第7話
リィンは外の様子がおかしいことには気づいていた。だが、どうしても天幕から出ることができない。もし、自分が動けば、「騒動にリルムウッドが加担していたことになる」と告げられたからだ。
「き、貴様……ぐああああっ!!」
テントのすぐ外で、叫び声が聞こえた。おそらく、入り口を守っていた兵士の声。それを最後に、しばらく静寂が訪れる。すると、ゆっくり入り口の幕が持ち上がった。
「よう、お姫さんいるかい?」
「ま、マーカス様……どうして?」
マーカスはすぐにリィンの姿を確認する。服に汚れがあるものの、特にケガなどはしていない。だから、安心して怒鳴ることができた。
「この、バカ姫がっ!! 少しは頭を使ったらどうなんだっ! 死にたがりに付き合うコッチの身にもなれってんだよ!」
「な……何の話ですかっ! ワタクシはただ、リルムウッドのために……」
「それが無駄だっつってんだよっ! お前が何をしようが、ローデリアは考えを変えたりしねぇんだ!! 行くだけ無駄だ、死ぬだけだ!!」
「そのような言い方……例えそうだとしても、ワタクシにできることがあるのなら!」
話にならない――そう感じたからだろうか。マーカスは一瞬、周りの様子に意識が向いた。だから、気付いたのだ。
真っ白な天幕に浮かぶ灰色の影と、微かな詠唱に。
「凍てつくは白、全てを結べ! 〈アイシクルズ〉!」
ブワッと天幕が浮き上がる。直後、三本の氷柱が飛んできた。マーカスはリィンを突き飛ばすと同時に、後ろへと飛び退く。氷柱は三本とも地面にぶつかり、周囲を白く染め上げた。
「い、いきなり何をする……ん、ですか?」
マーカスに押され、よろめいていたリィン。文句を言おうと声を上げようとしたが、すぐに異変に気づく。
「不意打ちっていうのは、随分とお前らしいな……おチビ」
「これで片が付くなら簡単だったんだけど……そうもいかないわね」
外から聞こえた声に向かい、今度はマーカスが突っ込んでいく。白い布を切り裂いて、勢いそのまま転がり出る。右膝をついたまま着地するが、剣の構えは解かない。
「冷気は蠢く、蛇の如く! フリーズ・クリーパー!」
ミーシャの杖は、先端から赤い輝きを溢れさせた。トスッと地面に突き立てられると、地面から白いラインが伸びてくる。
着地と同時に仕掛けられたため、反応が僅かに遅れる。避けようと飛び跳ねたが、踏み切る間際に、左足に痛みが走る。
「くっ……!!」
見れば、靴が白く凍りついていた。足の指先に痛み以外の感覚がないのがわかる。
「観念しなさい。全力でやれば互角の私達よ? 消耗して、ケガまで負ったあなたに勝ち目はないわ」
「悪いけどな、こんなもんは屁でもないんだよ! 冗談言う暇あるなら、さっさとかかってこいっ!!」
「本当に……いつまでも口が悪いわね、アンタは!」
ミーシャが杖を構える。先端に備わったミスリルが赤く光り出し、すぐさま詠唱は始まった。
「冷気は蠢く、蛇の如く! フリーズ・クリーパー!!」
白く這い寄る冷気。マーカスはすぐさま駆け出す。が、霜のラインはぐっと曲がり、そのままマーカスを追いかける。
「無駄よ! 相手を捉えるまで追いかけ、触れれば全てを凍てつかせる! 今度は足先だけじゃ済まさないわよ!」
マーカスは後ろを走る白い蛇のような魔法を一瞥する。
「知ってるぜ、そんなことは! だったら……」
逃げるように走っていたマーカスが、突然方向を変えた。視線の先には、ミーシャがいる。そのまま飛び込み、剣を振り下ろした。
反応して杖で受けるミーシャだが、いかんせん膂力に差がありすぎる。そのまま思いきり後ろで飛ばされてしまう。しかし、地面に打ち付けられる直前で、くるりと回って着地してみせた。
「そう来ると思ってたわよ。だから仕込みも万全!」
マーカスはすぐに足元に目を向ける。すると、自分を囲むように赤い光が円をつくっている。
「ミスリル粉っ!? トラップか!」
「閉じろ閉じろ閉じろっ! 静かなる氷棺はここに! コールド・グレイブ!!」
赤光の輪から、一瞬にして氷の壁が発生する。マーカスを包み込むように半球上になり、そのまま固く閉じた。
さらに、マーカスを追いかけていた白いラインが氷の檻を直撃。氷壁はさらに厚みを増す。
「これならっ……!」
ミーシャの表情がわずかに緩む。だが、次の瞬間には目元を引きつらせた。氷の壁の向こうに映る影が、何をしようとしているか理解したからだ。
ガッキィィィンンッッ!!!
氷壁が打ち砕かれる。両手で握られたマーカスの剣の斬撃が、あっさりと氷の強度を上回ったのだ。バラバラと崩れる氷の塊を見つめながら、ミーシャは自然と口端が上がるのを感じた。
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