力を使う事を強くイメージすると早速効果が表れた。徐々にだが確実に魔力が回復しているのが分かる。超精密操作だけじゃ、魔力消費に対応出来なくなっていた。これは凄く助かる。よって、魔力残量面は解決。

 次に今まで紙一重で躱せていた攻撃が一瞬だけ見えるようになった。感知スキルと組み合わせる事で多少の余裕が持てる。あと、魔法も含めた攻撃が当たりにくくなっている。

 ……素晴らしい。使えるなぁ“愚者”。まぁ、全体的な疲労度がスキルオンリーの場合の五割増し以上で蓄積していってるんだけど。ちょくちょく、「疲労消し」を使ってるんだけど減ってる実感が持てないんだよねぇ~。これ以上使うと魔力が危なくなるので「疲労消し」はもう使えない。さぁ、どこまでこの疲労に耐えれるんだろうか……


「ユート、お前スゲェな! 七割近く出してんのに、ここまで耐えきったのはそんなにいねぇぞ!」

「ははは……あり、がとう、ございます……」


 やべぇ。身体が滅茶苦茶だるい。過去最高だよこんな疲労感。“愚者”ってプラスもデカいけどマイナスも相当デカいんだな。って、普通に考えれば当然リスクくらいあるよな。これなら寧ろ低いか。

 その時受付嬢さんはあと十五分、と言っていた。あ、ようやく半分ですか? この調子じゃあ、あと五分も持たないなぁ。あはははは……。


 最終的にバルガーを見ると物凄い良い視線をくれた。とても楽しそうだ。さっきもそんなにいないって言ってたし、相当嬉しいんだろうなぁ。俺としては今回限りにして欲しい。こんなに疲れるのは一度で十分だ。


「じゃあ、ユート。次からは本気で行くからな」

「……マジかよ。こっちはあと数分なのに……」


 残り十五分と聞いたバルガ―が本気で来ると言った。うわぁ、マジかー、俺の限界はすぐそこなんだけどなぁー(棒)。

 バルガーの本気を出せたのは良かったけど……どれくらい持つかなぁ。三分も持てば良いよね? 終わったら意識は失わなくても指一本も動かせなくなりそうだけど……。あ、プレッシャーが減った。大分満足してくれているみたいだ。


 実の所、俺はバルガーが本気を出しかとどうかは分からない。だが、さっきよりも明らかに本気を出しているのは分かる。まず、大剣が目に見えて赤い。それだけ炎を纏っているという事。それになんか雰囲気が少し変わった。野性的な意味で。


「!」

「っ!?」


 真っ直ぐ突撃したと思ったらもう既に一振り目。何とか身体を捻って躱したけど折り返す様に二振り目。その直ぐに三つ目の突きが飛んで来た。と同時に殴って来る。

 二振り目は上半身を逸らして回避。突きは槍の穂先の部分でずらす。最後は捌き切れないので左腕でカバー。そして、殴られると一緒に後ろに下がって衝撃減少。……十メートルは吹っ飛んだぞ!? 左腕も折れては無いけど結構な重傷だ。


 現状を確認する途中でバルガーが追撃してくる。今度は回転しながら斬りかかって来た。その回転力を利用しながら、片脚を軸にして蹴って来て、最後には二振り目が。……どんな体術だよ。わけ分らん。

 二つ目以降は「朧月」で認識をずらす事で全て回避。ちょ、ちょっと待って。今までの何倍もペースが速いんだけど! 能力をほぼフル活用して何とかいなせるとかどんだけ強いの!? これでもデモンズと合わせて四体のゴブリンをいなしきった事あるんだけど!?


 今思った事と言えば……俯瞰全視、感知、“愚者”どれか一つでも抜けてたら確実に終わりだわ。それも俯瞰全視と感知は八割以上出して、意識がぎりぎり保てるぐらいにしてようやくとか……色々通り越して尊敬を抱くよ。俺自身まだまだだけどさ。




 それから……体感としてどうだろう……十分くらい? 実際には数分程度(だと思うけど)防御で粘ったけどふっ飛ばされた。魔力も既に尽き欠け、意識もちょっと危ないし指一本動かせなくなったので受付嬢さんに「導き《リード》」で降参を伝える。最初ちょっと呆けてたけど。


