第8話 ……始まり

 突然だが俺が住んでいる国について話そうと思う。確か話してなかったと思うし。


 国の名前はリベルターレ王国。王都を中心にして東西南北に主要都市があり、準主要都市や衛星都市などを含めると手裏剣みたいな感じになっている。国土自体はそれよりももうちょっと広いが。他にも町や村なんかが無数にある。

 そして、俺が暮らしているのは東側にある主要都市アルトネアだ。知るまでは普通の街だと思っていたんだが、主要都市だと知った時はちょっと驚いた。なんせ、王都の次に重要な場所なんだ。驚かない方がおかしい。

 その主要都市と言うのは王都を守る盾みたいなもので国の最も外側にある。そんな最前線にある為か戦力は国の中で最も強い。国としても重要度が高いのでそれなりの地位にいて、実力を持つ人物が治めているそうだ。


 その中でもアルトネアは他の三つとは少し違う。残りの三都市は辺境伯(言い換えただけで侯爵と同じ)が治めているのに対し、ここは一つ下の伯爵が治めている。まぁ、つまり、それ程の実力者なんだという事だろう。

 ちなみに貴族の階級は上から公爵、侯爵(辺境伯)、伯爵、子爵、男爵、騎士爵の六階級だ。他にも大公と言うのがあるんだが、これは国王の親族になるので実質貴族の中では公爵が一番上という事になる。


 それと国全体の特長として独裁政治とか傲慢な貴族とかは無いに等しい。極一部例外はあるのだが、とても住みやすい国と言える。



 ―――――まぁ、こんな話をするには当然理由がある訳で。その理由は何だと言うと今日がステラの十歳の誕生日なのである。一応俺もこの日だという事になっているんだが。それは置いといて。


 決闘騒動から二年、延ばしてから四年。とうとうこの時がやってしてしまった。前回みたいな逃げ道なんて一度きりだろうし……そもそも普通に考えてステラは間違いなく優良なのだ。

 容姿も性格も良いし、両親も少し変だが素晴らしいし、生活するうえで何も問題ない。その上本人は俺の事を好きだと言ってくれる。強いてマイナスを上げるとすれば少々自分に正直な過ぎな所ぐらいだ。


 とは言え、何で俺が決めあぐねているか理由は自分でも分かっている。未来だ。女々しいとか未練がましいとかヘタレだとかは分かった上である。まぁ、他にもこの世界の住人じゃないとか、そもそも相応しくないんじゃないかとか理由は幾つかあるのだが。


 しかも確実にミアさんが手を回したであろう今回の誕生日。ちょっとしたパーティで近所の人たちだけでなく、街中から結構な数がやって来ている。皆の目的は確実に俺とステラの件だろう。


 貴族のパーティという訳じゃないので皆それぞれ和気藹々わきあいあいとしているのだが、確実に意識はこちらに向いている。現実逃避していた理由は既にパーティが始まっていると言うのもあった。

 つまりどう足掻いても逃げられないのだ。やっぱり物理的にも精神的にも。前提として十年も世話をしてくれた、家族として扱ってくれた三人には返せない程の大きな恩がある。


 返せるものなら返したい。今回で少しでも返せるのならその通りにしたい。実際ステラを好きか嫌いかなら好きだしな。

 だけどここまで長い付き合いなのは両親以外で初めてなのだ。未来の事も含めると……失うのが怖いと考えるのは当然じゃないだろうか? 二回も何とか持ち直して直ぐにこれだ。形はある物はいずれ壊れる事は理解はしているが……怖い物は怖い。途中で失うのは二回で十分だ。


 とまぁ、こんな事を考えているからメインが未だに始まってないんだけどな。周りには緊張している様に見える仕草や表情を何とか作っているけどあの三人には何処まで効いているやら。


 ちょっと席を外して考えをまとめていると後ろからミアさんが話しかけて来た。


「ユートくん、緊張してる?」

「母さんの事だから多少はあると思ったけどここまでとは思わなかったから。正直……かなり」

「でも、その緊張って実は別の事だったりしない?」


 ……流石にそこまで読まれているとは思わなかった。ミアさんでも分かっているのは緊張の類が違う事だけだと思うけど。


「うふふ。もう十年も一緒に暮らして来たんですもの。いくら隠しててもユートくんのある程度の変化は分かるわ。それでも気付いたのはたった今よ」

「確かに……緊張と言うよりも……不安とか恐怖かな。……詳しい事は言えないけど」


 ちょっと踏み出してみる。ミアさんだけじゃなくステラやリュートさんも多分受け入れてくれる、とは思う。驚いたりしても最終的には。だが、やっぱり失うという事への恐怖がそれすらも抑えてしまっているのが自分でも分かる。怖気づくだけの理由を理解しているから余計に。


「そう……。一つだけ聞きたいわ。ステラちゃんの事は好き?」

「それは……うん、好き。妹としてだけどね」

「それは仕方ないわ。でも、女の子として、異性としての可能性はある?」

「……あると思う。確証はないけど」

「それが分かれば十分よ。後はステラちゃん次第だから」


 そう言ったミアさんはホッとした表情で戻って行った。俺も戻るべきなのだろうがもうちょっと欲しい。ミアさんも今日絶対にしろとは言って無い訳だし。さっそく言い訳をしてるのも何だかなぁ……


 さっきのミアさんの言葉も加味しながら整理する。やはり母親として自分の娘には幸せになって欲しいんだろう。それには俺の嫁になる事が一番だと思っている。自分との共通点があるから余計にだろう。


「何でそこまでしてくれるかなぁ……」



 ―――ドゴォォォォォォンッ!!!!!



