回想「ある男の誓い」

「なんてこった……こいつは、こんなことがあるのか」

 白髪混じりの頭を擦りながら、老兵は驚愕の声を上げた。

 目にした光景があまりにも、現実離れしていたからだ。

「お主、いったい何をしたんじゃ?」

 呆然と空を見上げる男は、老兵の声に気づき、虚ろな目を向ける。

「別に……俺はただ、俺のするべきことをしただけだ」

「一人で飛び出した時には……死ぬ気なのかと思ったが」

 老兵は心配そうな顔で男を見た。だが、男は薄ら笑いを浮かべる。

「俺が……死ぬ? オッサン、面白いこと言うな。んなわけあるかよ。誰を殺したって、俺は死なねぇ。ドラゴンだろうが何だろうが、俺を殺せるヤツなんかいねぇよ」

「豪気なことだ……と言いたいが、これを見れば……笑ってもいられんわい」

 老兵の前には、数え切れないほどのドラゴンの死骸。わずか数分前まで動いていただろう三十を超える無数の竜の骸が転がっている。

「もう一度聞くぞ、お主何をしたんじゃ?」

「俺は……竜を殺す。竜を殺すために、ここにいるからだ。それしか、俺にできることはないんだからな」

「それはちと、悲観的すぎじゃな。まったく……若いもんは短慮でいかん」

 老兵の言葉に、男は淡々と答える。

「それ以外に何があるんだ? 俺はそれしか知らねぇ。だから、ここにいる。ここに、いるしかねぇんだ。仕方ねぇだろ。俺には、それしかできねぇんだ」

「はぁ……これでは『竜殺し』なんぞと呼ばれるのも仕方がないのう」

「……なんの話だ?」

 男はほんの少しだけ興味を抱いたように尋ねる。老兵はため息を吐く。

「兵どもの噂じゃよ。お主を『竜殺し』なんぞと呼んでバカにしておる。竜を殺すことにしか関心がないヤツだ、と。中には、竜を食っとるなんてもんまであるぞ」

「竜殺し……ハハッ! そいつはいいな。面白い話だぜ……まさか、俺と同じようなことを考えるヤツがいるとはね! 気に入った、気に入ったぜ」

 男は笑う。だが視線はどこを見ているのかわからない。まるで、彼にだけ見える闇が目の前にあるかのようだ。

 老兵は男に近づくと、大きな手で彼の頭をくしゃくしゃと撫でる。

「なっ……何しやがるっ!」

「なぁにが『竜殺し』じゃ! 小僧一人にゃ過ぎた名前じゃな。代わりにワシがもらってやろうか!」

「ふざけんな! アンタにゃ『剣鬼』ってのがあるだろうが!」

「なんかダサくないかのう、それ」

「……まあ、ダサいな」

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