「し、試合終了! 勝者、バルガー・エルドリッヒ!」


 受付嬢さんの声で模擬戦が終わり、バルガーの野性的な雰囲気が消えてこっちにやって来る。一拍おいて衆人の方からはとてもデカい歓声がなった。まず……煩い。こっちは意識保つのでやっとなんだから。頭に響くだろ? もう少し労わってくれても良いじゃないか。

 伝わったのか知らないが少ししてデカい歓声も消えたので良かったとしよう。プレッシャーも無事消えていた。はぁぁぁ、良かったぁ。


 そこで後ろの方からステラとミレナがやって来て二人掛かりで身体を起こしてくれる。今は指一本動きそうにないので支えてくれるのはありがたい。


「ユート。お前、普通に熟練クラスでやっていけるぞ」

「いやいや……それは無理だよ。あれは防御に全力を注いでたから出来たんだから。攻撃も一緒にしようと思ったら相当落ちるよ」

「まさに鉄壁ってやつか……なぁ、これからも付き合ってくれるか?」

「それは無理。意識が無くなる一歩手前だったし、短期間で疲れる事が頻発したんだ。暫くはやりたくないね」


 バルガーなら食い下がると思ったんだがあっさりと引き下がって、また機会があったら、と言うと模擬戦場を後にした。なんか……自由だなぁ。


 ……それにしてもステラとミレナが大人しい。何時もなら既に言葉責めへと移行してもおかしく無いのに。ミレナはともかく、ステラは成長してくれたのか? 気遣いが出来るという成長を。


「ステラ、ミレナ?」


 反応がない。…………もしかしなくても成長とかはしてないみたいだ。だって、嫌な予感が凄くしてるし。何故なら二人の反応がない時は余裕が無いくらいに切羽詰まってるか、もしくは何かを我慢しているかのどちらかだ。主に嫌な予感がするのは後者の方である。

 そして、今までの経験上何かを我慢しているのが分かる。


 バルガーが去ってから数分後。静かに、無言でステラとミレナが動く。場所を移動して左右から包み込むように抱き締めて来る。労わってくれるのは良いんだが、頬ずりをしながら吐く息はとても熱っぽい。最後にこちらへ向ける視線がとても湿っているのが見なくても分かった。


『祐人君……』

「お兄ちゃん……」


 これ二人とも発情してんるんじゃね? ……待て待て。ステラは十歳だぞ。流石に早すぎるだろ。ミレナの方は……うん。経験あるし。間違いない。発情してやがる。

 衆人がいた方向を見ると何人かの男性がある意味で立てなくなっているようだ。


 二人の耳に掛かる吐息が熱い熱い。リュートさん達を見るとミアさんがリュートさんをつかまえたままじっとこちらを見ていた。……助ける気はないようだ。いや、寧ろこの先を促している様に見える。親として止めようとは思わなかったのかなぁ……。


 ……よし。段々、身体を動かせるようになって来たぞ。動かせるのは腕だけだけど今の状況を打破するにはそれで十分だ。

 結構強めのチョップを二人にお見舞いする。両隣から「きゃん!?」と悲鳴が聞こえる。その時に支えがなくなったのか、後ろに倒れていくが風魔法で衝撃は完全に消しているので全く問題は無い。


「……二人とも何しようとしてた?」

「それは……」

「あ、言わなくていいよ。発情してたのは知ってるから」

「「っ!!??」」


 二人とも即座に顔を真っ赤にする。意味は異なって来るけど……。ステラは視線の先にリュートさん達がいたから。ミレナは自分の状況を把握した上で。

 その後、冷静になったのか周りを見渡して再度赤くなった。自覚してくれたようで何より。このまま衆人監視の元、襲われるとかどんな黒歴史かと思ったし。もし、二人がそこまでの分別が無かったら危なかったけど。ミアさんはちょっと不服そうだった。おい。


 十分程経ち、ステラとミレナがいつも通りになった所で発情をした理由を聞いてみた。これからそうならない様に抑えないと危険だ。俺的にも、二人的にも、第三者としても。

 ちなみに俺も胡坐をかくくらいには回復した。


「……で、発情した原因は?」

「戦う姿がカッコよくて……」

「つい、昂っちゃって……」


 バルガーとの模擬戦を思い出しているのか恍惚とした表情になったのですかさずチョップ。直ぐに現実に戻って貰う。

 ミレナはともかく、ステラがそうなった直接的な原因は……ミアさんだろう。あの人、昨日のリュートさんを見て今日の二人見たいな恍惚とした表情を浮かべてたし。思うんだけどミアさんって……色んな所に仕掛けてるよね。流石にこれはリュートさんに同情しそうだ。ずっとこんな感じの事を経験してきてるんだから……。






