第5話
リルムウッド城下を囲むローでリア軍の陣地。いくつか張られた白い天幕の中に、リィンは招かれていた。
普段腰をかけている玉座とは比較にならないほど小さく、簡素なイスに座らされて、リィンはゆっくりと待っている。
「おやおやおやっ! これは田舎王国の女王陛下ではありませんか!」
背後からのいやらしい響き。聞き覚えのある声を耳にしても、リィンは凛と姿勢を崩すことなく前を見つめている。
「ワタクシはエルメロード様を待っているのです。あなたとお話することは何もありませんよ、ガルヴォ監査官」
「はっはっは! 威勢がいいのは相変わらずだっ! だけど、罪人の分際で、ボクにそんな口を利いていいと思ってるのかーい?」
間延びした言い回しだが、読み取れる感情は決して静かなものではない。怒りを堪えていることは、リィンにもよくわかっていた。
「あなた様がワタクシにどのような感情を抱いているのかは知りません。ローデリアより公式に招かれる以上、一監査官と話すべきことは何もありません」
リィンは決して振り向こうとしなかった。自分を無視するような態度に、ガルヴォの額には血管が浮き出し始める。
「調子に乗るなよ、田舎モンがぁ! いいか? お前はもう終わってんだよ。お前だけじゃないぞ? お前の国も一緒だ! ローデリアに戻りゃ、お前は首をはねられる! それで何もかんもオシマイ! このボクをバカにした罪は重いんだよ!」
「ワタクシの命が失われるとしても、それはあなた様とは関係がありません。ローデリアとリルムウッドの関係のため。母国のために命を投げ出す覚悟など随分と昔に決めています。ですから、ここから立ち去ってください。ワタクシはエルメロード様を……」
ガッ!!
ガルヴォはリィンの後ろから手を伸ばした。そのまま首元を掴んで、ぐいっと引き上げる。そして覆いかぶさるように、リィンの顔を引き寄せた。
ニタニタと緩む口が、すぐ間近に迫り、リィンは背筋がゾワッとするのを感じる。
「こっちを見ろよ、女王サマ? 泣きながら許しを乞えよ。それがお似合いだろう? そうだ、お前はボクに頭を垂れるのが当然なんだよ! ほら! ホラッ!!」
髪を引っ張られる。ただでさえバランスを崩しかけていた体勢に、新しい力が加わって、イスは横倒しになってしまう。当然、座っていたリィンの体は投げ出された。
「ほら、土下座しろ。ごめんさいガルヴォ様、ワタクシのような田舎モノが調子に乗ってました、ってな! 許してくださいって言ってみろよ!!」
ニヤリと笑いながら、ガルヴォが言い放つ。ところが、リィンはそのままゆっくりと立ち上がった。ガルヴォの表情は苛立ちに満ちていく。
「お断りします」
「な……なにぃ!!」
「あなたに頭を下げて……リルムウッドが救われるのなら、いくらでも謝罪しましょう。ですが、もはやそのような状況にはありません! どのような目に合おうとも、女王としてあなたのような品性のない人間に屈するつもりはありません!」
「き……貴様ァァッ!!」
ガルヴォは顔を赤く染めながら、リィンに襲いかかる。
バキィィィ!!
吹き飛んだのはガルヴォの体だった。天幕にぶつかり、危うく突き破るかと思うような勢いで体を転がしていく。
「いったい、何をしているのだっ!」
ガルヴォを殴ったのはミーシャだった。天幕の入り口を開けた途端、リィンに飛びかかる男の影を見て、咄嗟に拳を繰り出したのだ。
「は……はばは……はばばば……」
「またコイツか……誰か、この男をつまみ出せ!!」
ミーシャが呆れたように言うと、外から来た兵達がガルヴォを天幕の外へと連れ出した。
「大変申し訳ありませんでした。おケガは……ああ、服が汚れて」
ミーシャはリィンの姿を見て、すぐに手を差し伸べようとした。だが、彼女は首を横に振る。
「大丈夫です。些細なことですから。それよりも、ワタクシが召喚された理由……どうしてローデリアに呼ばれたのでしょうか?」
リィンの質問に、ミーシャは一度口を閉ざす。発する言葉を咀嚼するような態度を二回ほど見せた後、改めて話し始めた。
「リィン=リーシア=リルムウッド陛下。あなたにはこれから……」
「伝令っ! でんれいっっ!!」
幕の外から大きな声が響いてきた。リィンもミーシャも、すぐに声の方向へ目を向ける。天幕の入り口から、一人の兵士が飛び込んできた。
「騒がしい! 客人の前だぞ!!」
「はっ!! し、失礼しました! ですが、敵が……」
ミーシャは不思議そうな表情を浮かべた。が、すぐに眉を吊り上げてみせる。
「敵などと大げさな……どうせ、野盗崩れか何かが、物資狙いで襲ってきたのだろう。で、相手は何人だ?」
「ち、違います……敵はリルムウッドから出てきました。ですから……」
「そんなハズは!!」
リィンが動揺する。グロノーツに後を任せてきた以上、リルムウッドの兵が動くはずはない。もしここで、ローデリアを事を構えてしまえば、もはや救いの道は閉ざされてしあうからだ。
「どうやら、あなたはとても慕われているようですね、陛下。ですが、逆らう者がいるなら、容赦はできません。相手は何人だ?」
「それが……」
急に伝令が言葉に詰まる。ミーシャは少し言葉を強くして、もう一度聞き直した。
「敵の規模はどのくらいだと聞いている!」
「ふ、二人ですっ!」
「……は?」
「たった……たった二人に苦戦を強いられておりますっ!」
伝令兵は怯えたように告げた。どのような叱咤を受けるのか、恐ろしかったのだろう。だが、ミーシャは右手で目元を抑えると、ボソッと呟いた。
「あのバカ……今度は誰を巻き込んだ?」
リィンと伝令兵は状況が掴めないまま、ミーシャの様子をボーっと見つめていた。
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