第六章「人でなしと頑固者」

第1話

 リルムウッドの城下町は、大きな城壁に囲まれている。街に入るためには一つしかない巨大な門をくぐるしかない。

 そして今、その門の前を囲むように武装した兵士達が配置されていた。掲げられた旗は『ローデリア国軍』のものである。

 リィンは城のバルコニーから、街を囲む軍隊の様子を眺め、ゆっくりと目を瞑った。

「おおよそ五百ってところか。思ったよりも少ないな。ずいぶんと舐められてるねぇ、この国は」

「笑い事ではありません!!」

 どこか明るい声で言うマーカスに、リィンはつい大きな声を上げてしまう。

 マーカスは両手を肩の上に上げ、「まいった」といったポーズを取る。

「ああ、一体どうすれば……ローデリアと争えば、わたくし達には抗う術などありません」

「なら、簡単な方法を教えてやってもいいぜ?」

「簡単? 解決する方法がるのですか?」

 リィンは素直に尋ねる。だが、マーカスの答えはふざけたものであった。

「投げ出しちまえばいいのさ、なんもかんもな」

「……っ! そのようなこと、できるわけがありません!」

「そうでもないさ。案外簡単なことだぞ。一言口にするだけでいい……仕方ねぇ、ってな」

 リィンは、マーカスの言葉の意味を理解しかねた。

「言葉一つで、現実が変わるとは思えませんが?」

「こいつは……そうだな、魔法みたいなもんさ。しかも、エーテルを使わねぇし、誰でも使えるっているのがいい」

「エーテルを消費しない魔法があるのですか?」

「みたいなもん、だ。実際の魔法とは違う。だが、お前の背負うものを全部消してくれるぞ。誰が死のうが、国が滅びようが気にならなくなる。全部、仕方がないことだからな」

「……っ! そのような投げやりなこと、ワタクシにはできません!」

「はぁ……こりゃ重症だな。ま、しっかり打ちのめされればわかるだろうさ。現実ってやつに、な」

 マーカスは背を向け、その場から立ち去っていく。

 他人事であると言わんばかりの態度に、リィンは苛立ちを覚える。だが、すぐに気を取り直した。

 あくまでリルムウッドの女王は自分なのだから、と。

 だが、初めて相対する『敵軍』を目にすれば、どうしても嘆息を漏らしてしまう。


 半月前に遡る。

 城下町でのドラゴンとの戦いを終えた後すぐ、ミーシャはエーテル監査団を連れて帰ることになった。

「わたくし達への疑いは晴れた……ということでしょうか?」

「疑い……そうですね。疑惑は消え、事実のみが残りました。後はこれを本国に報告するのみです」

 リィンに問われ、ミーシャは答えた。だが、表情は決して明るいものではない。

「ローデリアはどのような対応をされるのでしょうか?」

「さあ……私がこの場で言えることはありません。全ては本国次第ですから。では、失礼します」

 静かに別れを告げると、ミーシャはリィンに背を向け、謁見の間から退出していった。

「これは……厄介なことになるかもしれませんな」

 グロノーツは危機感を募らせる。リィンも同じ気持ちだ。

「わたくしは……間違いを犯したのでしょうか?」

「あの男……マーカスを取り込もうとしたのは過ちだったかもしれません。とあれば、我が失策……申し開きもできませぬ」

「……いいえ、違います。すべてはわたくしの判断です。何があろうと、女王として最後まで力を尽くしましょう」

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