第4話

「運命とは? 一体何の話をしているのかな?」

 振り向いた人影は、マーカスに問いを投げかける。

「本当に……よく考えればおかしなことばっかりだったぜ。俺みたいな大罪人を呼び寄せたのは何でだ? 大事な場面で嘘を吐いたりもしてたな。おかげで追い詰められるって展開になった。それに、お姫さんがローデリアに行く時、引き止めなかった。お前なら、止めることだってできただろうに……」

「そのようなこと……全ては、時々の最善を選んだだけ。結果が思わしくないからと、全ての責めを一身に受けろとは……少々乱暴が過ぎる」

「極めつけは……お前がよそ者だってことだ。ローデリアの人間なんだろう?」

「……何を根拠に」

「俺達はな、三英雄って呼ばれてるんだよ」

 マーカスの言葉を聞いて、影は初めて表情を曇らせた。

「白霜の巫女、剣鬼、そして竜殺し。だがな、俺達にはもう一人の仲間がいた。ご大層な名前をもらうよりも前に死んじまったヤツがな。だから、俺達が四人だったのは、竜王を倒すずっと前だ。『四英傑』って呼び名は、ローデリアの人間ぐらいしか知らないんだよ! なあ、そうだろう! グロノーツの爺さんよぉ!!」

「……なるほど、これはとんだ失策だったようだ」

 暗がりから、月明かりの中に踏み込んだ男は、顎髭を撫でながらニヤリと笑ってみせる。

「お前、始めからリルムウッドを潰す気だったな」

「ホッホッホッ! 人聞きの悪いことをいうものではない。私は何も、この国を滅ぼそうなどと考えてはおらんかったよ。むしろ、大事にしようと思っておったさ。我が所領を」

「乗っ取る気だったわけだな」

 大きく首を縦に振るグロノーツ。悪びれる様子もない彼を、マーカスは鋭く睨みつける。

「そう怖い顔をするな。そもそも、あのような娘に国が治められるものか。事実、実務に関してはほとんど私が引き受けておった。私が王になって何が悪いのだ?」

「泥棒が開き直ったような言い訳だな。聞いてられないぜ」

 マーカスは剣を抜き放つ。だが、グロノーツは動じない。

「それを言うのなら、お主は何だ? 大罪人マーカス=フェルドミラー。 まあ、私としては感謝しておるがね。真実を知らなければ、危うく砂上の楼閣を引き受けるところだったからな」

「……何の話だ?」

「エーテルは枯渇する、という話だよ。リィンも私にだけは打ち明けていたのでな。だから計画を変更したのだ。今さら、こんな辺境の王になったところで旨みがない」

 ニタニタと笑う老人の顔は、ひどく歪んで見えた。ゾクッと背筋に寒気が走るのを感じたマーカスは、すぐさまグロノーツを斬り伏せようとした。しかし……。

「天を拒み地を拒み、幸いも災いも、全てを拒む壁となれ! 〈リジェクション〉!」

 グロノーツの前に光の壁が出現する。マーカスの剣戟は弾かれ、体勢を大きく崩した。

「魔法!? 魔術師かっ!」

「とっておきだったがのう! 出し惜しみをしても仕方があるまい!」

 グロノーツは懐から小さな杖を取り出した。薄い赤の光を放つ先端はミスリル製の証。

「そうかいっ! だが、甘いんだよっ!」

 剣戟を弾かれ、後ろに飛ばされたマーカスだったが、左足を軸にしてグルリと一回転してみせる。そして、回転する勢いそのまま、手にした剣を投げ放った。

 一撃目の衝撃を受け、もろくなっていた光の壁は砕け、刃は見事にグロノーツの杖を吹き飛ばした……彼の右手首ごと。

「ぐ……ぐああああぁぁぁ!!」

「これで終わりだ、グロノーツっ!!」

 痛みでうずくまるグロノーツに向かって、マーカスは拳を振り上げた。

「みつけたぞぉぉぉ! ゴミクズのげみんがぁぁぁぁ!!」

 マーカスは急に後ろから羽交い締めにされた。グロノーツを殴ろうと前のめりになっていたため、そのまま倒れ込んでしまう。

「て、テメェは……キノコ頭!!」

「ボクはぁぁぁきぞくだぁぁぁ!! きのこじゃなぁぁぁぁいいぃぃぃ!!」

 顔が真っ赤に腫れ上がったガルヴォは、もはや髪型以外では判別も不可能な姿をしていた。泥まみれになった服に、正気を失った目……そして信じられない馬鹿力でマーカスにしがみつく。まさに執念である。

「マーカス様! 今の叫び声は一体!?」

 声を聞いた瞬間、マーカスの頭には悪い考えしか思い浮かばなかった。

「逃げろ! すぐに逃げるんだっ!!」

 マーカスは咄嗟に叫んだ。だが、リィンには何から逃げればよいのか、わからなかった。

「はっはっは! これは行幸っ! 天啓というものよ!」

「ぐ、グロノーツ? 一体何を……きゃああ!!」

 グロノーツは残った左手で、懐に忍ばせてあったナイフを取り出し、リィンの首元に近づけた。

「申し訳ありませんが女王陛下。しばし付き合っていただきますぞ。さあ!!」

「グロノーツ……どうしてこのような……きゃっ!」

 ナイフの切っ先がわずかに皮膚を裂く。ツーっと赤い雫がリィンの白い肌に線を引いた。

「黙ってついてこい! さあ!!」

「待て!! 待ちやがれ……クソッ、放しやがれッ!!!」

 マーカスはしがみつくガルヴォの頭や顔を力任せに殴る。だが、意識が朦朧としているせいだろうか。ガルヴォの力は一向に弱くならない。

「クソッたれがああぁぁぁぁ!!」

 マーカスは必死でガルヴォを引き剥がそうとする。 

 ボッコボコに殴られ、血まみれになり、歯が何本も抜けていく。だが、彼は決してマーカスを放そうとしない。

「貴様だぁ! ぎざばらだぁ!! 貴様らさえいなけりゃ……ボクは、じあわぜになれだんだああぁぁ!!」

「……ああ、そうかい! そいつは悪いことしたな……だが、お前がどうなろうと、俺の知ったことか!!」

 量の手を結び、大きく振り上げると、マーカスはそのまま振り下ろした。背中に叩き込まれた衝撃に、ガルヴォの体はエビ反りになる。同時に、マーカスを抱えていた腕も外れた。

 すかさず、マーカスはガルヴォから離れる。だが、彼は諦めることなく、石床を這いずろうとした。

「……なんでぇ、どうじてボクがごんな目にぃぃっ!! 間違ってる……こんなのまぢがってるよぉぉぉ!!」

 叫びとも嘆きとも区別できない声。

 マーカスは、響いてくる言葉に言い表せない不吉さがあるように思えた。。なぜなら、彼の言葉にマーカス自身が共感を覚えたから。

 だが、振り返ることなく、マーカスはその場を後にした。

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