第14話 ……今日は色々あるなぁ(後編)

 俺と未来が抱き合っているのを確認したステラが頭を抱えて恐慌状態に入ったので何とか宥め、今は全員で輪を囲んで座っている。当然と言った感じで俺の両隣にはステラと未来が座っている。

 ステラはさっきのが残っているのか震えていて、未来は懐かしさとこれ以上ないほどの熱を孕んだ視線を送って来ていた。


「じゃあ、自己紹介するね。私はミレナ。ミレナ・アルトネア。よろしくねステラちゃん」

「……ステラ」


 ずいっと身を乗り出して俺越しに未来はステラに挨拶するが、完全に不貞腐れているステラは棘を感じさせる。それに渡さない! とばかりにぎゅっと俺の腕を掴んでいる。逆に未来は指を絡めて来るだけで余裕が感じられた。そして、俺は針のむしろ(主に両側から)。


 俺にはニッコリ笑うだけで挨拶は不要らしく、握っている指を軽くにぎにぎしている。そんな未来……もといミレナはこの世界でもその美少女っぷりを遺憾なく見せていた。

 ステラより少し短いであろう白銀の髪に深い蒼の目、全体的にちょっと幼さがあるが前世の未来を彷彿ほうふつとさせる。控えめに言っても美少女なんだが、俺個人としてはやはり懐かしさが強く出る。


「やぁ、久しぶりだねユートくん。歓迎するよ」

「…………歓迎するならこの状況をどうにかしてくれません?」

「それは難しい相談だね。この面白……ミレナの願いがやっと叶ったんだ。それを止めるつもりは無いよ」


 今完全に面白そうだって言いかけたよね? 視線でそう問い掛けるとコクリと頷いた。

 この伯爵家の長男で以前に会ったあの青年、ルーカス・アルトネアの性格と言うか人物と言うか……何となく分かった気がする。伯爵の血を濃く受け継いだみたい。非常に残念だ。


 取り敢えず一度、全て置いて全員の紹介に移させる。……それさえ終わればまた再開しそうだけど。


「改めて言うと俺はルーカス。伯爵家の長男で一応、次期領主だけどそれは弟たちに任せるつもりだから。よろしくね、ユートくん、ステラちゃん」

「やっぱり、僕たちの事は……」

「フォーハイム夫妻にそれは詳しく。当然二年前の事も、ね?」


 むしろ知ってる側だろ…………はぁ。全く、あの二人は一体どこまで根回しをするつもりだったのか。……まぁ、良いや。気にしてもどうにもならん。次だ次。


「俺はシュルトだ。二人の話は兄さんからよく聞いてる。初めて見た時は恋人かと思った」


 次男のシュルトは無愛想だけどルーカスと話が合うそうだし同類だろう。それで次が三男とういう訳だが……何か見覚えがあるんだよなぁ。忘れたけど。


「久しぶりだなユート、ステラ。あの時はいきなりけしかけて悪かった」

「えぇ~と……誰だっけ?」

「ルドラスだ! ル・ド・ラ・ス! 何で覚えてないんだよ!」


 あぁ、そうだった。ルドラス君だった。あの時は良い練習にはなったんだけど面倒だったから覚える気が無かったんだよなぁ。


 ちなみに最後の一人はカンナ・アルトネア。長女らしいが今はフーラ君に夢中で説明はルーカスから聞いた。ルーカスより三歳下でいつもは聡明なんだが、フーラの様な年下が大好きだそうだ。

 所謂……らしいが、思うだけでも凄い勢いで詰め寄られるそうで小声で教えてくれた。


 さて、これで全員が紹介を終えたんだがこの間、王女様はずっとスルーされていた。気丈かつ冷静に何もない様に振る舞う姿は正に王女。凄いと誉め言葉を一つでも送ろうものならステラがまた恐慌状態になり、後でミアさんから何を言われるか分からないので何も言えない。例えちょっと涙目であったとしても。

 ルーカスとシュルトは王女の様子を眺め、いつ俺が行動を起こすか楽しみにしている。貴様らの目を潰してやろうか?


「これからは自由時間にしよう。お互いの親交を深めようって事で」


 ルーカスがそう言うとステラが直ぐにミレナと王女を睨みつけた。行動を起こすのが早いね、ステラ。それと見るからにまた犬化しそうなんだけど。

 三人兄弟は面白そうに、ミレナは(当事者なんだが)暖かく見守り、王女は睨まれて一瞬ビクッとなったが何とかミレナと同じ様に見守っている。

 長女は未だにフーラ君に夢中だ。そういうフーラ君は上手い具合に長女の相手をしながら行く末を見ている。


「うぅ~」

「はいはい、落ち着いて」

「……っ。…………お兄ちゃ~ん」


 落ち着いたステラは周りを見渡し、涙目になりながら今度は駄々っ子になる。いきなり敵が二人も現れ、しかも一人は俺が好意的だから情緒不安定になってしまったのだろう。

 ……自分で言ってて酷いな。


 ついこの前までは明るさが魅力的であったステラはここ最近、情緒不安定な事が多い。……基本的な原因が全部俺なんだけど……どうしよう?


