第3話

 リィンの自室にて、サヤは不機嫌な顔をしながら、準備だけを淡々と進めていた。

「サヤ、どうか機嫌を直して。あなたが笑ってくれないと、わたくしはとても寂しいのです」

「この状況で、笑うことなどできません。どうしてリィン様が国を出なければいけないのですか? 何の非もない……ただこの国を思っておられるだけのリィン様が!」

 サヤはリィンがローデリアに行くことを納得できなかった。何一つ落ち度がないにもかかわらず、書簡一つでリィンを呼びつけられたというのも腹が立つ理由である。

「わたくしは女王なのです。リルムウッドで起こったことには、全て責任がある……それよりもサヤ、例の話は誰にもしていませんね?」

「もちろんです。一切誰にも……話してなどいませんよ。口にしたところで、信じるものがいるかどうか……はぁ。気が重いですよ。ドラゴンがエーテルの源だったなんて」

 エーテルの枯渇は深刻な問題だった。だからこそ、リルムウッドもエーテル使用を制限されていたのである。エーテルを生み出すのがドラゴンであるとすれば、今後エーテルが世界を満たすことはない。

「竜王が消えた今、ドラゴンを生み出す存在はいなくなってしまいました。なら、エーテルは減少しつづけるしかない……あの男が大罪人と呼ばれる由縁がわかりましたね。おかげで私達も苦しんでいるわけですし」

「そのような言い方……マーカス様はただ、ドラゴンの脅威を取り除こうとしただけでしょう。結果として大変なことになってはいますが……」

「どうでしょうか。実は知っていたのかもしれませんよ? あんな恐ろしい話を聞かせておきながら、『真実がわかってよかったな』だなんて……リィン様の立場がまるでわかっていませんよ! ああ、腹立たしいぃ!」

 カゴの中に衣類を詰め込む作業自体は丁寧だが、表情と口調は次第に雑になっていくサヤ。リィンは苦笑いしながら見守るしかできなかった。


 マーカスは城下町のとある家を訪れる。

 石造入りの厳つい建物の前には、鎧を身につけた兵士が二人ほど立っていた。

「入ってもいいか?」

「はっ! グロノーツ様より承っております!」

「おう、おつかれさん!」

 右手を上げて挨拶すると、マーカスは家の中へと入っていく。

 中にはイスに座ってボーっとしているカッツェがいた。部屋の中には、台所やら本棚やらも置かれているが、どれも使われた形跡はない。

 机の上に置かれた、食べ終えたばかりの皿だけが、カッツェが生きていることを示している。

「よう、元気してるか?」

「……なんだ、アンタか」

「せっかく話し相手になってやろうかと思ったのに……ずいぶんご挨拶だな」

「元はと言えば、あんたのせいで閉じ込められてるんだろうがっ! 勝手な事言うな!」

 カッツェはエーテルの秘密を聞いてしまった。偶然の出来事ではあったが、野放しにすることはできない。おかげで、監視つきで軟禁されるハメになっている。

「何言ってんだよ。お前、その気になれば、表の兵士なんざ楽勝だろうが。なんなら、抜け出すのを手伝ってやってもいいぞ? 仲間達も心配してたしな」

「……その気はねぇ」

 マーカスの提案に、そっぽを向くカッツェ。

「まさか、ずっとここにいるつもりか? ま、お前がそれでいいなら、俺に何か言う権利はないけどな」

「……あの女は、誰だったんだ?」

 マーカスは予想外の問いかけに、一瞬きょとんとしてしまう。

「あの女? 誰のことだ?」

「だからっ! あの時、あそこにいた!」

「……女っていうなら、三人とも女だったぞ?」

 マーカスの返事に、次第に顔を赤くしていくカッツェ。言葉に詰まり、目をキョロキョロさせながら、もう一度尋ねる。

「だからぁっ! 俺に声をかけてくれた、金髪の綺麗な……」

「ああ、お姫さんのことか」

「お姫さん? あの人はここの王女様なのか?」

「いや、違う。王女様ではないな」

「アンタ、ふざけてんのかっ! お姫様だって言ったじゃねぇか!」

「おお、そりゃ俺が勝手に呼んでるだけだよ。人の名前を覚えるのが苦手なんでな。本当は女王様なんだよ、じょうおう陛下!」

 ぽかーんと大口を開けて止まってしまうカッツェ。

「お前、何て顔をしてんだ? あっはっはっは」

 マーカスは腹を抱えて笑ってしまう。だが、そんなマーカスの姿は目に入っていないらしい。

「そうか……そうか! よし決めた! 俺はあの方に仕えよう!! なぁ、アンタ! 一生の願いだ、どうか士官できるようにしてくれないか!」

「はぁ!? なんで俺が! ていうか、いきなり何言ってるんだ?」

「俺はな……ずっと考えてたんだ。このまま、何もしないままでいいのかって。けど、俺らのことを認めてくれるヤツなんて、どこにもいなかった。それでやさぐれちまってたんだ! だから、あの人が『ありがとう』って言ってくれた時、ここだって思ったんだよ!」

 熱っぽく語るカッツェだが、マーカスは苦虫を噛み潰したような嫌な顔をする。

「そんなもん、勝手にしろよ。俺が知るか!」

「アンタしか頼める人がいないんだよ! ここに閉じ込められてるのは、アンタのせいでもあるんだから、少しくらい力を貸してくれよ! 頼む、頼むよ!」

 カッツェは、ついには土下座まで始めてしまう。それどころか、マーカスの足にしがみついて離れようとしない。

「なにしやがんだ!」

「うんって言うまで放さねぇぞ!」

「ああもう! わかったわかった! 話だけは通してやるから、とにかく放しやがれ!!」

 マーカスが承諾すると、カッツェは手を放す。振り返れば、ニコニコと嬉しそうな表情を浮かべた男が一人。マーカスはため息を吐きつつ、扉から出ていった。

「頼んだぞー! あんただけが頼りだからな!」

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