 十全とはいかないまでも歩けるくらいには回復したので俺たちも模擬戦場を後にする。俺たちが帰るまで受付嬢さんはずっと待ってくれていたのでお礼に金貨を一枚渡しておいた。


 さて、ギルドを出て大きな通りに出た訳だが目指すは〈憩いの緑鳥〉。理由は明白。俺が相当疲れてるからだ。さっき能力値を見てみたんだが、体力が五十も回復してなかった。体感的に魔力も十分の一でも回復してればいい方だろう。能力は四も上がっていたので結果的には良かったが。


 宿に戻ったら部屋の鍵を受け取る。で、部屋に入って服を着替えたらベットへダイブ。汗は魔法で解決済み。あぁ、横になると眠くなって来た……。ステラとミレナには俺へ何もしない様に言うつもりだったけど…………


 ―――――――


 ユートが寝たのを確認したステラとミレナはゆっくりとユートに近づいて行く。二人は別にユートを襲おうだなんて考えてない。何せ、先ほどの醜態しゅうたい、思い出すだけで恥ずかしくなるからだ。現に今も少し思い出して顔を羞恥に染めている。

 では、何故近づいたのか? それはユートの寝顔を見る為である。ステラはミアから聞いて、ミレナは『未来』の時に知っている。ステラもユートが三日間寝続けていた時に実際に見てみて病みつきになったそうだ。

 何でもユートの無防備な状態を見ているのが楽しいそう。二人は特に何も言わずにずっとユートの寝顔を見続けていた。


 ―――――――


 ……ん。良く寝た。身体も大分軽くなった来たし、疲労自体は明日にでもなくなっているだろう。起きてから腕に重みを感じ、見るとステラとミレナが丸くなって寝ていた。動物みたいだ。

 外は陽が沈んでいく途中だった。宿に帰って来たのは昼を少し過ぎた辺りだったので数時間は眠っていた様だ。意外とと寝てたな。


 ステラたちをもうちょっと寝かせておいてその間にゆっくりと見てみよう。寝る前はどれだけ体力が回復してるか、しか見てなかったし。『展開ステータス


――――――――――――――――――――――――――――

『ユート(四ヶ谷祐人) 男 十歳 能力‐30

 9 愚者【再使用可能まで20時間32分】

【体力】‐256/433

【力】‐228

【耐久】‐324(+30)

【敏捷】‐402

【魔力】‐1174

【精神】‐1005(+50)

【スキル】‐超精密操作、俯瞰全視、高速多考、超感覚、槍術、交渉、家事、自己補修、魔力制御、魔力回復

【魔法】‐水属性、光属性、風魔法』

――――――――――――――――――――――――――――


「おぉ……!」


 ようやく魔力回復系のスキルが来た! 自己補修セルフリペアと合わせればもっと有利に事が運べる。ステラたちみたいに攻撃も防御も出来る、とかそんな器用な事は出来ない。だが、これがあれば少しは上達する……よな?

 で、感知が超感覚に変わってるって事は……マスターしたのか。ここまで来ると何年もかけてマスターするスキルをこの短期間で四つもある事に申し訳なさを感じて来るな……。ま、感傷に浸ってないで効果を見よう。他の三つも色々と上がってたし。


 超感覚‐五感が物凄く研ぎ澄まされ、相手の動きから多少は行動を予測できる。また、反射速度が更に上昇した事で意識外からの攻撃にも対応する事が可能。


 お、おう。めっちゃ強力になってる。これからに使えそうだな。最後に、と言っちゃあ何だがようやく俺も数値が四桁に届いた。ちょっとここまで急ぎ過ぎている気がしなくも無いので少しペースを落として行こうか。時間はたっぷりあるんだし。

 それと……“愚者”って、また使えるようになるまで時間が掛かるんだな。まぁ、あの能力は結構強力だし、それくらいは当然か。……切り札として考えておこう。


 確認も終えたしそろそろ二人を起こそうかと振り返るとすっごい幸せそうに寝ている二人を見て何故かほっこりしている自分がいた。……何だかなぁ。







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