第10話 カッコよく締めてみたいなぁ……
―――――リュートとミアの二人が家に戻ってくる少し前。
俺は風魔法の「凪」と水魔法の「泡沫」を使いながらまずは外にいる魔物達を観察する。窓越しに確認できる魔物は全部で四体。姿から恐らくゴブリンだと思う。でも、その中の一体だけ皮膚が黒い。他は暗い緑色だ
そう言えば魔物は強さに段階があって、皮膚の色なんかでスペックの高さが違うはずだ。普通に考えて黒い皮膚のゴブリンは強いんだろうな。
実際には見た事無いから分からないけど少なくとも戦うのは遠慮しよう。戦う事についてはリュートさんに任せておけば大丈夫だろう。疲れてるだろうけど。
観察自体は続けているけど気付いてる様子はない。と言うかよく考えるとアイツら、何の目的でここに来たんだ?
魔物の大行進は増え過ぎた魔物が獲物を求めてやって来るってミアさんは言ってたし、そうなら手当たり次第に襲うはずだ。だけど、このゴブリン達は何か話しながら家を確認してる。今回の事件以前に魔物としては考えられない。
……一応、家自体にも展開していた方が良いかも。
こっそり張ったつもりだったんだが――黒い肌のゴブリンが気付き、残りのゴブリンも合わせてこっちにやって来た。
武器は普通の鉄剣みたいだから攻撃しても今のところ特に問題は無い。
今張っているのは光魔法の「光壁」。光の障壁を張る魔法だ。本当は「聖壁」や「絶壁」とかを使っておきたかったんだけど、無い物ねだりだ。しょうがない。
まぁ、掛け続ければリュートさん達が来るはずだし、粘っておこう。バレるつもりはなかったんだけどなぁ。
……そんな事を思っていた時期が俺にもありました。
「光壁」を破れないと分かったのかゴブリン達は一度攻撃を止めた、所までは良いんだが黒ゴブリンが二体のゴブリンに何かを命令した後、庭の草むらの中から二人の少年少女が連れて来られる。
年は俺よりも少し下、だろうか。二人とも茶色に少し赤みを帯びた髪で少年は空色の、少女は金色の瞳を恐怖に染めて、こちらに助けを求めている(正確には家の方角を見て)。
ゴブリン達の視線が少女の方に向いているという事は……この後の展開は容易に想像がつくな。少年の方は……労働力か、使い道が無ければ死だろう。
……ここ数年でちょっと平和ボケしていたかも。昔ならここまで憤る事なんて無かったはずなのに。
ゴブリン達が二人を人質にして俺を誘き出そうとしている最中、現在の光景に憤る自分と逆に冷静でいる自分が同時に存在している事を俺は理解していた。
憤る自分には自分への不甲斐なさが大いに含まれている。逆にゴブリン達には自分一人では勝てない現状を正しく認識している。
ここまで客観的に物事を見るのは地球でも無かったんだけど……。
思考を巡らせていると外から悲鳴が聞こえる。声は少女のもので髪を引っ張られながら舌なめずりをされる事に激しい嫌悪感と恐怖感を抱いているようだ。少年の方も何とか助けようとしているが簡単にあしらわれ、既にボロボロの状態だ。
「いやっ! やめてっ!!」
「姉ちゃんを離せぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「グギャ? グゲッ、グゲ」
「ギャギャギャ、グググッ」
「ガルゥ。グルガッ」
おかしい。そもそもこいつ等がここにやって来たのは何か目的があったはず。現に普通ならとっくにさっき想像した通りになっていただろう。
…………目的……通常とは違う動き……何か、もしくは誰かを探していた? 恐らくこいつ等の主の命令で。……この場所……都市……領主か、その子ども? 確かにミアさんからご子息たちが来ているとは聞いていた。だったら、領主が住んでいる場所に行くはずだ。普通はそう動くはず。……まさか、ステラ? いや、それはあり得ない。自国ならリュートさんかこの都市の領主に連絡が来るし、他国ならもっとない。
……いや、深読みのし過ぎか。そもそもパーティの最中でも考え事で深読みし過ぎていたんだし。その所為で一人になったとも言えるし。
とは言え、まずは目の前の事をどうにかしないとな。……防御だけなら行けるか? リュートさん達に連絡を入れれば来てくれると思う。直ぐに、とは行かないけど来てくれるまでの時間を稼ぐことなら……不可能じゃない。魔力の使い過ぎで自分がぶっ倒れる事を除けば。
(さっきのやり取りで分かった)姉弟の二人はこの都市の住人と、ここに来たという二重の意味での被害者だ。……と言うか、そろそろヤバいし、助けに行かないと。
頭の中で幾つかシュミレートする。……防御最優先で、
「……二人に連絡を入れよう」
風魔法の「導き」で二人に連絡を入れた。なるべく早く戻って来るように。
「……よし、行こう」
アイツらにこっちが焦っているとかの情報を与えない様にゆっくりと冷静に外に出る。俺を見た黒ゴブリンは笑みを深め、待ってましたばかりにこちらに身体を向ける。他のゴブリン達もあの姉弟を離しはしないが、こちらを見ている。
黒ゴブリンは俺に向かって手招きをし、俺と姉弟を指した。……俺と二人を交換しようってか? 何の目的で?
