第6話
「こりゃ……何の冗談だよ?」
カッツェの前に広がっているのは、はるか彼方まで広がる平原、そして五百は超えるだろう武装した兵士の姿だった。
リルムウッド城下を覆う壁。唯一の門を通って外に出てみれば、整然の居並ぶ軍隊の姿がすぐ目に入ってきた。
「さ、いくぞチンピラ。こういう仕事はちゃっちゃか終わらせるに限る」
「いやいや待て待て待てっ!! 無理やり連れ出したと思ったら、俺に何させる気だ!!」
突然、マーカスが訪ねてきたと思ったら、いきなり剣を渡されたカッツェ。「ついてこい」と一言告げられただけで、質問も反論もさせてもらえなったのである。もちろん、不思議には思っていた。なにせ、表の見張りが二人とも気絶していたのを見たからだ。
マーカスはゆっくりと剣を抜いた。
「見りゃわかるだろ。突っ切るのさ、こいつらを」
剣先を大きく横に振りながら、マーカスが示したのは眼前の兵達だった。
「ふ……ふざっけんなっ! ありゃ、ローデリアの軍旗じゃねぇか! それをあんな数っ……俺だけでどうにかなるわけねぇだろ!」
狼狽するカッツェだったが、マーカスは振り向きもしない。
「安心しろ。大概は俺が蹴散らしてやる。お前は残った連中や追いかけてくる奴らの相手をすりゃあいい」
ゴクリと息を飲み込むカッツェ。マーカスはまっすぐに前だけを見つめ、ニコリとも笑わない。だからすぐに理解したのだ。彼が本気である、と。
「無理だ……だいたい、俺がアンタに付き合う義理がどこに……」
「お姫さんがいる」
ピクリと耳が動く。カッツェとしては聞き流せない言葉が飛んできたからだ。
「お姫さんって……あの?」
「そうだ、お前が仕えたいって言った、あのお姫さんだよ。ローデリアからの召喚に応じたらしいが……このまま行けば、間違いなく首が飛ぶ。まったくバカげた話だが、危険を承知で、自分から行こうって腹らしいな。だから、攫って来なくちゃならないわけだ」
「死んじまう? あの人が……」
「お前、言ったよな? 『ここしかねぇ』って。あのお姫さんに仕えたいってな。ここで活躍すりゃ、士官どころじゃねぇぞ? この国の英雄になれるかもな。悪い話じゃないだろ?」
「……悪い話じゃない、ね。今のアンタの顔を見たら、まったくそうは思えねぇが……」
カッツェを一瞥するマーカスの口元は、まるで面白いイタズラを思いついた子供のようである。最初はカッツェも、眉間にシワを寄せていたが、ようやく観念した顔をする。
「チャンスが……ようやくチャンスが巡ってきたんだ。命くらい張ってやろうじゃねぇか!!」
「その意気やよしってところだ。さぁ、いくぞっ!!」
先に駆け出したのはマーカスである。カッツェは後に続く。
しばらくすると、ローデリア兵達も二人に気付いた。だが、向かってくる影が何をする気なのか……まったく理解できない。手に剣を握っているのが確認できるようになっても、まさか二人だけで数百の兵に向かって仕掛けてくるとは、誰も想像しなかった。
「おらぁぁぁぁっ!! 怪我したくないヤツはどきやがれぇぇっ!!」
マーカスの雄叫びを聞いて動揺する兵もいたが、まだ何が起きているのか理解できない。ようやく状況がわかるのは、仲間の兵が空中に跳ね上げられる姿を見てからだ。
マーカスが剣を振ると、鉄製の鎧を身に纏った兵士が、次々と吹き飛ばされていく。時には、一撃で二人をなぎ倒すことさえあった。中には、下からのかち上げを喰らい、身長と同じくらい飛ばされる者もいる。
「て……敵襲だぁっ!! 総員、武器を構えろっ!!」
ようやく司令官らしき男から声が上がる。合わせるように、剣を抜いた兵がマーカスに斬りかかってきた。が、あっさりと手にした柄で剣戟を防がれる。
「判断が遅えし、踏み込みが甘いっ! なまったもんだな、ローデリアの兵も!!」
剣の柄を思いきり持ち上げ、敵の刃を跳ね除ける。ガラ空きになった胴に、遠当てを食らわせ押しのけると、すぐさま振り向き、剣を振り下ろす。
パキンッ!!
背後から襲ってきた兵の剣を一刀両断した。
「ひ、ヒィィィィィッ!」
怯える敵兵に向かって、今度は回し蹴りをかます。そうして、次から次へと兵士を蹴散らしていく。
あまりにも強いマーカスの姿に、囲んでいた兵の一人は後ずさりをしてしまった。
「ありゃ人間業じゃねぇな」
聞きなれない声に、振り向こうとする兵士。だが、次の瞬間には頭が揺れる感覚がして、目の前が真っ暗になる。
カッツェもまた、マーカスを追いかける形で敵陣に切り込んでいた。派手に暴れるマーカスに動揺する兵達の隙間を縫い、着実に一人ずつ気絶させていく。
合間に見えるマーカスの戦いぶりを見て、「普通、人間は吹き飛んだりしない」と思いつつ、カッツェは改めてボソリと言ってみせた。
「ありゃ人間じゃねえな」
しばらくすると、マーカスは陣の端へとたどり着く。兵の壁を向けると、そこにはいくつもの白いテントが張られていた。
物資を保存するための天幕、あるいは位の高い人間が宿泊施設の代わりになるもの。数あるテントの中で、マーカスは一際大きなものを見つけた。入り口の前には四人の兵が配置されている。
「アレか」
マーカスはすぐさま、狙いを絞った。後ろからついてきたカッツェも、彼の意図に気づく。
「あそこだろっ! ここは抑えとくから、あの人を……頼む!!」
「こいつは置き見上げだ。目を瞑れっ!」
マーカスは剣を空に掲げる。ほぼ同時に、カッツェはすぐさま瞼を閉じた。マーカスを信頼しているわけではない。だが、戦闘に関して、彼の言葉を疑うという選択肢はないように思えたからだ。
「瞬きは太陽の如く! 〈グリッター〉!!」
ビカァァ!!
「「「うわああぁぁぁぁ」」」
マーカスの剣先から、まばゆい光が溢れた。すると、二人を追いかけてきた兵士達は、視界が真っ白になり怯んでしまう。
「時間稼ぎ、頼んだぞ!」
マーカスはすぐに振り向くと、一番大きな天幕へ向かって駆け出した。
「時間稼ぎか……いいぜっ! 一時間だろうが一日だろうが、いくらでも稼いでやるよ! あの人にいいとこ見せるためになっ!」
目を眩ませている兵達に向かい、カッツェは突っ込んでいった。
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