「っ!?」


 何だ今の音!? 壁の方から何か聞こえたけど何があった?


 急いで戻ってくるとリュートさんやミアさん、それに何人かが音のした方に視線を向けていた。それも全員が睨みつけるような感じで。


「母さん。何があったの?」

「実はね、魔物が近くの森で集まっているってギルドから知らせが来ていたのよ。明日リュートさん達が討伐に行く予定だったんだけど……予定よりも早かったみたいね」


 今回みたいな事は数十年に一度という割合で起こる魔物の大行進モンスターパレードと言うそうだ。過去には街一つが壊滅した事もあったらしい。しかも酷い場合は高難易度ハイレベルの魔物も多数含まれていて、数が尋常じゃないのでとても厄介だ。


 リュートさんとミアさんの二人以外の冒険者は直ぐに出て行った。多分、自分の武器や防具の準備に戻ったのだろう。俺たちは協力して非難を呼びかける。主要都市にはこういう場合に備えて強い防御力を持つ地下室を各家に設置している。

 今回は街中から人が来ているので近い人は家に戻り、そうでない人は幾つかのグループに分け、俺たちの家も含めて地下室に移動させる。


 一応俺とステラは武装した状態で地下室に入る。いざという時の保険だ。リュートさんとミアさんは武装して壁の方に向かって行った。


「……お兄ちゃん」


 不安な表情でぎゅっとしがみついて来る。身体も小刻みに震えていた。……そう言えば俺もステラも魔物と戦った事は無いんだったな。そもそも狩り自体をしたことが無い。いくらステラが強いと言ってもそれはまだ対人戦で、しかも命は奪わない前提の話。命を奪う上で魔物となるとやはり勝手は違うだろう。根は優しいし。

 だからこそ、ステラの心中はさぞかし不安でいっぱいなのだろう。二人が行ってしまった事への恐怖もあるに違いない。帰ってこないかもしれない、という恐怖に。


 俺は俯瞰視を使って家の周囲を見ながらステラを抱き締めた。優しく包む様に、安心させるように。それと同時に俺の心臓へ耳を当てる。人は心臓の音を聞くと安心するという事を以前本で見た気がするので試してみた。

 効果はあったのかステラの震えが少し収まった。他にいる人達も互いに身を近づけて安心を得る様にしている。




“グギャ、グギャ”

“グゲゲゲ。グゲ、ググゲ”

“グガァ! グルガォ!!!”


 風魔法も使って外の様子を見ていると魔物と及ぼしき声がする。しかも家から近い。流石のリュートさん達も尋常じゃない数を捌き切るのは無理だったようだ。

 そうだとしても誰かが伝える必要があるし、時間稼ぎをする必要がある。もしかしたら違う所から侵入したり、強い魔物だった場合は最悪だ。被害があり得ない事になる。可能性があるとすれば俺かステラか。二人で、と言うのもあるが万が一を考えるとどちらかは残った方が良い。

 だけどステラはそれが出来るような状態じゃないし……となると俺か。かなり手強い奴もいる可能性もあるが……一番不味いのはそれを知らない事だ。知っていれば対処の仕様はある。


 ……『展開ステータス


――――――――――――――――――――――――――――

『ユート(四ヶ谷祐人) 男 十歳 能力‐24

 9

【体力】‐331/331

【力】‐176

【耐久】‐188(+30)

【敏捷】‐241

【魔力】‐702

【精神】‐523(+50)

【スキル】‐超精密操作、俯瞰視、高速思考、感知、槍術、交渉、家事

【魔法】‐水属性、光属性、風魔法』

――――――――――――――――――――――――――――


 さっきので気付いたと思うが風魔法が使えるようになった。光魔法もミアさんの知人から教えて貰い、初級までは使えるようになった。水は上級を、風は中級まで使える。

 スキルは超精密操作が魔力の消費を抑えて効率よく使えるようになる。感知は敵がどこに攻撃するのかが感覚的に分かる。これのお陰で最近はステラに何回かに一回は引き分けが出来るようになったんだよなぁ。


 ……ま、全体的に不安はあるが行けるだろう。魔物を倒す必要は無いんだから。あくまでリュートさん達にこの情報を知らせるだけ。水魔法には気配を消せるものもある……よしっ!


「ステラ。近くに魔物がいるみたいだから父さんたちに伝えて来る。ちょっとここで待ってて」

「いやっ! 一人は嫌なの、寂しいの……」


 予想通りステラは反対してくる。しかも収まっていたはずなのにまた震え始めた。涙も溢れそうになっている。心が痛むが……これは予想の範囲内だ。

 後手に回れば最悪壊滅だってあり得る。大打撃を受ける可能性は十二分にあるんだ。それを無くすには今の間に行動を起こした方が良い。


 今ステラの中にある感情は俺も経験した事があるからよく分かる。違う点は失うんじゃないかではなくて、失っただけど。その違いだけでも十歳の女の子が抱えるにしては大きすぎる。

 だけど、ここで克服しなかったら同じ事の繰り返しだ。最悪、耐性が付くだけでも良い。


「お願いだ。…………これ以上、大切な人を失いたくないんだ」

「えっ…………すぅ」


 動揺した瞬間に「眠り水」でステラを眠らせる。次に近くにいた女性にステラの事を頼むようにお願いする。


「あの……ステラを少しの間、見ていてくれますか?」

「君は大丈夫なの?」

「ええ。死ぬつもりはありませんよ。ステラの気持ちは一度経験した事がありますから」


 風魔法の「凪」を使ってゆっくりと扉を開ける。辺りに気配ない事を確認したらゆっくりと閉め、一応壁を強化しておく。

 準備を終えたら魔物の気配がある方向へ向かった。







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