第11話 ……シリアスブレイク

 ……えぇ~と、何があったっけ? あぁ、そうだ。ステラに頭突きされて気絶したんだった。起きて速攻に気絶とは何とも締まらないが……まぁ、気にしない様にしよう。そうしよう。


「……なんてこった」

「起きたようね。おはよう、ユートくん?」

「……おはよう母さん。それとステラはどこ?」

「……(ニコニコ)」


 目を開けるとニコニコ笑顔のミアさんとちょっと苦い顔をしたリュートさんがこちらを見ていた。軽くミアさんと挨拶を交わし、ミアさんの指さす方向を見る。そこは丁度俺のお腹辺りでステラはそこで安心した様にに眠っている。目の下には隈があって、気絶する前に見た物は間違いじゃないらしい。よく見ると目尻が赤い。


「……ユートくんねぇ、三日間も寝てたのよ? ステラちゃんはその間ずっと寝ずに看病してたわ」

「三日……寝ずに……」


 三日も寝てたのか……それだけ身体に負担がかかっていたんだな。それにステラはその間ずっと看病してたのか。目の下の隈と今寝てるのはそういう理由ワケね。後でお礼はするとして……今はこれで我慢してもらおう。

 本当にずっと看病してくれたのだろう少しボサボサな髪を整える様にくとステラはくすぐったそうに体を震わせて弛緩した。表情からも大分リラックスしているのが分かる。


 梳く手は止めずにミアさん達へ視線を戻すと変わらずに笑顔のミアさん。ただ、その笑顔はさっきのとは打って変わって、とてもいい笑顔だった。


「そうよ。泣きそうな顔で凄く心配しながらね。私たちが変わろうとしても頑として譲らなかったわ。あんな思いはもう嫌だってね」

「へぇ~」

「あと、何だったかしら……誰かさんから『大事な人』だって言われたそうよ? ……一体誰なんでしょうね?」


 ……正確には「大切な」だが、それを言う必要は無いだろう。そもそも言ったらそれを認める事になるし。それ以前に確信しているようなので何を言っても無駄だろう。藪蛇はつつかない事が賢明だ。


「まぁ、お話はこれまでにしましょう。ユートくんも疲れてるだろうし、ステラちゃんも寝てるからね。残りはまた明日にしましょうか」


 休ませてくれるのはありがたいんだが……要は追及は明日する、っていう事なんだろうなぁ。ついでに事後処理の話とかがありそうだ。まぁ、俺はそんな大した事はしてないんだけど。

 ミアさんとリュートさんは主にお邪魔しました的な感じで部屋を退出していった。残ったのは俺とぐっすり眠っているステラだ。

 すっかり覚めてしまった俺は取り敢えず布団の上からくっ付いているステラを剥がせた。大抵は離れようとしないんだが……余程疲れていたのか、それとも何か心境の変化があったのか。ともかく、布団の中でぐっすりだ。それも俺が布団に入ると計った様にくっ付いて来たが。


「まぁ……良いか」


 俺も布団に入るとステラは抱き着く位置を右腕に変える。昔からこんな感じだ。いつも起きてるんじゃないかって言うくらいに動くのでちょっと辟易していたんだが……今回はしょうがない。

 時間はあるし、眠くなるまで見てみるか。……『展開ステータス


――――――――――――――――――――――――――――

『ユート(四ヶ谷祐人) 男 十歳 能力‐26

 9 愚者

【体力】‐354/365

【力】‐194

【耐久】‐214(+30)

【敏捷】‐287

【魔力】‐934

【精神】‐705(+50)

【スキル】‐超精密操作、俯瞰全視、高速多考、感知、槍術、交渉、家事、自己補修セルフリペア

【魔法】‐水属性、光属性、風魔法』

――――――――――――――――――――――――――――


 そう言えば才能の部分は何も見てなかったな。どんな効果があるんだ? 少なくとも耐久と精神の後ろにあるプラス数値は9の効果だろう。

 その文字を強く意識すれば詳しく見ることが出来た。


 9(才能)-客観的に物事を視る事が可能。能力値が少し上昇。


 愚者(才能)‐敵からの攻撃が当たりにくくなる。体力と魔力の回復速度が上昇。時々、数秒先の未来が見える。


 ……なるほど。9のお陰で俯瞰視のスキルが使えるようになったのかもしれない。そこから派生して高速思考とか感知とかかな。

 愚者の方はこれからどう理解すればいいか。今のところ、大方の予想はつくけどどこまでかは分からないし。……取得条件とかは分からないのか。分かったら知らないなんて事は無いか。

