第2話

 マーカスは城門の前で待っていた。ミーシャが去ると聞き、最後に挨拶くらいはしておこうと考えたからだ。ところが、マーカスの姿を目にしても、ミーシャは立ち止まらなかった。

「おい……おいっ! さすがに無視っていうのはねぇだろ?」

「うるさい! 二度と私に関わるな!」

 ミーシャは明らかに機嫌が悪かった。だが、マーカスはお構いなしについていく。

「お前なぁ……前から言ってるだろ? そんなに愛想がないと男も寄り付かねぇぞ? 少しは女らしく、色気や可愛らしさみたいなものをだな……」

「あんたはっ! こんな時までふざけることしかできないの!?」

「……ようやく止まったな」

 振り向き、マーカスに向かって怒鳴りつけるミーシャ。マーカスもようやく、浮ついた言葉を止める。

「あなたは……自分が何をしたのか、わかってる? もしこの国を救ったつもりでいるなら大間違いだわっ! これから起こることは、全部あんたの責任なのよ?」

「国を救う……か。そんな気はさらさらねぇよ。俺はな、ミーシャ。昔から、何かを守ろうとか救おうとか……考えたこともないんだぜ? ただ、現実を知らねぇまま……本当のことを知らないまま惑ってるヤツが可哀想だと思っただけだよ」

「知って……苦しむこともあるわよ」

「知らなきゃ、諦めもつかねぇだろ?」

 視線を交わしたまま、沈黙するマーカスとミーシャ。だがしばらくして、ミーシャのほうが大きく息を吐いた。

「忘れてたわ。あなたはそういう人間だった。本当に……最低よね、あんたって」

「お前にはそう見えるんだな。覚えとくぜ」

 マーカスは手を振りながら城の中に入っていく。反対にミーシャはゆっくりと城から離れていった。


 城を囲むローデリア軍から、リィン達のもとへと使者が訪れる。一つの書簡を届けるためだ。

 使者は謁見の間で書簡を開くと、大きな声で読み上げ始める。

「一つ、貴国に貸与したミスリルについて即刻変換を要求する。二つ、ローデリアの機密情報が漏洩した疑いがあるため、女王リィン=リーシア=リルムウッドをローデリア首都へと召喚する。三つ、リルムウッド王国における一切の魔法使用を一時的に禁止とし、期限は未定とする、以上」

「……なんという、無茶というのさえ憚られる要求ですな。事実上、リルムウッドに滅びろと言っているに等しいではないか。これは本当にローデリアの意向なのか?」

「私は書簡を届けるのみであり、詳細はわかりかねます。ですが、間違いなくローデリア本国からの書簡であり、本隊の指揮を務められるミーシャ=エルメロード侯爵より預かったものであります。では、たしかに届けましたので」

 使者は一礼すると、書簡を兵士に手渡し、そのまま立ち去ってしまう。

「状況が芳しくないとは思いましたが、まさかここまでローデリアが怒りを露わにするとは……しかし、情報漏洩とは一体なんのことですかな」

「え……さ、さあ? わたくしにもわかりません。ただ、何か手を打たなければ……グロノーツ、良い手はありませんか?」

「ふむ……伝手を頼ってローデリアの情報は集めておりますが、現状を打開するような手は思いつきませぬ。とにかく、リィン様には一度、あちらに赴いていただくほかないかもしれませぬ」

「そう……ですよね。わかりました、準備をしましょう」

「この国の命運は、リィン様の肩にかかっております。助けになれないこの老体が口惜しいですな……」

 リィンは首を大きく横に振る。

「いいえ、グロノーツ。父の代よりリルムウッドに仕えてくれたあなたには、いくら感謝をしても足りないでしょう。本当にありがとう」

「勿体ないことです。どうかご無事で」

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