第3話

 男は一人、城の中を歩いていく。日は暮れ、一寸先もよく見えはしない廊下を。

 もはや体はボロボロであり、どうすればよいのかもわからない。

 一体どこで間違ったのか。本当なら、このような辺境に身を置くべきではないはず。不自由のない暮らしを、贅沢で気品のある日々を送るはずだった。

 気がついた時には、周りから何もなくなっていたのだ。だから、ゆらりゆらりと歩いていく。全てを奪った元凶を探して、全てを狂わせた原因を探して。

 しかし、妙なことに気づいた。

 正確には、城に入った時から、おかしいとは思っていたのだ。いくら歩いても、誰とも出会わないからだ。

 もちろん、夜の城を徘徊するなどというのは、始めてのこと。だから、こういうものかと気にしないようにしていた。だが、流石に物音さえしないというのはおかしい。

 だが、男にとって好都合でもあった。本来なら、誰かに見咎められるのが当然だからだ。人と出会わないのであれば、このまま目的の場所に無事たどり着ける。

 あとは簡単だ。

 仕返しをしてやればいい。もはや、復讐くらいしかできることなどないのだ。

「こういうのも、運命っていうのかな?」

 声がした。

 城に入って初めて聞いた声。だが、聞き間違えるはずはない。

 そうだ、コイツだ。コイツもまた、ボクを陥れた悪魔なのだ。

 だから、男は声がしたほうへと振り向いた。


 リィンは一人、玉座を見つめている。

 手には一本のロウソクを立てた手燭を手にしている。揺らめく橙の明かりのせいで、玉座自体がグニャッと曲がって見えた。

「これでおしまい……ああ、やはりワタクシには身に余る役目だったのでしょうか」

 嘆きなのか、あるいは諦めなのか。

 どちらともわからない言葉を口にしてみる。けれども、リィンの身が軽くなることはない。むしろ、これから起こることを考えると、胸が痛くなる。

「皆さんには、悪いことをしてしまいました。サヤ……本当にごめんなさい」

 リィンは城にいた人間を逃すことにした。「私には女王としての最後の役割があるから」と、家臣達だけを全員、準備へと向かわせたのだ。

 もちろん、サヤやカッツェの反対にあった。自分だけ残るつもりではないか……国と共に死ぬつもりではないか、と。

 だが、リィンは彼らに笑顔で言った。

 ――ワタクシは偽りなど口にしません。

 あまりにも、残酷の嘘である。

「きっとサヤは怒るわね。どれだけ謝っても許してはもらえないでしょう」

 リィンはゆっくりと自分のイスへと歩いていく。そして、静かに腰を降ろした。

 一人きりで、玉座に座る姿を想像すると、なんとも滑稽な気がする。だが、これこそが自分の――リィン=リーシア=リルムウッドなのかもしれない。誰にも求められない、必要とされない女王。

 だから、目を瞑ることができない。きっと、耐えられなくなってしまうから。

「こういうのも、運命っていうのかな?」

 男の声が聞こえた。

「目を覚まされたの?」

 気がかりが一つ消えた。もし目を覚まさなかったらどうしようかと心配していた……いや、本当は最後に一度きちんと謝りたかったのだ。

 だから、リィンは声がしたほうへと急いで歩き出した。

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