 次はスキル、と。


 超精密操作‐魔力を精密操作以上に効率よく出来る。魔力の回復速度が上昇する。精密操作をマスターする事で取得可能。


 俯瞰全視‐上空からの視覚情報を細部まで見れる。また、何処に誰がいるのかが分かりやすくなる。俯瞰視をマスターする事で取得可能。


 高速多考‐複数の事を高速かつ同時に処理できる。そして、脳への負荷が軽減される。高速思考をマスターする事で取得可能。


 感知‐死角からの攻撃を感じ取る事が可能。反射速度が上昇。


 槍術‐槍系統の武器が扱いやすくなる。


 交渉‐交渉時において少し有利になる。


 家事‐家事を行う際の効率が上昇。体力が多少減りにくい。


 自己補修‐細胞が活性化し、傷の治りが早くなる。また、体力の回復速度が上昇。ただし、傷が深いほど回復の際に多くの体力を消費する。


 自己補修のお陰で最後に黒ゴブリンから受けた傷がかなり治っていたのか。流石に三日でここまでは早すぎだと思ったんだよ。

 それと超精密操作、俯瞰全視、高速多考はスキルマスターした状態なのね。使えるスキルではあるけど同時に全力で使うのは暫く止めておこう。緊急事態の時は別にして。


「痛っ。……まだちょっとキツイか。もう少し休んだら復活かな」


 実戦直後に比べると大分痛みは減ってるし、完全に引くまで後一、二日くらいだな。また眠くなった来たしそろそろ寝よう。






 ぺたぺたぺた、ぺたぺた。ぺち、ぺちぺち。

 ……誰だよ、頬を叩くのは。って、ステラしかいないよな。ミアさんなら起きるまで待ってるだろうし、リュートさんはそれ以前にいない。そもそもこんな起こし方をするのはステラぐらいだ。

 いい加減ぺちぺち煩いので目を開けると目の前には二つの瑠璃色の瞳が心配そうにこちらを見ている。目が合うと少し見開いた。


「……大丈夫?」

「大丈夫だよ。まだちょっと頭が痛かったり、身体が怠いけど」


 軽く頬を撫でるとステラは全身でそれを感じる様に目を伏せた。外を見てみると真っ暗だ。月や星の明かりがほんの少しだけ周囲を明るくしている。


「あの、ね……ごめんなさい」


 体を起こして対面に向かい合って最初にステラはそう言った。何を……って、今回の事だよな。ステラが謝るような事あったっけ?


「ステラは何か謝るような事をした?」

「その……お兄ちゃんが外に出て行く時、私も一緒に出て行ってあげられなかった。怖くて、震えてて……一緒に行ってあげられたら、お兄ちゃんもこんなにならなかったのに……。たくさん迷惑もかけちゃった」


 ……つまり、間接的に俺が三日寝込んで、身体もボロボロなのは自分のせい、って事か? それは究極的に自分のせいで今回の事が起こったとも言えるぞ。……普通は思い上がりも甚だしいんだが、ステラだからなぁ。一緒に行ってたら寝込む事も無かっただろうし。

 どちらにせよ、思い違いをしてる事だけは確かだ。ステラが不安になってたのは知ってる。だが、俺の今の状態は俺の行動した結果であって、そこにステラが這い込む余地はない。と言うか、今の言葉は俺を侮辱ぶじょくする事と捉えられるんだが……如何だろうか?

 あくまで俺がそう思っただけなのだが。ちょっとステラが傲慢になっている所があるのは否めない(主観)。


「……一つ聞いて良いか? それはステラのせいで俺が傷ついたって事なのか?」

「そ、それは……」

「もしそうならそれは違う。俺の今の状態は俺が行動した結果だ。ステラがとやかく言う資格は無いよ」

「で、でも」

「あぁ。確かにステラが居てくれたら俺は気絶して寝込むこともここまで傷つくことも無かった。だけど、もう過ぎた事だ。たらればは意味がない。だから、ステラが気負う事なんて無いんだ。それに今の泣き顔よりも笑った顔の方が俺は好きだな」


 指で涙を拭うと無理やり感はあるがステラは笑みを浮かべ、頬を染めた。やっぱりステラは笑っている方が可愛い。ステラの魅力は笑顔だしな。……口説いてる訳じゃないぞ。

 他にも言いたい事は沢山あるんだが……一先ずはこれで良いだろう。今のステラを追い込みすぎるのは良い事じゃないし。それよりは――


「まぁ、でも、まずは看病してくれてありがとうな。それにステラもお疲れ様」

「あ……うん」


 お礼代わりにと言っちゃあ何だが、優しく抱き締める。ステラも抱き返して来て、少しそのまま。本当は最初に感謝を伝えるつもりだったんだけどなぁ。ステラは三日も俺の為に時間を割いてくれたんだし。

 暫くステラは頭をぐりぐりと押し付けて甘えて来たんだが、急に離れて瞳をウルウルさせながら上目遣いでこちらを見た。


「あのね、いきなりだと思うんだけど……お返事は?」

「返事? ……あぁ、確かにいきなりだよな」

「ごめんなさい……」


 申し訳なさそうに俯くので少し乱暴に撫でる。するといつもならはしゃいだりしするのに今は耳まで真っ赤にして違う意味で俯いていた。……茶化すような雰囲気じゃないか。

 謝って以降、一言も口に出さないでずっと待っている。撫でていた手を離すとステラはゆっくりと顔を上げ、真っ赤な顔で告白の返事を待っているような表情をしていた。告白じゃなくて求婚だけどなー。


