第2話

 真っ暗な廊下へと出たマーカスは、すぐに歩き出した。目指すのはリィンの部屋。

 偶然ではあったが、一度訪れたことがあるため、廊下が暗くても迷うことはなかった。マーカスはさまざまな訓練を受けてきた故に夜目が利く。

 だが、今回迷わなかった原因はもう一つあった。

 城門の前にたくさんの篝火が見える。群衆が松明を手に持ち、リルムウッドの城に押し寄せていた。門が閉まっているため、城の中に入ることはできていない。だが、松明の明かりは刻々と増えている。いずれ、門を超えられるのも時間の問題に見えた。

「一体何が……?」

 状況は飲み込めないが、ただ事でないことはわかる。だが、今のマーカスには他のことに気を回す余裕はない。

 外から入ってくる篝火の明かりに頼りながら、暗い廊下を歩いていく。

 すると、一つの影が目に入った。

 最初は単なる影にしか見えなかったが、ゆっくりと目を凝らせば、相手が何者なのかがわかる。

 マーカスが会おうとしていた相手ではない。だが、最も会いたかった人間であった。

「こういうのも、運命っていうのかな?」


 再び時は遡り、マーカスが目覚める半日ほど前。

 謁見の間にて、グロノーツは渋い顔を浮かべていた。

「では、あの男は……ローデリアの兵を壊滅させた、と。そういうことですかな?」

「ああ、まあ……とは言っても、死人は出してねぇ、はずだ。俺とアイツで五十人程度叩きのめした辺りで、全員逃げ出しちまった……まあ、腑抜けもいいところって感じで」

「そのようなことは聞いていない! はぁ……なんということをしてくれたのだ」

 カッツェは事実を告げたが、グロノーツの顔色はますます青ざめるばかりだった。

「どうにか……なりませんか?」

「恐れながらリィン様。こればかりはどうにも……もはや我らがローデリアに逆らったことは明白です。決して許されはしないでしょう。もちろん、あちらに協力者がいれば……あるいは」

 グルノーツの視線は、カッツェの横に立つ少女に向けられる。だが、ミーシャは首を横に振った。

「私が何を言ったところで、取り合ってはもらえないでしょう。兵士達が実際に攻撃を受けているのです。私一人の話で、収まる状況はない、と」

 ミーシャの言葉は、その場にいた全員を落胆させた。

 すると、グロノーツは顎髭を指でなぞりながら、ボソリとつぶやく。

「もはや逃げるしか……」

「グロノーツ……あなた、なんということを!」

「逃げるしかありますまい。リィン様のお命こそ大事かと。生きておれば、チャンスはありますぞ。城の者を連れて逃げるのです」

 リィンの顔が引きつる。

「それは……嫌です。ワタクシには、逃げることなどできません! ですが、他の者達は別です。城にいる者達には逃げるように伝えてください。グロノーツ、エルメロード様、カッツェ……様。どうか無事に逃れられることをお祈りしております」

「ま、待ってくれ! 女王陛下は……どうなされるのですか?」

 カッツェが慌てて尋ねる。するとリィンは玉座から立ち上がり、ハッキリと言い切った。

「ワタクシはリルムウッドの女王。リィン=リーシア=リルムウッドです」

 バンッ!

 勢い良く扉が開く。飛び込んできたのはシエラだ。

「た、大変です! あの、外を! 町の人達が、お城に向かって……!」

「どういうことですか? 民達が何か?」

「み……見ていただけたら、わかります!」

 シエラの言葉に、リィンも他の三人も首を傾げてみせた。

 だが、実際に眺めてみれば、状況はすぐにわかる。

 町の人々が集まって、城に向かって歩いてくる。口々に怒鳴り声や叫び声を上げていた。

「戦争をする女王なんていらない!!」

「ローデリアに逆らうな!!」

「俺達を巻き込むんじゃねぇ!!」

「無能な女王を引きずり降ろせ!」

 ローデリアの軍隊を撃退したという話は、街中にすぐ広まっていたのだ。これから訪れる危機を悟った群衆は、不安や怒りを女王リィンにぶつけようと集っているのである。

「こんな……こんなことって!」

 リィンは、眺めていた窓から一歩下がってしまう。バランスを崩して倒れそうになった彼女を、後ろから支えたのはサヤだった。

「もう……よいではありませんか。リィン様は……充分に頑張りましたよ」

「サヤ……どうしてこんなっ! ああ、ワタクシは……ワタクシは!」

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