『ねぇ、祐人君?』

『ん?』

『ステラちゃんをしっかりフォローしなさい』


 生返事で返すとペシッと頭を叩かれた。その後方法が分からないと返すと、ミレナは任せて! と胸を張った。ついでにちょっと責められた。……まぁ、これが今日で最悪の判断になるんだが……。


「ステラちゃん。ユートくんに何かして欲しい事はある?」

「……私が一番だって証拠が欲しい」

「具体的にはどんな?」

「……キス。ママが言ってたもん。『キスは最愛の人にしかしちゃダメ』って。だから、お兄ちゃんからその証拠が欲しいの」


 ミレナに聞かれて最初は渋々ながら答えたステラは後半になると顔を赤くして照れながらこちらをチラチラと見て来た。ミレナの方もチラチラと見ている。……話の流れがおかしい。

 思わず視線を逸らすと余計に笑みを深めたルーカスとシュルトが。二人の視線からは早く! 早く! と急かす様に先を促す。

 王女の方は既に涙目なのだが未だにスルーされている。そして、フーラ君だけが色んな意味で心配そうな顔をしていた。俺と王女に。


「他にお願いとかはある?」

「……撫でて貰いながら、抱き締めて貰いながらして欲しい」

「だって」

「……どう反応しろと」


 ステラは懇願するような表情でこちらに訴え続ける。ミレナの方はニッコリと微笑みながらこちらを見ている。……この光景、どっかで見た事あるような……はっはっはっ。何て既視感。なぁ、ミレナ?


「するか、受け入れるか。どっちにするユートくん?」

「それ……はいかイエスか、って事だよね? どっちをとっても同じ結果にしかならないんだけど」

「それで?」


 こっちの無言の訴えを無視して詰め寄る。……またこれだ。従う必要はないのに何故か否定できない。何故か突っぱねることが出来ない。……ホント、なんで出来ないんだろう?

 外野は早く早くとうるさいのでもう無視だ。気にしてたら精神的に参る。ただでさえ、今のステラとミレナの二人でも手を焼くと言うのに。


 答えるよりも先にミレナは手を離し、ステラの方へ俺の体を向ける。ミレナ的にも早くしろという事らしい。俺は一言も答えて無いんですけどね。

 肝心のステラは凄い不安な顔をしている。具体的には自分は捨てられるのか、と。俺としてはそんなつもりは無いんだが……伝えても余計に悪化させてしまった。具体的には震えが大きくなった。後ろからはバシバシと(意外に)容赦なく叩かれている。

 このまま逃がしてはくれ無さそうだ。いや、ミアさん達が来れば一時的には逃げられるだろうけど、絶対後でもっと面倒ごとになっていそうだし…………否定する以前にその選択肢も無いんだった。逃げるなんて今日に限って希望的観測だった。


 前にはステラ、後ろにはミレナ。外野は今の光景を楽しんでいる。例えて言うなら、前門の虎、後門の狼プラス四面楚歌か。手詰まりだろうか。


「ねぇ、ユートくん。今すぐにミアさん達に報告してきてもいいかな?」

「よし分かった。今やる、すぐやるからそれだけは勘弁して下さい」


 取り敢えず、煩い二人を光魔法で一時的に目を潰して大佐になって貰い、ルドラス君には後ろを向いてて貰う。残りは大丈夫だろうから放置で。

 ステラの方へ向き直すとその目の奥からキラキラしたものが。……まさか、嵌められた? ……そうじゃないと信じたい……なぁ。


 取り敢えず頭を撫でてみる。ステラは気持ち良さそうに目を細めた。次にゆっくりと抱き締めながら撫でる部分を後頭部へ移行。いつもは腕を回して来るのに今はなすがままとなっている。

 ついでにあの二人に追加で光魔法(それも威力はマシマシで)で黙らせておく。予想通り回復しかけていたので再び大佐に戻って行った。


「本当に……良いのか?」


 小声でそう問い掛けるとステラは腕の中でコクンと頷く。躊躇いの無さにこっちが逆に躊躇いそうなんだが……後ろからはプレッシャーが強く、一番の問題である二人がいつ元に戻るか分かったもんじゃない。

 撫でていた手をステラの頬に触れ、持ち上げる。準備万端とでも言いたいのか既に目は閉じられていた。顔は真っ赤なんだが。

 俺も真っ赤なのが自覚できる。何せ、ミレナに続き二回目だ。経験自体が少ないんだから緊張しない訳がないだろう。二回の経験とも強制的に場を設けられたとしても、だ。それに俺は小心者ですし?