 あのパーティじゃないからか、然程緊張もしてないし、良く落ち着いている。だから、よくよく考えてみると……断れないんだよなぁ。既に求婚は一度受けた訳で、証人に二人ほどいる訳で。そもそも俺もステラが嫌いという訳じゃないし。それに将来、絆されないとも言い切れん。ステラの場合は諦めないと言う意味で、俺の場合は流されると言う意味で。

 そして、こんな状況をミアさんが逃すはずもなく……やっぱり分かりやすいように部屋の外でスタンバイしていやがった。


「……はぁ、良いよ。ただし、今は婚約だけどな」

「…………え? 良いの?」

「どうせ逃げられないし。と言うか、ステラは断って欲しかったのか? 何だったら断っても良いけど」

「う、ううん。受けて欲しかったし、すっごく嬉しいんだけど……本当に受けてくれるって思わなかったから」


 俺の返答に物凄く慌てているステラは面白かった。顔と手をぶんぶん横に振って、表情は嬉しさとか疑問、混乱で混沌としていて、でも口元はにやけている。何と言うか……一人百面相みたいだった。

 見続けてても一向に終わる気配が無いので軽く肩を叩く。するとステラはビクッ!? と肩大きく震わせ、俺を見て自分を見てそれから顔を今まで以上に真っ赤にさせて速攻で後ろを向いた。

 ……こんな状態のステラ初めてだ。一体彼女自身に何があったのか。別に詳しく知りたいわけじゃないけど。


「……でも、何で婚約なの?」

「その前に……母さん、何時までも隠れてないで出てきたら?」

「うふふ、バレちゃった」

「ママッ!? 何で……」


 俺が婚約を受け入れた時から物凄い呼んで呼んでオーラを撒き散らしていたミアさん。だが、さも普通に盗み聞きしていました、とした感じでやって来た。……盗み聞きは良くないんだけど。

 あそこまで強く主張してたら普通は気付くと思ったんだが、ステラは目の前の事に手一杯で気付かなかった様だ。目を見開いて固まっている。


「ユートくん。私も気になっているんだけど……どうして婚約なの?」


 ステラが固まっている事はスルーする事にしたらしい。自分の娘でしかも自分が原因なのに放置は如何なものかと。取り敢えずステラは両肩を揺らして元に戻した。


「理由は色々あるんだけど……やっぱり、僕がステラを妹としてしか見れないからかな。母さんには前に言ったけど、ステラは妹してしか見れない。でも、僕が絆されないとも限らない。だから、約束はするけど反故にする事も出来る婚約にしたんだ」

「その色々な理由は……言えない?」

「まだ、踏ん切りがつかないかな。でも、いつかは言えると思う」

「じゃあ、それを私たちが受け入れたら?」

「正確にはそれを踏まえた上で僕の気持ちが変わったら、かな。それまでにステラの気持ちが冷めちゃうこともあり得るけど」


 さっきまでの笑顔は何処へやら。ステラは落ち込んだ様に俯いている。逆にミアさんは疑問の顔から笑顔に戻っている。何処にそんな要素があるのか……


「じゃあ、ユートくんを受け入れて、ユートくん自身の気持ちが変わって、ステラちゃんの気持ちも変わらなかったら?」

「その時は……僕から『求婚プロポーズ』させて貰うよ」


 俺の言葉にステラがピクッと反応する。そして、ミアさんが笑みを……深める!? まさか!

 いつの間にか、本当にいつの間にか周りは水と風で覆われていて、脱出できない様になっている。リュートさんも部屋の隅でスタンバイしていた。


 ……いくらミアさんでもこの状態を長く続けることは出来まい。魔力的に考えても数時間くらいか。いつもの様に脱出法を考えてしまうんだが、そこまでして今、勝負をつけたいんだろうか?


「私、思った事は直ぐに行動を起こすの」


 うん、知ってる。これまで何度も引っ掛かてるし。被害者も近くにいるし。


「だから、今ユートくんに言わせてあげる!」


 ちなみに水と風の結界はミアさんとリュートさんの友達が協力しているらしいので、最低でも丸一日は無理だそうだ。うーん、用意周到。何て言うか……諦めてしまいそうになるよ。リュートさんの気持ちがよく分かった気がする。

 リュートさんの方を見ると案の定、「同志を見つけた!」みたいな感じで頷いていて、思い出したように同情の視線を向けて来る。


 そして、今思ったんだが……最初の方はシリアスな感じだったのに、すっかり日常の感じに戻ってるんだけど。ここまでの自然なシリアスブレイク……流石ミアさんである。







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