―――ウォオオオオオオオオ!!
門の外から突然雄叫びの様な声が聞こえる。どうやらリュートさん達の方は片付いたらしい。という事はそう時間は掛からないか。
俺と同じ様にゴブリン達は声に意識を取られている。あの姉弟たちも。と、いう事で――今だっ!
風魔法の「風の
その状態から風を両足に纏わせてダッシュ。風の刃を姉弟を掴んでいるゴブリンの手首に当て二人を離す。その瞬間に二人を「光壁」で守って、風を利用しながら二人を掴んでこちらに引っ張る。
最初は戸惑っていたゴブリン達だけど直ぐに反撃してくる。姉弟の「光壁」を解除して、ゴブリン達の周りに「耐久強化」をプラスして張り直す。これで直ぐには来れまい。
ある程度離れたところで軽く一息。何とかなった。あとは防御に専念するだけだ。
「ふぅ。……あとはどれだけ時間が稼げるか、だな」
「あ、あの!」
「悪いけど、そう言うのは後で。今はこっちに集中しないと」
「あ……ごめんなさい……」
お礼を言いたいんだろうけどそれは全部終わって落ち着けたら。今は流石に全部の意識をあいつ等に向けなきゃこっちが危険になる。今も賭けだったし、勝算なんて最初からないんだから。目的はあくまでも時間稼ぎ。
「グラァ!!」
黒ゴブリンの一撃で光の壁(プラス耐久強化)が割れてなくなった。うわぁ……これ、まともにやりあったら確実に死ぬわ。……持つかなぁ。
二人を「光壁」プラス「耐久強化」の三重掛けで包んで気合を入れ直す。
俯瞰視と高速思考、感知スキルを再発動させる。それと同時に緑色の(恐らく)通常のゴブリンが前方三方向から同時にやって来る。黒ゴブリンは後ろから余裕があるようにゆっくりと。
「ギャ、ギャー!」
その内の二体はさっき手首を切ったお陰で思う様に剣が振れず剣速も鈍く、力も入っていない。だから、特に気を付けなきゃいけないのは真ん中の一体だ。
一番気を付けないといけない黒ゴブリンは高みの見物と来てる。随分余裕な事で。……その割には隙がないようだけど。
ゴブリン三体の攻撃を何とか防いでいると黒ゴブリンがやって来る。……こいつ等だけでも大変なのにお前まで来るのかよ。
「ガァ!」
「っ! 重っ! 速くて重いのかよ!」
「ガッ、ガッ、ガッ」
黒ゴブリンの一撃は何重にも重ねた耐久強化してるのに腕が取れるんじゃないかと言う程の威力があった。何とか受け流せたけどそう何度も受け流しきれるとは思えない。……本気を出してないリュートさん以上の力とか……はぁ。早く来てくれないかなぁ。
俺が苦しそうな顔で対処しているのを見て黒ゴブリンは嗤う。さぞかし弱者を痛めつけるのは愉しいんだろうなぁ。……凄く人間らしいなぁ。魔物とは思えない。
……不味い。魔力が残り少なくなって来た。唯でさえ家とあの姉弟に「光壁」プラス「耐久強化」で魔力を常時消費するのに、思った以上に戦闘での魔力消費が大きい。
戦闘中は常に「風の
あ~、魔力が回復するスキルとか欲しい。超精密操作も使ってるけど消費量が少なくなるだけで結局は減るんだよなぁ。ステラとの模擬戦で長期戦が厳しいという課題がここになって虐めて来るとは……。
それに、ずっと俯瞰視や高速思考を使ってるから頭が痛くなって来た。魔力も残り少ないから体全体が重い。脳への負荷が大きくなっている証拠だ。