 ちらりと感じた方へ視線を向けるとルーカスとシュルトがもう回復しかけていた。俺がもう一度仕掛けようとした時、目の前に炎が現れて視界を塞いだ。


「……早く」


 後ろからミレナがそう言う。あの炎はミレナの仕業らしい。面白好き兄弟は揃って面白い事になっていた。


 視線を戻すとステラがすっごい濡れた目でこちらを見ていた。色っぽい。物凄く色っぽい。流石ミアさんの娘だ。とても十歳とは思えない。今のミレナはもっと凄そうだが。

 合図として一度頬を撫でるとステラは直ぐに目を閉じて唇を突き出して来る。


 俺もゆっくり顔近づけていって…………触れる。


「んっ……」


 ステラは吐息を少し漏らす。そこからステラ的にはゆっくりな速度で、だが俺的には結構な速さで両手が俺の首の所まで動いた。感慨に耽る時間も無いなっ。

 離そうと思ったがもう遅かった。顔が一ミリも動かない。……俺が動こうとするとより強くされるので最初の数回でもう諦めた。

 その後、何度か声を漏らしつつ、満足したらしいステラはようやく離れた。俺としては何分もしているように感じたんだが、実際はそれ程経ってないんだろう、どうせ。

 確信犯はステラは表情をトロトロにさせて、幸せそうだ。


「にへへぇ~」

「おいこら。ここまでやっていいとは言って無いぞ」

「そこまで気にしなくても良いじゃない。それともミアさんに言って欲しかったの?」

「いえ、大変嬉しゅう御座います」


 よろしいとステラの後ろに移動したミレナは頷く。前回よりもレベルアップしてやがる。そんなミレナは再びとんでもない事を口にした。


「じゃあ、次は私ね? 良いでしょ、ステラちゃん?」

「……良いよ。約束だし」


 約束? やっぱり嵌められ―――っ!


 口に出すよりも早くミレナが行動して文字通り襲われた。押し倒され、マウントポジションを取られる。

 まぁ、逃げられるだろうと高を括ったのが悪かったのか、今来て欲しくない人たちが来てしまった。


「ステラちゃん、ユートくん帰る――――あら」

「ほぅ。我が娘にも手を出すのかな?」


 扉を開けて入って来たのはミアさん、リュートさん、伯爵の三人だ。順番に興味深そう、無言、ちょっと険しい顔つきでご登場なされた。だが、全員に共通しているのは瞳の奥に悪戯いたずらの感情が見えたのが問題だ。

 控えめに言って最悪である。こうならない為になるべく早く行動したと言うのに……しかも、伯爵令嬢に手を出す(実際は逆なんだけど)とか、俺どうなるの? 伯爵に取り繕った所で一笑されるのは目に見えている。どう足掻いても最悪の未来しか見えない。


「いやっ。あの、これは違うんです」

「何が違うのかね?」

「お嬢様が襲ってきたのであって、僕が襲ったのでは……」

「なるほど。アルトネア伯爵家は娘に礼儀も教えないような家だという認識でよろしいかな? もしそうなら是非、ユートくんにご教授願いたい」


 この伯爵……状況を楽しんでやがる。証拠に口元が少し上がってるし。それに何となく黒幕も分かったぞ、ミアさん。抗議の視線を向けても一切の動揺が無い。


「……いえ、僕が原因です。どう償えばよろしいでしょうか?」

「そうだな……ミレナは嫁にはもう出せないだろうし、君が貰ってくれるという事で手を打とう」

「あ、はい。それで良いのなら……良いんですか?」

「うむ。娘の幸せが第一だ。言質も取ってあるので伯爵の権限で取り消しは不可能だからな」


 処刑とかじゃなくて良かっ……ちょっと、待て。何かがおかしい。嫁……貰う……はっ! 


 それに気付いたようにミアさんは頷いた。あぁ、嵌められたんですね。分かります。ちなみに逃げるのは? ……無理ですか、そうですか。……はぁ。

 ここで権力乱用と言おうものなら何があるのか……想像するだけで怖いので追及はしない。追及したところで勝てるわけないし。躱されるのがオチだ。


「ミレナちゃん。今回は諦めてちょうだい。私たちも王都へ向かう準備をする必要があるのよ。機会はこれからもたくさんあるんだから」

「分かっています、お義母様。婚約者になる事が今回の目的なのです。それ以上は欲張りと言うものですよ」


 ミアさんだけじゃない、ミレナもか。一体、いつ計画したんだか。そして、呼び方が変わってる。お義母様って……。

 その話はまた次回と言う雰囲気になり、俺たちは伯爵の屋敷を後にした。……問題は来る前よりもかなり増えたんだけど。


 ちなみにこの間、やはり王女は空気だった。ちょっと不憫に思いましたマル。







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