第8話

「大丈夫ですか、女王陛下っ!」

「え、えーと……どちら様ですか?」

 リィンは見知らぬ男に声をかけられて慌ててしまう。がっくりとうなだれるカッツェ。

「そうですよね……覚えてませんよね。ま、仕方ないけど」

「あの……お会いしたことがあったのですか? それは大変失礼なことを……」

「いいんです。いろいろ慌ただしかったですし。こっちが一方的に感動しただけですから」

 カッツェは気を取り直して、辺りを見回す。天幕の中には、マーカスの姿がない。

「アイツ、どこに行ったんだ? 確かに入っていったはずだけど……」

「マーカス様のお知り合いなのですか? なら、あなたも英雄の?」

「ああ、違う、ちがいます! 俺をあんな人外みたいなヤツと一緒にしないでください……って、俺も? 他にアイツの仲間がいるんですか?」

「はい。ワタクシをここに招いた方で……以前はマーカス様と一緒に戦っていたという女性が」

「女性? それってまさか、『白霜の巫女〈フロスト・メイデン〉』ですか!?」

 カッツェは目を覆う。

 竜殺し、白霜の巫女、剣鬼……救国の英雄は全員、ドラゴンを単騎で屠れるというバケモノ揃い――そういう噂を、ローデリアの傭兵だったカッツェは知っていたからだ。

「相手がわかってるなら、先に言っとけよな……クソッ!」

「あ、あの……すみませんでした」

「いや、違うんですよ! 陛下が悪いわけではありませんから! というか、あの人はどこに?」

「あっ! そうでした! マーカス様が、あそこを通って外に……」

 リィンが指を指した方向には、天幕の裂け目があった。剣で斬ったのだろう部分を抜けて。カッツェは飛び出す。

 だが広がる光景に、一瞬目を疑った。冬でもないのに、そこら中に霜が降り、氷の塊が転がっていたからである。

 状況を把握しようと努めると、戦闘の跡らしきものが、天幕の反対側へ続いているのを見つけた。すぐさま、その跡を追いかけて走る始める。

「まったく、アイツは何をして……って、ええ!?」

 後ろから足音がして、カッツェが振り返る。すると、なぜかリィンが追いかけてきた。

「ちょ、ちょっと待ってください! 陛下は先ほどの場所で……」

「いいえ! マーカス様は……あの方を止めなくてはっ!!」

 カッツェに遅れまいと走るリィン。だが、スカートが邪魔で足をとられそうになる。

「こんなものっ!」

 リィンは白いレースのスカートを捲し上げると、勢いそのままビリビリと破り始めた。

 カッツェは顕わになる彼女の脚に見とれ、顔が赤くなっていく。だが、すぐに不敬なこをしていると思い直し、視線を前方に戻した。

「これなら、思いきり走れます」

 リィンはマーカスを抜き去って、そのまま駆けてゆく。

「ちょ……待ってください! 危険ですからっ!」

 カッツェもすぐに彼女を追う。

 小さな丘の上に立つと、リィンの目には探していた人影が映る。

 マーカスは右手に握った剣の先を、ミーシャの眼前に突きつけている。荒々しく呼吸をする少女に対し、マーカスは息一つ切らしていない。

「このっ……!」

 カキンッ!

 ミーシャは杖を振りかざそうとするが、容赦なく弾き飛ばされてしまう。

「お前の負けだよ、おチビ」

「……そうね。トドメ、刺しなさいよ」

 マーカスは剣を頭の上に振り上げる。

「いけませんッ! マーカス様!!」

 リィンは丘を駆け下りていく。遅れて辿り着いたカッツェも、息を切らしながら追いかける。

「マーカス様、それ以上はっ! エルメロード様はあなたのっ!」

「お前は……何をやってんだ、お前はっっ!!」

 リィンは一瞬、自分が叱られているのかと思った。だが、マーカスは振り向いてはいない。彼の目は、倒れた少女を映していた。

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