最終章「竜殺す英雄と国想う女王」

第1話

 どこで間違えたのだろう。

 どうしてかつての仲間を殺そうとしたのか。

 どうして見知らぬ国のために戦うハメになったのだろうか。

 どうして救ったはずの故国から命を狙われることになったのだろうか。

 どうして呪いを受けてまで竜王を殺さなければいけなかったのか。


 お姫さんを助け出そうとしたから? 違う。

 チンピラから余計な頼まれ事をしたから? 違う。

 ドラゴンとエーテルの秘密をぶちまけたから? 違う。

 竜を殺すために魔法を使ったから? 違う。

 あの爺さんに丸め込まれたから? 違う。

 こんな町に立ち寄ちまったから? 違う。

 おそらく、答えはもっとずっと昔にある。


 どこで生まれたのかは知らない。気づけば、たくさんの子供達の中にいた。

 才能を試される場所。魔法への適性を調べられた。

 魔法を使うこと自体は、学べば誰でもできる。だが、より強く、より大きな魔法を使うにはエーテルの流れを感じる力が必要だ。

 のちに「マーカス=フェルドミラー」という名をもらう少年は、非常に優れた才能に恵まれていたらしい。だから押し付けられたのだ。

『竜を殺す』という仕事を。

 でも、どうして逃げることができただろう。幼い少年には必要だった。

 日々の糧を得ることが、必要だった。

 なら、結果は必然だ。

 三人の仲間を得た。一人を亡くした。勝利を手にした。そして追われる身となった。

 全ては仕方のないことなんだ。

 仕方が、ないんだ。


 ゆっくりと瞼を開く。大きな天蓋が目に入った。フワフワのベッドは、まるで御伽話に出てくる王様が眠るような、広々としたものだ。

 真っ白なシーツからは清潔な香りがする。

 あまりに気持ちが良いから、マーカスはもう一度瞳を閉じようかどうか、三回ほど思案した。だが、夢の中で考えていたことを思い出す。そして、すぐさま体を起こした。

 見覚えのある部屋。そこは、初めてリルムウッドの城を訪れた時にあてがわれた部屋だ。

 だから余計に、彼の記憶を鮮明に呼び起こしたのだろう。

 もう一度部屋の中を確認してみれば、ベッドのそばにあるイスの上には、自分の衣服と剣が置かれていた。

「倒れてから、どのくらい経った?」

 部屋を照らしているのは、窓から入ってくる月明かりだけ。服を身につけ、剣を腰に下げると、すぐさま部屋の外に出た。

「どうして……どうして今まで気づかなかった!」


 マーカスが目覚める一日半ほど前のこと。

 リィンとミーシャ、カッツェの三人はリルムウッドの城に戻ってきた。気を失ってしまったマーカスを連れて。

「これは……一体どうしたことですかな? リィン様……ローデリアに行かれたのでは?」

 グロノーツはとても驚いた声を上げる。だが、リィンはその問いに答えなかった。

「詳しい話はあとでっ! 医者を呼んでください!」

「それと温かいお湯の用意を! 雨のせいでひどく体が冷えてる! 温めてあげないと」

 ミーシャの言葉に、リィンは大きく頷いてみせる。見ていたサヤとシエラも、すぐに厨房へと走っていった。

「エルメロード殿まで一緒とは……一体、何がどうなっているのやら。ま、まあ、まずはマーカス殿の手当てですかな。私も医者を手配してまいりましょう」

「お願いします!」

 グロノーツが立ち去ると、カッツェはリィンに導かれるまま、一つの部屋に入っていく。豪華なベッドに、真っ赤な絨毯を敷いた部屋。調度品は金細工を施したものまであり、豪華に飾り付けてある。

「ここは……?」

「ここは、ワタクシの父の部屋でした」

 カッツェが思わず声を上げると、リィンはすぐに答えてみせた。

「王様の眠るようなベッドを用意しろ……そう言われましたから。あとは美味しい料理とお酒、あとは……美人なメイドでしたっけ。この国を救っていただく対価は」

 ベッドに寝かせたマーカスの顔を見つめながら、リィンは静かに呟く。

「このバカは……まるで子供みたいな願い事を。でも、そうね。マーカスはずっと、そんな生活に憧れていたわ。何不自由なく暮らせる日々を」

 眠るマーカスの顔を見つめながら、ミーシャは呆れたように言う。リィンはゆっくりとマーカスの左手を握った。

「これが英雄のセリフでしょうか……ワタクシも驚きました。でも……けれどっ! マーカス様が失ってきたのは、手放そうとしたものは……そんな願いなんて、比べ物にならないほど大きい……のに。ワタクシは……ワタクシはっ!」

 ガチャッ!

 扉が開く。大きな桶を抱えたサヤと、たくさんのタオルを持ったシエルが入ってきた。

「お湯の用意ができました! 温めたタオルで体を拭いましょう。リィン様、お二人にもお着替えが用意してあります。シエラ、あとは任せますよ」

「わかりました! マーカス様は私にお任せください!」

 リィン達三人は、サヤにつれられ部屋を出ていった。

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