……そろそろ限界かも。他の魔法を消して効率を上げようにも多分黒ゴブリンはそれを狙ってるからそうした瞬間、再び姉弟が人質にされるか、家に入り込まれて悲惨な事になる。
俺自身に至ってはどれか一つでも消したら即袋叩きにされるだろうな。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
酷い頭痛や魔力枯渇による倦怠感、加えて脳への高負荷による意識の混濁、何とか根気で粘っているけどもう数分もしないで意識が飛びそう。そろそろ来て欲しいなぁ。リュートさん達。
そう思っていたら遠くに人影が。視覚を一瞬強化するとリュートさんとミアさんだという事が分かった。よし、あともうちょっとだ。
既に力を抜いたら意識が飛びそうな中で二人が来るのがかなり長く感じた。
時間にして数秒ぐらいで着いたんだけど、リュートさん達は俺を信じられない目で見てる。……あの、そろそろ助けてくれませんか?
そう思って一瞬力を抜いた時、黒ゴブリンが笑みを深めて袈裟切りに剣を降ろす。俺は何とか最後の力で槍を盾にする。
だけど、もう魔力が無いから何の強化も出来ていない槍は真っ二つに折れ、ふっ飛ばされた。壁に突き付けられて肺から息が強制的に出され、視界が一気に暗くなった。薄れゆく意識の中で見えたのは凄い形相でゴブリン達を瞬殺したリュートさんだった。
……そうなる前に助けて欲しかったなぁ。
そう思って俺は意識を手放した。
目覚めるとそこは知らない天井……という訳じゃなく、いつも俺が寝ているベットの上だった。ネタに走るくらいは回復したのか?
……まだちょっと頭が痛む。やっぱり、脳にかなりの負荷が掛かったみたい。俯瞰視と高速思考、感知の合わせ技はそう何回も使える訳じゃなさそうだ。心なしか身体もまだ怠いし。
「……まぁ、生きてるって事は一先ず何とかなった、のかなぁ」
それとあの時の実戦でどこまで成長したかな。結局一体も倒して無い訳だし、大した変化は見られないだろうけど。……『
――――――――――――――――――――――――――――
『ユート(四ヶ谷祐人) 男 十歳 能力‐26
9 愚者
【体力】‐342/365
【力】‐194
【耐久】‐214(+30)
【敏捷】‐287
【魔力】‐934
【精神】‐705(+50)
【スキル】‐超精密操作、俯瞰全視、高速多考、感知、槍術、交渉、家事、自己補修
【魔法】‐水属性、光属性、風魔法』
――――――――――――――――――――――――――――
……全体的に思った以上に上がってる。特に魔力と精神が。まぁ、相当魔力に関しては気を配っていたし、意識が落ちそうなのを我慢していれば上がるか。
他にも言いたい事はあるけどやっぱり一番気になるのは……「愚者」だよなぁ。ステラにも「魔術師」ってのがあった。この二つの関係性と言えば……タロット? ま、そこは追々知ればいいか。
「……久しぶりにゆっくり出来そうだし、もう少し寝ようかな」
残りは後日に回して寝ようとしたら扉が開いてステラが入って来た。顔色が悪く、目の下には隈が見える。まさか、今まで寝てなかったとか?
「お、お、お……」
「お? ステラどうした?」
「お兄ちゃぁぁぁあああああんっ!!!」
「ゴフッ!?」
頭突きが
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